豪華アーティスト12組が「明治チョコレートのテーマ」を歌い継ぐ“Melody of meiji”に大黒摩季が登場!デビュー35周年!パワフルな歌声で熱唱。EGO-WRAPPIN'中納良恵も!中森明菜、FRUITS ZIPPER、こっちのけんと、森高千里、藤あや子ら10組が過去登場
株式会社 明治

株式会社 明治(代表取締役社長:八尾 文二郎)は、2026年7月13日(月)より、「明治ミルクチョコレート」の発売99周年を記念した企画「Melody of meiji」において、歌手の大黒摩季さんが出演する動画を特設サイト上で公開します。
「Melody of meiji」は、世代を超えた12組の豪華アーティストが、「明治チョコレートのテーマ」を歌い継ぐ企画です。動画は毎月1本ずつ公開し、中森明菜さんとのコラボを皮切りに、五木ひろしさん、TOSHI-LOWさん、FRUITS ZIPPERさん、こっちのけんとさん、森高千里さん、新浜レオンさん、藤あや子さん、イルカさん、EGO-WRAPPIN'中納良恵さんがリレーを繋いできました。
続く11番目に登場するのは、「明治ミルクチョコレート」が今年9月に100周年の「節目」を迎えるのと同じく、今年デビュー35周年YEARに突入し、「節目」を迎える大黒摩季さんです。持ち前のパワフルな歌声は必聴です。本リリースでは、10番目に登場したEGO-WRAPPIN'中納良恵さんの動画内容も併せてご紹介します。
動画の公開に伴い、大黒摩季さんに特別インタビューも実施。「今後の目標は、好きに生きること」と話す大黒さん。35周年を迎える心境や、名曲『夏が来る』誕生の背景にあった “夏”への強い憧れ、長い芸能生活で変わらず続けていることなどについて語りました。
さらに、創業当初、新聞の小枠広告を掲出していたことにちなみ、7月14日(火)付けの読売新聞の朝刊(全国)にて、2009年から今現在まで使われている「明治ミルクチョコレート」のパッケージがデザインされた小枠広告を掲載します。
画像1:
https://www.atpress.ne.jp/releases/612580/img_612580_1.jpg
<「Melody of meiji」特設サイト URL>
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/melodyofmeiji/
<「明治ミルクチョコレート 99周年」特設サイト URL>
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/
<「【Melody of meiji】#11 大黒摩季」動画URL>
https://youtu.be/A8qr70OJQkk
動画1:
https://www.youtube.com/watch?v=A8qr70OJQkk
■ ■「Melodyofmeiji」について
画像2:
https://www.atpress.ne.jp/releases/612580/img_612580_2.jpg
「Melody of meiji」は、2026年9月13日(日)に迎える発売100周年に向けて、「チョコレートは明治♪」でおなじみ、いずみたく氏 作曲の「明治チョコレートのテーマ」を、世代を超えて愛される12組の豪華アーティストが歌い継ぐ企画です。動画は毎月1本ずつ、特設サイト上で公開。2025年9月13日(土)の中森明菜さんから始まり、10月13日(月)は五木ひろしさん、11月13日(木)はロックバンドBRAHMANのTOSHI-LOWさん、そして12月13日(土)はFRUITS ZIPPERさんの動画を公開しました。さらに2026年に入ってからは、1月13日(火)にこっちのけんとさん、2月13日(金)に森高千里さん、3月13日(金)に新浜レオンさん、4月13日(月)に藤あや子さん、5月13日(水)にイルカさんの動画を公開しました。
そして、6月13日(土)には、今年結成30周年を迎えたEGO-WRAPPIN'の中納良恵さんが登場し、続く11番目、7月13日(月)には、今年デビュー35周年YEARに突入する大黒摩季さんの動画を公開します。
世代を超えて愛される12組のアーティストの皆さんに歌い継いでいただくこの企画。「明治ミルクチョコレート」もまた、99年という歴史が物語るように、世代を超えて愛されてきた商品です。いつの時代も多くの人の心に寄り添い、変わらないやさしさを受け継いできた「明治ミルクチョコレート」は、この先もずっとやさしさのバトンを繋いでいきます。
