脂肪肝・肝硬変を食い止める分子モーター
学校法人 順天堂
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――新しい脂肪肝発症の仕組みの解明――
発表のポイント
◆廣川信隆博士(順天堂大学特任教授・東京大学名誉教授・客員研究員)と田中庸介博士(東京大学講師) らの研究チームは、脂肪肝・肝硬変の新しいメカニズムを、イスラエルのヒト家系と遺伝子操作マウスの解析により同定しました。
◆KIF12と呼ばれるキネシン分子モーターの患者に診られる遺伝子変異により、肝臓の線維化・脂肪滴蓄積、胆汁うっ滞など、脂肪肝炎の症状が起こることがわかりました。
◆KIF12が脂肪酸の合成酵素であるACC1タンパク質の分解を助け、肝細胞への脂肪滴蓄積を防ぐことを解明しました。今後、KIF12の機能を保つ手法の開発により、脂肪肝・肝硬変の治療に道を拓きます。
[画像1:
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脂肪肝形成のKIF12モデル
概要
脂肪肝炎は、肝細胞に脂肪が蓄積することで炎症を生じ、肝硬変や肝細胞癌につながる肝臓の線維化をもたらす病気です。先進国では人口の3割に脂肪肝が見られ、生活習慣病として大きな問題となっていますが、根本的な治療法はまだ開発されていません。
今回、順天堂大学・東京大学の廣川博士・田中博士らの研究チームは、イスラエル・パレスチナの共同研究チームから情報提供を受け、細胞内で物質を運ぶキネシン分子モーター KIF12 の遺伝子変異を持つ肝硬変の3つの家系について解析しました。いずれからも、KIF12タンパク質の機能を損なう変異を両方の染色体にもつ患者さんが同定され、そのうちの一つの変異を実験的にマウスに導入すると、マウスでも脂肪肝炎の症状が再現されました。このことから、 KIF12 の変異が、それだけで脂肪肝炎・肝硬変の原因となることを、世界ではじめてヒト・マウスの研究を通して解明することができました。
また、ヒト肝臓由来の培養細胞において KIF12 の発現を欠失させてみると、やはり脂肪滴が蓄積しました。この蓄積は、KIF12 タンパク質から「耳」のように突き出た PRD ドメインを導入すると解消されたため、KIF12 タンパク質の PRD ドメインが脂肪肝炎を食い止めるのに必要十分なはたらきを果たしていることがわかりました。
次に、PRD ドメインに結合するタンパク質を生化学的に同定してみると、中性脂肪を合成する酵素、アセチル-CoA カルボキシラーゼ1 (ACC1) と、ピルビン酸カルボキシラーゼ (PC) が見つかりました。肝細胞でKIF12の発現を欠失させると、ACC1のユビキチン化による分解が遅くなり、ACC1 の発現量が増加していることがわかりました。
これらのことから、KIF12が肝細胞において脂肪合成酵素の分解を直接的に促進して脂肪合成を抑制し、脂肪肝炎を回避する分子メカニズムを解明しました。メタボ状態ではKIF12の発現が低下し、この分子メカニズムが障害を受けることで、さらに肝臓への脂肪蓄積が進むものと考えられます。将来的には、この分子メカニズムを促進する仕組みを開発し、脂肪肝炎・肝硬変の画期的な治療に結び付けられるよう研究を進める予定です。
発表内容
〈研究の背景〉
先進国では人口の3割に脂肪肝が見られ、生活習慣病として大きな問題となっています。これまで脂肪肝は良性の病気と考えられていましたが、一定の割合で肝細胞に脂肪が蓄積することで炎症を生じ、肝臓の線維化により、肝硬変や肝細胞癌をもたらすため、治療が必要であることが認識されてきました。しかし、その画期的な治療薬は、まだほとんど発明されていません。
一方、KIF12の変異はこれまでも胆汁うっ滞症の患者さんで検出されていましたが、肝硬変や脂肪肝炎との関係やその分子メカニズムはまったくわかっていませんでした。また、患者さんの変異を導入したマウスも作られていなかったため、患者さんのゲノムに同時に存在する他の遺伝子の変異や環境要因により病気が起こった可能性も否定できませんでした。
〈研究の内容〉
1. イスラエル・パレスチナ肝硬変家系におけるKIF12遺伝子変異の発見
