2014年09月09日
ニューヨーク
(ビジネスワイヤ) -- ブルームバーグと同社の創業者で大株主のマイケル・R・ブルームバーグは本日、ダニエル・L・ドクトロフが今年末に社長兼最高経営責任者(CEO)を退任すると発表しました。ブルームバーグ LPは後任者を指名せず、マイケル・ブルームバーグが現経営陣の助力を得て経営を率います。
ドクトロフ(56歳)は2008年1月に社長としてブルームバーグ LPに入社し、2011年7月に最高経営責任者(CEO)に就任しました。ドクトロフは、ブルームバーグ LP入社以前は、6年間にわたってニューヨーク市副市長を務め、ブルームバーグ市長の下で経済開発と復興を担当しました。
マイケル・ブルームバーグは、次のように述べています。「今日は私と会社にとって悲しい日です。ドクトロフが現職にとどまり、経営の指揮を続けてくれることを心から願っていましたが、ドクトロフの決断を理解します。私は、12年間ニューヨーク市長を務めた後にブルームバーグ LPに復帰するとは考えていませんでした。しかしながら、会社のことを改めて知るようになるにつれて、この仕事がいかに刺激的で、楽しいものであるかを実感するようになりました。これは、ドクトロフの功績によるところが大きいと言えます。私は再び会社に深くかかわるようになり、その結果、ドクトロフから、経営トップの座を私に戻すことが最善ではないかという相談がありました。これは丁重で思慮深い申し出であり、私は大きな抵抗を感じて躊躇したものの、最終的にその意見を受け入れることにしました。」
さらにマイケル・ブルームバーグは、次のように述べています。「ダン・ドクトロフは、13年間にわたって私の最も親しい同僚、友人のひとりでした。ニューヨーク市勤務の時には、ドクトロフは9月11日以降のニューヨーク市の目覚ましい経済復興の立案者となり、ニューヨーク市の歴史上最大規模の発展と雇用の伸びを実現したほか、先駆的な持続可能性プログラムを発案しました。ドクトロフはブルームバーグ LPとそのビジネスモデルについてはほとんど知らなかったのですが、私は、ニューヨーク市で示したような統制のとれた創造的なリーダーシップを発揮して会社の経営にあたってほしいと頼みました。ドクトロフは瞬く間に職務に没頭し、ブルームバーグ LPを見事に導いて現世代が経験した最悪の金融危機を巧みに乗り切ってくれました。」
「ドクトロフのリーダーシップの下、当社の地位は事業を展開しているすべての市場においてかつてない水準に強化されています。業績面でも、ドクトロフの在任中、ブルームバーグは毎年過去最高を更新してきました。現経営陣は、ブルームバーグの歴史上最も有能で充実したチームであり、会社の各部門は高い専門性を持っています。ブルームバーグは、新たなビジネスモデル、技術とアイデア、手法、人材、買収に前向きに臨むなど、慎重に事業の多角化を進めてきました。同時に、当社の繁栄の根幹にある企業文化を維持しています。これまで繰り返し述べてきたことですが、ニューヨーク市およびブルームバーグでの実績は、私がこれまで出会った中でドクトロフが最も優れたリーダー、そして経営者のひとりであることを如実に示しています。」
ドクトロフは、次のように述べています。「素晴らしい会社の経営を任せてくれたことを、マイケル・ブルームバーグに感謝します。会社を、将来の課題に対応し、途方もない好機をとらえることのできる状態で彼に戻すことができることをうれしく思います。また、ピーター・グラウアー、トム・セクンダ、マット・ウィンクラーをはじめとする経営幹部にも感謝します。今の経営陣は、私よりはるかに早い時期からブルームバーグの経営に携わり、これまでの成功を先導してきました。」
続けてドクトロフは次のように述べています。「私は会社を愛しており、マイケル・ブルームバーグにも深い敬意と親愛の念を抱いています。このため、会社を去るという決断は容易なものではありませんでしたが、会社、マイケル・ブルームバーグ、今の私にとって、これは正しい決断であると判断しました。この会社は、これまでも現在もマイケル・ブルームバーグのものであり、彼が改めて関心とエネルギーを注いでいることを考えれば、経営トップへの復帰は理にかなっています。過去7年間の成果を誇らしく思うとともに、今後も会社が一層発展していくことを確信しています。」
ドクトロフの在任期間中におけるブルームバーグの実績は次の通りです。