<「Melody of meiji」特設サイト URL>
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/melodyofmeiji/
■ ■「【Melodyofmeiji】#11大黒摩季」本編動画・未公開コメント
EGO-WRAPPIN'の中納良恵さんからバトンタッチし、「Melody of meiji」の11番目に登場するのは、大黒摩季さんです。ハスキーボイスで歌い上げられる、エネルギー溢れる「明治チョコレートのテーマ」は必聴です。さらに、本プレスリリース上では、動画では明かされていないコメントも公開します。50年以上続く大黒家の習慣や、幼少期の思い出などについてお話しいただきました。
・公開日:7月13日(月)
<「【Melody of meiji】#11 大黒摩季」動画URL>
https://youtu.be/A8qr70OJQkk
【本編動画】
画像3:
https://www.atpress.ne.jp/releases/612580/img_612580_3.jpg
赤いジャケット姿で「おはようございます~!」と颯爽と録音スタジオに現れた大黒さん。「明治ミルクチョコレート」を手に取ると、「私の中のチョコレートの基準が『明治ミルクチョコレート』。大黒家の基準ですね」と話し出します。「(母が)このチョコレートだけが好きだった。冷蔵庫に入っていて。だから同じように私も、冷蔵庫がこの『明治ミルクチョコレート』の指定席というか。ないと不安ですもんね」と、母親から受け継がれた、「明治ミルクチョコレート」への変わらぬ愛情をのぞかせます。レコーディング室に移動した大黒さんは、赤色のネオンをバックに、「チョコレート、チョコレート、チョコレートは明治♪」と、強弱をつけたパワフルな歌声を披露します。
微笑みながらピアノを弾いたり、チョコレートをおいしそうに頬張ったり、カメラにウインクを送ったりと、様々な表情を見せる大黒さん。お馴染みのハイトーンボイスで歌い上げると、思わず両手を上げて「フォー!」と喜びの叫びが。最後にチョコレートをデスクに戻し、来月公開のアーティストへとバトンを繋ぎます。
【本編未公開コメント】
――「明治ミルクチョコレート」を初めて食べたのは何才でしたか?
多分、3歳4歳とか、早いと思います。
大黒家はパン屋が家業で、母も働いていたので、とにかく赤ちゃんの頃は預けられまくりの人生でした。祖母と一緒にいる時間が長い環境だったので、仏壇に飾ってある和菓子とかを出されていたと思うんです。だけど母が、この「明治ミルクチョコレート」だけが好きでした。だから、冷蔵庫に入っていて。少々冷たくて、甘くて美味しくて。「チョコレートって美味しいんだぜ!」って感じた記憶があります。それが私のチョコレートの基準だったと思います。(母が)「摩季ちゃん」って一欠片くれたんだと思います。
――どんな時に「明治ミルクチョコレート」を食べたいですか?
「ウェーイ!」っていう時ですね(笑)。どうしても仕事柄、ライブだったり、ツアーだったり、レコーディングだったりがあって先にみんなを打ち上げたり、労ったりすることが多いんです。それで帰ってきて「私よく頑張った!」っていう時にチョコレートを出して、寒い時はホットワインと一緒に食べます。もしくは、歌詞を書いたり曲を書いたりしていて、頭の中を色んなことが回っていて、「うーん…(アイデアが出ない)」っていう時。コーヒーも好きなので、全世界・全国各地の自分の好みのコーヒーを集めているんですけど、それを淹れつつチョコレートを一欠片、二欠片、そのコーヒーソーサーの横に置いて。
その時に「これで(いいアイデアが)何か来るかな?」っていう感じで、ワンブレイク、テイク・ア・ブレイクしています。
――これまででいちばん印象に残っている「明治ミルクチョコレート」の記憶は?
うちの母は、あまり子どもに合わせてくれなかったんですよ、食事も大人びている感じで。だけどカレーライスは、辛いけど何か遠くに甘みがあった気がしているんです。母がカレーライスを作っている時に、この「明治ミルクチョコレート」を湯煎にしてトロットロにして入れているのを目撃したんです。「おおー!」と思って。私も今、カレーに必ず隠し味みたいな感じでチョコレートを入れますね。それで一コクというか、遠くにすごい、まろやかさを感じます。
実家がパン屋さんなので、この「明治ミルクチョコレート」とのコラボ商品を作りたいぐらいです。
――チョコレートを食べると、思い出す風景はありますか?