イスラエル・パレスチナの共同研究チームの貢献により、KIF12遺伝子にホモ接合変異(図1A、注1)をもつ家族性の肝硬変家系が3家系同定されました。肝脾腫(図1B)や肝臓の線維化(図1C)を生じ、若年での死亡が多く見られました。
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図1:ヒト肝硬変家系におけるKIF12変異。
(A) ホモ接合変異を示す遺伝子シークエンス。(B) 患者MRI像における肝脾腫。L, 肝臓; S, 脾臓。(C) 患者肝臓組織切片における線維化(矢印)。
2. KIF12変異マウス・KIF12欠損細胞における肝細胞の脂肪化
CRISPR/Cas9 法を用いて、マウスのゲノム編集を行い、KIF12 たんぱく質の中央部に患者さんで見られたナンセンス変異を導入しました。この変異マウスのホモ接合体では、若年で脂肪肝炎の組織像や、血液生化学における肝疾患マーカーの数値の上昇がみられました(図2)。
[画像3:
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図2:遺伝子変異マウスの肝障害。
左図, 肝臓の組織切片。小さな黒矢印, 脂肪蓄積。大きな黒矢印, マロリーデンク体。大きな白矢印, 炎症細胞浸潤。右図、肝臓への中性脂肪蓄積(E)、血液での肝障害マーカーの上昇(F, G)。
3. KIF12-PRDの必要十分な脂肪肝予防効果とその脂肪合成酵素群への結合の同定
次に、KIF12をHepG2ヒト肝細胞で欠損させると、細胞質に脂肪滴が蓄積しました。しかしKIF12遺伝子全長あるいはPRDドメインを導入すると、回復しました(図3)。そこでPRDドメインに結合するタンパク質を生化学的な手法で探索すると、脂肪合成酵素であるアセチル-CoA カルボキシラーゼ1 (ACC1) と、ピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)が同定されました。
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図3:ヒト肝細胞株におけるKIF12欠失による脂肪滴蓄積とKIF12断片によるその回復。
(E)対照群 (F) 欠失群 (G) KIF12全長による回復 (H) KIF12の構造 (I-N) KIF12断片による回復実験。
4. KIF12による脂肪合成酵素群の分解促進
KIF12変異マウスや、KIF12欠損細胞では、ACC1とPCの発現量が顕著に上昇していました。これは、これらの酵素群が異常に安定化しているためとわかりました(図4)。
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図4:マウス肝臓(A)とヒト肝細胞(B-D)におけるKIF12欠失による脂肪合成酵素ACC1, PCの発現量増加(A, B)と安定性の増加(C, D)。
5. KIF12による脂肪合成酵素の修飾反応の可視化
ACC1の安定化は、分解シグナルであるユビキチン化(注2)の低下によるものであることがわかりました。また超解像顕微鏡(注3)を用いた観察により、KIF12、ACC1、ACC1のユビキチン化酵素COP1の三者は、微小液滴を作り互いに重なってしていることがわかりました(図5)。
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図5:KIF12(赤), COP1(青), ACC1(緑)三者の微小液滴の共局在を示す超解像顕微鏡像。
スケールバー, 1μm (A, B); 100 nm (C, D)。
6. 脂肪酸の培地への添加によりKIF12は減少する
最後に、培地に脂肪酸を添加すると、KIF12の発現量は低下していきました(図6)。つまり、生活習慣によって脂肪をとりすぎるとKIF12が低下し、中性脂肪の合成が盛んになることで、脂肪肝を悪化させる引き金になっているという生活習慣との因果関係も示唆されました(図6)。
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図6:オレイン酸処理によるKIF12発現量低下。
