【京都産業大学】ミトコンドリアと核の遺伝子の進化的軍拡競走の実例を発見!-国際学術誌 『Theoretical and Applied Genetics』に掲載
京都産業大学
京都産業大学(京都市北区/学長:在間敬子)生命科学部・植物科学研究センターの寺地徹教授、山岸博京都産業大学名誉教授、京都大学理学研究科の竹中瑞樹准教授らの共同研究グループは、ダイコンのオグラ型雄性不稔に対する新しい稔性回復遺伝子(Rfs)を発見しました。雄性不稔とは、植物の生育や雌しべの発達は正常であるにもかかわらず花粉が形成されない性質で、オグラ型ではミトコンドリアのorf138が原因遺伝子です。今回発見したRfsの産物はミトコンドリア内でorf138のmRNAを切断することで花粉の形成能力を回復します。本研究は雄性不稔と花粉形成をめぐる進化的軍拡競走の一例を示し、成果はアブラナ科作物のF₁育種に利用されます。
■研究体制
京都産業大学生命科学部、同植物科学研究センター、京都大学理学研究科の共同研究グループ
■発表論文
「Identification and variation of a new restorer of fertility gene that induces cleavage inorf138 mRNA of Ogura male sterility in radish」
(ダイコンのオグラ型雄性不稔に関連するorf138mRNAを切断する新規稔性回復遺伝子の同定とその多様性)
■本件のポイント
・ 植物体の生育や雌性器官(めしべ)の生殖能力には異常が認められないものの、正常な花粉が形成されない性質を雄性不稔とよび、その性質が母性遺伝するものを細胞質雄性不稔(CMS)という。CMSはミトコンドリアゲノムに存在する異常な遺伝子の影響で発現することが知られており、150種以上もの高等植物で観察されている。一方、CMSは核ゲノムに存在する稔性回復遺伝子(Rf遺伝子)の作用で抑制される。
・ アブラナ科のダイコン(Raphanus sativus L.)には、発見者にちなんでオグラ型とよばれる細胞質があり、この細胞質を持つ植物は核ゲノムにRf遺伝子がなければ雄性不稔となる。オグラ型細胞質は、ナタネなど他のアブラナ科作物にも雄性不稔を引き起こすことから、F₁育種の素材として広く使用されている。
・ オグラ型細胞質による雄性不稔の原因遺伝子は、ミトコンドリアのorf138であることが証明されている。我々は以前の研究で、オグラ型細胞質は日本の海岸に自生するハマダイコンに起源することを示した。また、多数のハマダイコンについてorf138の変異を調査し、orf138は塩基置換などにより少なくとも9タイプに分類されることも明らかにしたが、その変異の意味はわかっていなかった。
・ 他の研究グループにより、最初にクローニングされたRf遺伝子(Rfo)は、PPRタンパク質をコードしており、orf138のmRNAに特異的に結合して翻訳を抑えることが証明されていた。しかし我々は、Rfoがorf138のハプロタイプの1つ(タイプH)には効果がないことを見出した。一方、我々は、タイプHによるCMSを抑制する新しいRf遺伝子(Rfsと命名)を発見し、この遺伝子をクローニングした。
・ Rfsは15個のPPRモチーフを有するタンパク質をコードしており、orf138のmRNAへ特異的に結合した後、約50塩基下流でこのmRNAを切断することがわかった。しかしRfsは、orf138のmRNAの結合領域に生じた塩基置換のために、タイプAのorf138については稔性を回復させる効果を失っていた。
・ 一方、orf138の祖先型と考えられるタイプBに対しては、RfoとRfsのいずれも稔性回復の効果を持つこともわかった。これらのことから、ミトコンドリアのorf138は、塩基置換によって、すでに核ゲノムに存在するRf遺伝子の働きを無効化すること、しかし核ゲノムは、新たなRf遺伝子を生み出して再度CMSを抑えていることが示唆された。これらのことから、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの間で、花粉を作るか作らないかをめぐり、進化的軍拡競走が繰り広げられていることが推察された。本研究の成果は、アブラナ科作物のF₁育種に利用可能である。
■寺地教授コメント
母性遺伝をするミトコンドリアゲノムにとって、自身を子供に伝えない花粉の形成は、資源の浪費、無駄であり、雄性不稔は好ましい性質であると考えられます。一方、雌性と雄性の両方の配偶子により子供へ伝達される核ゲノムにとっては、自身の子供への伝達の機会が増える(単純に倍になる)ので、花粉が正常に作られる方が好都合です。このことは、1つの個体の中で、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの間に、花粉を作るか作らないかのコンフリクトが発生していることを示唆しています。CMS vs. 稔性回復という現象は、その反映と考えられ、ミトコンドリアゲノムに雄性不稔の原因遺伝子が出現して花粉が形成されなくなると、それに対抗するように核ゲノムにRf遺伝子が生じ、花粉形成を元に戻します。しかし、やがてミトコンドリアゲノムの原因遺伝子にRf遺伝子の効果を消失させる変異が生じ、また花粉が作られなくなります。すると、変異型の原因遺伝子の発現を抑えることが可能な、以前とは異なるRf遺伝子が再び誕生する、というストーリーです。これはあたかもミトコンドリアゲノムと核ゲノムの間で進化的軍拡競走が繰り広げられているかのようであり、本研究はその一端を具体的な例で明らかにしたところに大きな意義があると考えています。
この研究成果は、2024年9月25日(日本時間)に国際学術誌 『Theoretical and Applied Genetics』に掲載されました。
むすんで、うみだす。 上賀茂・神山 京都産業大学
関連リンク
【生命科学部】「ダイコンのオグラ型雄性不稔に関連するorf138mRNAを切断する新規稔性回復遺伝子の同定とその多様性」に関する論文を公表
https://www.kyoto-su.ac.jp/news/2024_ls/20241023_400a_ronbun.html
京都産業大学 生命科学部 産業生命科学科 寺地 徹 教授
https://www.kyoto-su.ac.jp/faculty/professors/ls/terachi-toru.html
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