大黒家の冷蔵庫が「明治ミルクチョコレート」の住処で、開けると必ず目が合う存在でした。私も、卵ポッケ(冷蔵庫の卵ホルダー)の上に、この「明治のミルクチョコレート」がないと不安ですもんね。だから冷蔵庫がこの「明治ミルクチョコレート」の指定席。いつもいる場所っていう感じです。
うち、結構勝手に人が集まっている家なんですよ(笑)。仕事から帰ってくると「おかえり」とか言われることがあるんですけど、別にホームパーティーしようとしていなくても、みんな何か持ってくるじゃないですか。「摩季姉のあの味(カレーの隠し味など)教えて」とか言われるんですけど、それは母の味で。大黒家ではずっと自然と受け継がれていますね。50年以上だと思いますよ。私が56歳ですから、3歳から食べ始めたとすれば53年じゃないですか。私のファミリー、ご近所さんとかその奥さんとか子どもたちには、きっと受け継がれるんだろうなと今思っています。
■ ■大黒摩季さん特別インタビュー
動画の公開に合わせて、大黒摩季さんの特別インタビューも公開します。35周年を迎えての心境や、名曲『夏が来る』誕生の背景、長い芸能生活で変わらず続けていることなどについて語りました。また、夏休みに行きたい場所、最近自分へ買ったプチご褒美などについてもお話しいただきました。
――収録の感想や注目のポイントを教えてください。
注目ポイントはこのリレーですかね。私11番手なんですけど。それまでの方々を見ていたら、バラエティに富んでいてびっくりしますね。普通の歌番組で集めるのは結構大変な人たちが揃っているので。見る方も、すごく面白いと思います。
――気づけばすっかり夏本番ですが、幼少期の夏の思い出はありますか?
私、北海道出身で北国育ちなので、夏が少ししかないんですよね(笑)。だから、夏への憧れがあって『夏が来る』っていうタイトルが出てきたりするんです。『熱くなれ』とかもそうですよね。関東から西だったら『寒くなれ』とか『涼しくなってくれ』みたいになると思うんですけど。私からすると夏は眩しくて、すごく希望的で解放される大好きなシーズンです。小さい頃の夏の思い出は、親がパン屋さんで、夏は食品衛生的に、悪いものを出さないようにピリピリしてる時期でもありますから、サマースクールとかいろんなところに行ってと、放り投げられてた気がしますね。少女の頃ぐらいになるとバンドをくんでいたので、涼しいスタジオにいた気もしますね。
――今年の5月27日より、デビュー35周年イヤーをスタートさせた今のご心境や今後の目標を教えてください。
一言で言うならば、「生きてるだけで丸儲け」。やれてるだけで丸儲け。北海道から夢見て、最初の夢は「武道館(でライブが)できる人になりたい」。でも、デビューしてから、気がつけば武道館は通り道で。ひとつ夢が叶ったはずなのに、夢は育つというか。叶った気がしてないんですよね。自分に対して「今日の俺100点だぜ!」っていう日はないです。だから今も(精力的に活動を)やっているというか。例えば、一昨日のライブで、ここでみんなにキュンと泣かせようと思っていたのに、うっかり自分が泣いてしまったみたいな。自分の中の理想がずっと育っていく限り、夢は叶ったようでまた育ち、叶ったようで叶ってないっていうのを繰り返して、気づけば35周年だったっていうだけなので。
今の心境は、「よく生きてきた大黒、よく頑張りました!(グーサイン)」っていうだけで。
最近は、友人も含めて弟も含めて愛しい人たちが先立ってばっかりだったので、私みたいにやることはやったと思っている人よりも、まだまだやりたいことがある人たちが先立っているので。今まで自分のこといじめてばっかりきたけど、「そろそろいいんじゃない?」という感じで、もう一人の“小摩季”の衝動を、“おばばの摩季”が叶えてあげたいなって気がしてきています。大人になったら、自分の衝動を潰すことばっかりじゃないですか。諦めにも慣れまくるじゃないですか。私、こないだの『55 BLACK』(最新アルバム収録)のシングルで『イチヌケタ』って曲を書いたんですよ。もうそういうのから「いち抜けたー」っていうのを書いたので、今無敵です。
だから今後の目標は、好きに生きることですね。音楽的にも、私から生まれるものを出しまくることですね。それが大黒摩季だから。近年ちょっと大人になって皆様に期待される大黒摩季を一生懸命やっていたんですけど、やっぱり「いい人」が私の好きな大黒摩季じゃなかったんですよね。ツンツン尖って前に進んで、女性の、パートナーにも言えないことを預かって、言いまくる。その方が私に向いてるなと思っているので。
自分を生き抜くのみです、全うするのみ。どこまで行けるか。やるだけやってみようって思っています。
――もうすぐ夏休みの季節。もし自由に夏休みがとれるなら、行きたい場所ややりたいことはありますか?