〈今後の展望〉
【学術的意義】
本研究は、分子モーター研究の切り口から、これまで不明だった脂肪肝炎・肝硬変の成因の一部がクリアカットに同定された、非常に意義深い学際的発見です。また、酵素の分解を制御するタンパク質複合体のナノスケールでの可視化に、世界に先駆けて成功しました。
【社会的意義】
脂肪肝炎が肝硬変・肝癌の成因となることから、治療法開発に必須な分子メカニズム解明が急がれています。本研究は、脂肪肝炎を抑制するKIF12-PRDの機能をヒト・マウスの分子遺伝学ならびに分子細胞生物学を用いて総合的に明らかにしたものであり、脂肪肝炎の重要な分子メカニズムを解明したものと言えます。以前の研究から、KIF12は糖尿病の発症をトリガーする膵β細胞の脂肪毒性も抑制していることが解明されており、代謝疾患全般の鍵となるタンパク質であることがわかりました。
〈関連のプレスリリース〉
「脂肪のとりすぎによる2型糖尿病にも胃薬は効くか?分子モーター研究が拓く新たな糖尿病臨床」(2014/12/4)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00327.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻 細胞構築学分野
アシーエ・エテマード 博士〈研究当時:大学院生、特任研究員〉
王 碩 研究当時:特任研究員
田中 庸介 講師
廣川 信隆 客員研究員 (東京大学名誉教授、研究当時:特任教授)
順天堂大学医学研究科
廣川 信隆 特任教授(東京大学と兼務)
ハダッサ・ヘブライ大学医療センター (イスラエル、エルサレム)
モルデチャイ・スラ―エ 博士
オルリ・エルベレーグ 教授
マカセッド病院 (パレスチナ、エルサレム)
ムターズ・スルタン 博士
論文情報
雑誌名: EMBO Journal
題 名: Mutations in the kinesin KIF12 promote MASH in humans and mice by disrupting lipogenic enzyme turnover
著者名: Asieh Etemad, Yosuke Tanaka, Shuo Wang, Mordechai Slae, Mutaz Sultan, Orly Elpeleg, Nobutaka Hirokawa* (* 責任著者)
DOI: 10.1038/s44318-025-00366-8
URL:
https://doi.org/10.1038/s44318-025-00366-8
研究助成
本研究は、科研費 (JP23000013、JP16H06372:廣川)、 科研費 (20K06634:田中)、日本電子寄附金 (廣川)、上原記念生命科学財団研究助成金 (田中)、小野財団研究助成 (田中)、AMED創薬ブースター(24nk0101645h0003:田中) の支援により実施されました。
用語解説
注1 ホモ接合変異
ヒトは一個の細胞に父方と母方の両方から由来する染色体を一組もっているため、両方の染色体に同じ遺伝子が載っている。近親婚などのため、染色体変異が両方の染色体で起こっているものをホモ接合変異、片方だけのものをヘテロ接合変異と呼びます。
注2 ユビキチン化
タンパク質に小タンパク質であるユビキチンが付加されることにより、その分解が亢進するメカニズム。ACC1 の場合、E3ユビキチンリガーゼであるCOP1がそのユビキチン化を助けています。
注3 超解像顕微鏡
光は波動なので、光の波長(数百nm)以下の構造は通常の方法では原理的に見えませんが、さまざまな方法で解像度をあげることができます。これを超解像顕微鏡と言い、これまで細胞質の水分に溶けていると考えられていたタンパク質も「塊」のような微小液滴を作っていることがわかってきています。この研究では「格子構造化照明」と呼ばれる手法を用いたZEISS Elyra7 顕微鏡により、50-100nm のサイズの微小液滴群の重なりを観察することに成功しました。
プレスリリース提供:PR TIMES
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記事提供:PRTimes