ぐるなび・東京科学大学「ぐるなび食の価値創成共同研究」論文発表 麹菌の菌核内部に未知の構造体を発見
株式会社ぐるなび

-麹菌にも「性」の痕跡-
株式会社ぐるなび(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:杉原章郎)は、東京科学大学(旧・東京工業大学)と「ぐるなび食の価値創成共同研究」として、日本の食文化を支える発酵をテーマとした共同研究を2016年より行っています。この度、2025年10月9日(木)に麹菌の「性」の秘密を解き明かす可能性のある「未知の構造」を発見し、論文を発表したことをお知らせいたします。
要点
○清酒・味噌・醤油などの製造に用いられる麹菌 Aspergillus oryzaeの菌核 (きんかく) 内部に、これまで観察されていなかった構造体を発見。
○ゲノム情報に基づいて麹菌の「雌雄」の組み合わせを絞り込み、必要な培養条件を丁寧な観察から推定し、構造体の形成が誘導される条件を特定。
○日本で麹の利用が始まってから1200年以上確認されてこなかった麹菌の有性生殖を実現させる糸口となるとともに、麹菌に遺伝的多様性を再獲得させる新しい育種戦略への可能性を示す。
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 の山田拓司准教授と株式会社ぐるなび 澤田和典博士らの研究チームは、清酒・味噌・醤油などの製造に広く用いられる麹菌Aspergillus oryzaeの菌核(用語1)内部に、これまで報告がなかった新しい構造体が形成されることを発見しました。
菌核は菌糸が密に絡み合って形成される塊状の構造物で、これまで近縁種で見られる同様の構造物の働きから、有性生殖に関連する物であることが期待されてきましたが、直接的な証拠は得られていませんでした。今回の研究では、全国の種麹屋(用語2)の協力のもとで収集した約80株の麹菌ライブラリから、ゲノム情報を用いて「オス」と「メス」の組み合わせを絞り込み、さらにさまざまな培養条件の検討を行った結果、特定の組み合わせと特定の培養条件下で通常の菌核組織とは形態的・構造的に異なる内部構造体が形成されることを見出しました。この構造体は近縁種が有性生殖を行った際に見られる子嚢果(用語3)に酷似しており、麹菌にも潜在的な有性生殖能が保持されている可能性を示唆しています。
日本における麹菌の利用は1200年以上の歴史があるとされますが、その間、麹菌は無性的な増殖と突然変異による育種(用語4)によって受け継がれてきました。突然変異による育種は醸造に不都合な変異を潜在的に含んでしまうため、改良に限界があります。有性生殖が可能になれば両親が遺伝情報を補い合うことでより良い麹菌を得られる可能性が高まります。新たな優良麹菌株は、日本が世界に誇る麹発酵産業をさらに発展させる可能性があります。本研究では有性生殖による子孫株の獲得には至っていませんが、今後の研究によって麹菌の有性生殖に必要な更なる条件や因子を特定し、麹の有性生殖技術を確立することを目指します。
本成果は、10月9日付(英国時間)の「Fungal Biology」誌に掲載されました。
【株式会社ぐるなび 文化事業推進グループ 澤田和典よりコメント】
今回論文で報告した発見は、2つの偶然が重なって生まれました。一つめは培養プレートを意図せず長期間放置したこと、二つめはこの実験と並行して、同じ培養装置で米麹を作ったことでした。一つめの偶然で菌核内部に未知の構造体を見いだし、二つめの偶然で二酸化炭素が鍵であるというヒントを得ました。日本の食文化を支える麴菌の秘めた能力が、こうした偶然によって少しずつ明らかになることに心が躍りますが、同時にまだ見えぬ全貌に麹菌の奥深さを改めて感じています。今後も研究を通じて、日本が誇る麹文化の発展に貢献してまいります。
[画像:
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図1 想定される麹菌の有性生殖の概略図と観察された内部の構造体
●背景