この間、パラオで偶然にもマンタを5、6匹いっぺんに見て、すごく感動したんですよ。だから今海に行きたくて。ゴールドコーストの先にバイロンベイというところがあって、憧れだったので行ったんですよ。夏休みがあったら、1週間サーフィン合宿して、2週間目は潜り倒して、ずっと海ですね。でも日本が暑いから、逆ですね。真夏は北に行きます!ヨーロッパとか涼しい方に行きたいですね。
――ヨーロッパのどこに行きたいですか?
音楽巡りをしたいです。パリも意外と行ったことないですし。名だたる作曲家が、どうやって作品を生み出したのか。一度スペインで「天才になる旅」っていうのをやったことがあって。バルセロナにガウディとかあるでしょう。ショパンがマヨルカの修道院に籠もって名曲を何曲も作っていたらしいんですよ。天才が生まれ育ったところ。とにかくそういうところに行ってみると「あ、なんか自分も書ける気がする」っていう気にはなるんですよ。ヨーロッパは名だたる芸術家がいっぱい生まれているので、その生い立ちをまた追いかけて。私みたいな頑張り屋の凡人は、そういう「なった気」が大事なんです。天才になった気に、なりに行きたいですね。
――2026年も半分が過ぎ、世の中的にはボーナスの時期です。
もし自分自身にこの上半期の”ボーナス”をあげるとしたら、何が欲しいですか?
もはやもらうより払う側なんで。自分には払わないです。あげなくていいです。年末までやり抜いたら、先にスタッフとか社員とかにボーナスを撒き散らして、ドロン(退散)って感じで、行きたいですね。自分のボーナス分はみんなに撒き散らしたいと思います。
――自分への普段のプチご褒美はありますか?
本物のアルパカの毛で作られたぬいぐるみが売ってたんです。マネージャーたちには、「断捨離しましょう」って言われすぎていて、呪縛がかかっていたんだけど。ぬいぐるみを買って帰ってきて、それを「フワッフワッ」ってやったらちょっとご褒美な気がしません?
――99年変わらぬやさしさを届け続けている「明治ミルクチョコレート」にちなみ、長い芸能生活の中で変わらず続けていることやルーティンはありますか?
歌う前って「あれして、これして、終わったらこのケアをして」というルーティンがあるんですけど、本当はそれを全部やめたいです。もう自分はそんなことしなくてもできるはずだって自分を信じてあげればいいんですけど、昔成功した時の日のものを全部揃えるっていうルーティンをまだやってるので、もう一歩、自分に自信を持ちたいですよね。
芸能生活って、私の生活からすると、大黒摩季として表に出るのは年間10分の1ぐらいなんですよ。10分の9は大黒摩季に歌わせる曲を作り、会議をし、舞台の演出や制作をし、大黒摩季のスタッフをやっている時間が長いんです。だから35周年といっても、芸能生活って平たくすると35年間ずっとじゃないと思うんです。だから変わらず続けてることは、とにかく、出し殻にならぬよう、時折勇気を出してガッツリ休むことです。
テレビとか映像を作ってばっかりいると、見る側じゃなくなると思いません?楽しいことを提供できなくなりません?
やっぱり90年代、燃え尽きすぎて最後干し梅みたいになったんですよ。何をやっても硬いままになってしまったので、2000年の時に一年間、世間から消えたんです。それでまた普通の梅になって戻ってきて。出し尽くすと乾くから。だから変わらず続けているのは、大黒摩季ではないただの私に、必ず一年に一回戻ることですね。
【大黒摩季 プロフィール】
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札幌市・藤女子高等学校を卒業後、アーティストを目指して上京。1992年「STOP MOTION」でデビュー。2作目のシングル「DA・KA・RA」を始め「チョット」「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「ら・ら・ら」などのミリオンヒットを立て続けに放ち、1995年にリリースしたベストアルバム「BACK BEATs #1」は300万枚を超えるセールスを記録する。毎年全国ツアーを継続し、精力的に活動するも2010年病気治療のためアーティスト活動を休業する。その間、小学校の校歌や中学校の応援歌・歌詞の寄贈、震災の復興支援など社会貢献活動のみ行っていたが、DISH//、TUBE、郷ひろみなどの作詞提供をはじめクリエイティブ活動を再開。
2016年8月、ライジングサン・ロックフェスティバルでの出演を皮切りに、故郷である北海道からアーティスト活動を再開。止まることなく活動を続け、2026年より35周年YEARに突入。
■ ■「【Melodyofmeiji】#10中納良恵EGO-WRAPPIN'」本編動画
10番目として登場したEGO-WRAPPIN'の中納良恵さんの動画もご紹介します。中納さんの優しく寄り添う歌声にご注目ください。
・公開日:6月13日(土)