売上高は、金融危機とその余波にもかかわらず、2007年の54億ドルから2014年には90億ドルを超える水準に増加 金融情報サービスにおけるブルームバーグのシェアは26%から32%に拡大 世界全体の証券および投資業界の専門家の数は減少傾向にあるものの、既存市場における普及率の上昇と新興国市場や事業会社など、新たな市場への多角化を通じて、ブルームバーグ ターミナルのサービスの利用件数は27万3000件から32万1000件に増加 大手報道機関の縮小の動きとは対照的に、ブルームバーグ ニュース®の記者と編集者の数は500人以上増加しており、デジタルやテレビでの活動とブルームバーグ・ビジネスウィークの買収を通じ、グローバル規模の影響力が大幅に拡大 トレーダー、営業担当者、ポートフォリオ・マネジャーなどのフロント・オフィスのスタッフを対象としたブルームバーグ ターミナルのサービスからエンタープライズ商品やソリューションへの多様化に成功、同事業による売上高は3億500万ドルから10億8000万ドルに成長 法務、政府機関、代替エネルギーに関する情報サービスにも進出、ブルームバーグ ターミナルの利用者に重要情報を提供するとともに、新たな最終ユーザーにもサービスを提供マイケル・ブルームバーグは次のように述べています。「今後もドクトロフはブルームバーグの一員であり、私の友人、アドバイザーおよびパートナーであり続けます。ドクトロフには、ブルームバーグ・フィランソロフィーズに理事として加わるよう依頼しており、今後、ドクトロフが新たな道に進むことを決めた際には、個人的に支援する考えです。」
マイケル・ブルームバーグ率いるニューヨーク市役所に入る前、ドクトロフはプライベート・エクイティのオーク・ヒル・キャピタル・パートナーズのマネジング・パートナーを務め、リーマン・ブラザーズのインベストメント・バンカーでした。ドクトロフは、ニューヨーク市の2012年オリンピック招致活動のリーダーを務めた関係から、ニューヨーク市の抱える課題や経済開発に関わるようになりました。このオリンピック招致活動は、最終的に9月11日以降のニューヨーク市の経済開発戦略の青写真となりました。
ドクトロフは、マンハッタン、ウエストサイドのハドソン・ヤーズにある革新的な文化施設であるカルチャー・シェッドの創設者であり、またドクトロフの父親と叔父の命を奪った筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療法の開発を行う研究機関であるターゲットALSをブルームバーグ・フィランソロフィーズおよびデイビッド・ルービンスタインとともに設立しました。さらに、ドクトロフは世界資源研究所、ヒューマン・ライツ・ファースト、シカゴ大学の理事を務めています。
ドクトロフは、別の特定の職に就くためにブルームバーグを離れるわけではないと明言しており、しばらくは非営利組織の仕事に多くの時間を費やしたいと述べています。「私はこれまで、投資家、公務員、企業経営者、非営利組織の代表などを経験し、それぞれ異なるチャレンジを心底楽しみました。再び、人生の新たな一歩を踏み出す機会を喜んで受け入れます。次に何をするかは、いずれ決めたいと考えています。」
本記者発表文の公式バージョンはオリジナル言語版です。翻訳言語版は、読者の便宜を図る目的で提供されたものであり、法的効力を持ちません。翻訳言語版を資料としてご利用になる際には、法的効力を有する唯一のバージョンであるオリジナル言語版と照らし合わせて頂くようお願い致します。
連絡先
Bloomberg LP
Jason Schechter, 212-617-7750
jschechter12@bloomberg.net
記事提供:ビジネスワイヤ
とれまがニュースは、時事通信社、カブ知恵、Digital PR Platform、BUSINESS WIRE、エコノミックニュース、News2u、@Press、ABNNewswire、済龍、DreamNews、NEWS ON、PR TIMES、LEAFHIDEから情報提供を受けています。当サイトに掲載されている情報は必ずしも完全なものではなく、正確性・安全性を保証するものではありません。当社は、当サイトにて配信される情報を用いて行う判断の一切について責任を負うものではありません。
Copyright (C) 2006-2025 sitescope co.,ltd. All Rights Reserved.