麹菌A. oryzaeは、古来日本の発酵文化を支えてきた有用微生物です。デンプンを糖に、タンパク質をアミノ酸に分解する優れた能力は清酒・味噌・醤油などの多様な発酵食品の醸造に利用されてきました。麹菌は無性世代しか持たないと考えられており、無性的な分生子による保存や伝播と、突然変異による育種によって受け継がれてきました。しかしながら、突然変異による育種は醸造にとって不都合な変異を潜在的に含む可能性があります。さらに、有性生殖を行わない麹菌は不都合な変異を元に戻すことが困難であるため、麹菌の維持管理は基本的に突然変異を排除することに注力されてきました。一方で、麹菌の近縁種であるA. flavusやA. parasiticusでは、菌核内に有性生殖器官である子嚢果が形成され、有性生殖を行うことが知られています。さらに、A. oryzaeに「性遺伝子」の存在が示唆されたことから、A. oryzaeにも同様の有性生殖機構が存在する可能性が想定されましたが、子嚢果の形成について明確な形態学的な証拠は示されていませんでした。
●研究成果
本研究チームは全国の種麹屋の協力を得て収集した約80株の麹菌ライブラリから、これまでに報告したゲノム情報 [1] に基づいて有性生殖を行う可能性の高い「オス」株と「メス」株の絞り込みを行いました。絞り込んだ組み合わせでオス株とメス株の共培養を行い、さまざまな培養条件を検討したところ、特定の組み合わせで特定の培養条件下において、菌核の中にこれまで報告のない構造体が形成されることを見出しました。この構造体は形態学的に近縁種の子嚢果に酷似していることや、人為的な遺伝子改変を行っていない産業株を用いた結果であることから、A. oryzaeが生来的に有性生殖能を保持している可能性を示すものであると考えられます。
●社会的インパクト
日本での麹利用は8世紀ごろまで遡ると言われるが、長い歴史の中で麹菌の有性生殖は未だ観察されていません。本研究の発見はこれまでの常識を覆す端緒になるものと期待されます。A. oryzaeは日本の発酵産業を支える最も重要な微生物の一つでありながら、有性生殖を欠くと考えられてきたため、遺伝的多様性の創出や突然変異による不都合な変異の除去が困難でありました。今回の発見は麹菌が持つ潜在的な有性生殖機構の存在を示唆し、従来の突然変異育種や遺伝子組み換えとは異なる新しい改良戦略の可能性を開きます。新たな優良麹菌株の開発は、日本の発酵産業をさらに発展させる可能性があります。
●今後の展開
今後は本研究では達成できなかった有性生殖による子孫株の取得のために必要な因子の解明に取り組んでいきます。麹菌の有性生殖を誘導するためには何らかの条件が必要であると考えられ、近縁種の有性生殖に関する知見を活用しながら研究を進める予定です。また、麹菌が有性世代へどのように切り替え、有性生殖を行うのか、分子生物学的な制御機構を明らかにし、麹菌の有性生殖技術確立を目指します。
●付記
本研究は「ぐるなび食の価値創成共同研究」並びに滝久雄ビジネス研究所の支援を受けて行いました。
【参考文献】
[1]Watarai et al., Evolution of Aspergillus oryzae before and after domestication inferred by large-scale comparative genomic analysis
DNA Research 2019 Dec 1;26(6):465-472.
【用語説明】
(1)菌核:麹菌に見られる菌糸が密に絡まってできる粒状の塊。近縁種では「メス」株が形成することが多く、有性生殖に関与する可能性が示唆されているが、全てのメスが作るわけではないことが想定されている。
(2)種麹屋:「種麹」と呼ばれる麹菌の分生子を製造・販売する企業。日本で流通する麹菌の管理保管を行い、日本の麹産業を支える重要な役割を担う。日本では数社のみが存在する。
(3)子嚢果:有性生殖の過程で形成される子嚢胞子が格納される場所。子嚢胞子が発芽することで次世代の個体が生じる。
(4)育種:より良い能力や形質をもたらすための遺伝的改良を指す。育種方法としては突然変異、遺伝子組換え、ゲノム編集、交配などがある。
【論文情報】
掲載誌:Fungal Biology
論文タイトル:Observation of novel internal structures within sclerotia of industrial Aspergillus oryzae strains
著者:Kazunori Sawada, Takuji Yamada
DOI:10.1016/j.funbio.2025.101669
プレスリリース提供:PR TIMES

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