<「【Melody of meiji】#10 中納良恵EGO-WRAPPIN'」動画URL>
https://youtu.be/NRpsf8qC7Tk
動画2:
https://www.youtube.com/watch?v=NRpsf8qC7Tk
【本編動画】
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ブラウンのニット帽にゆったりとしたグレーのシャツ姿でスタジオに現れた中納良恵さん。デスクに置かれた「明治ミルクチョコレート」を手に取ると、「ジャケット(パッケージ)がかっこいい」と感嘆の声を上げます。中納さんは、「子どもの時って、キャラクターにかたどられているとか、そういうお菓子の中にシンプルなチョコレートだけで勝負しに来てる、このチョコレートの印象がすごく大人びて見えたんですよね」と当時を回顧。「小学校ぐらいの時に初めて食べて、こんなおいしいものがあるんだと思いました」と衝撃を受けたエピソードを明かしました。
レコーディング室に入ると、オレンジ色のライトが幻想的に灯る中、「チョコレート、チョコレート、チョコレートは明治♪」と、伸びやかで表現力豊かな歌声を披露。全身でリズムを取りながら楽しげに歌い上げました。収録後、晴れやかな表情で「ありがとうございました」と挨拶した中納さんは、チョコレートをデスクに戻して次のアーティストへとバトンを繋ぎます。
■ 読売新聞小枠広告「時をかけるチョコレート。」について
創業当初に新聞の小枠広告を掲出していたことにちなみ、99周年を迎えた2025年9月から、毎月の読売新聞朝刊(全国)にて、「時をかけるチョコレート。」をテーマにした小枠広告を掲出。あらゆる世代の「明治ミルクチョコレート」とともに過ごした記憶を、昔のパッケージとともに発信してきました。7月14日(火)には、2009年から今現在まで使われているパッケージがデザイン。「ママと同じものが好き」というピュアな気持ちを、「ママのママのママ」まで遡り、曾祖母の代から私へ、世代を超えて受け継がれる愛着を表現したエピソードをお届けします。
※予告なく変更となる可能性があります
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小枠広告 7月掲出デザイン
【概要】
・掲載日:2026年7月14日(火)※予告なく変更となる可能性があります
・掲載紙:読売新聞 朝刊(全国)
■ 「明治ミルクチョコレート」99周年について
「明治ミルクチョコレート」は、1926年9月13日(大正15年)に発売開始し、2025年9月で99周年を迎えました。創業時は、さまざまな国の文化が日本に入り、チョコレートがようやく人々の手に届くようになった時代でした。1936年から昭和の時代には、包み紙の裏に点数を印刷し、100点分を集めるとお菓子屋さんで他商品と交換できる仕組みを作りました。戦時中は一時発売中止となりましたが、終戦後の1951年には「みんなの希望となるように」という願いを込めて、見ると元気が出るような、華やかな赤色のパッケージで再び登場を果たします。日本でのテレビ放送が始まり、1966年に「明治ミルクチョコレート」のCMが放映され、ここで初めて、「チョコレート、チョコレート、チョコレートは明治♪」のメロディーが流れました。
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発売時の価格は手が出しづらい高価なお菓子でしたが、CMが放映された1966年頃には比較的お手頃な値段で流通し、より多くの方に手に取っていただける商品になりました。発売から50年を迎える1970年代頃には、バレンタインデーが定着してきたと言われています。そして2009年、当社のブランドマークが変わり、43年間続いた「明治ミルクチョコレート」のパッケージも新しくなりました。
大正、昭和、平成、令和。時代がどれだけ変わっても、変わらないものがあります。それは、一枚のチョコレートが割られる時、そこには、やさしさが生まれているということ。あげる人がいて、もらう人がいて、笑顔が生まれているということ。「明治ミルクチョコレート」の99年は、そんな、やさしさのそばにあるやさしさを届け続けた99年。これからも、私たちは、感謝の気持ちを忘れずに、時代を超えて、世代を超えて、このやさしさのバトンを受け継いでいきます。
変わらずにいさせてくれて、ありがとう。変わらずに愛してくれて、ありがとう。
日本のやさしさと99年。明治ミルクチョコレート
<「明治ミルクチョコレート 99周年」特設サイト URL>
https://www.meiji.co.jp/products/brand/mchoco/anniversary/
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記事提供:@Press