父親の「運動不足」が子どもの性比と生殖成功率に影響
学校法人 順天堂

― ラットモデルで示された世代を超える生活様式の影響 ―
順天堂大学スポーツ健康科学部の吉原利典 准教授と内藤久士 教授らの共同研究グループは、父親の運動不足(身体不活動)*¹が、子の出生性比*²および生殖成功率に影響し、さらにその影響が世代を超えて観察される可能性を、ラットモデルを用いて明らかにしました。本研究では、雄ラットに8週間の活動制限を行い、その後の繁殖成績および次世代への影響を解析しました。その結果、運動不足状態の父親ラットから生まれた仔では、出生性比が有意に雌に偏ることが明らかとなりました。また、運動不足の父親ラット由来の次世代個体では、妊娠率の低下や産仔数の減少が認められ、世代を超えた生殖成功率の低下が示唆されました。さらに、運動不足の父親ラットにおいて認められた精子運動性*³の低下は、自発運動*⁴によって回復し、運動不足による生殖機能への影響が可逆的である可能性も示されました。本研究は、「運動不足」という現代社会に広くみられる生活様式が、生殖細胞を介して次世代の生命現象に影響しうる可能性を示した基礎科学的成果です。本成果は、運動不足を個人の健康問題にとどまらず、世代を超える影響という新たな視点から捉える科学的基盤を提供するものです。本研究成果は、Biology Letters 誌のオンライン版に2026年2月25日付で公開されました。
本研究成果のポイント
● 父親ラットの運動不足により、出生仔の性比が雌に偏ることを初めて実証
● 父親ラット由来の運動不足の影響が、次世代(F1世代)*⁵の妊孕性*⁶低下として現れる可能性を確認
● 精子運動性の低下は自発運動によって回復し、生活習慣の改善が生殖機能に影響し得る可能性を示した
背景
運動不足(身体不活動)は、生活習慣病や健康寿命の短縮など、個人の健康リスクとして広く知られています。一方で、親の生活様式が、子どもの健康や発達に影響する可能性については、栄養状態や肥満などを中心に研究が進められてきました。しかし、「運動不足」という現代社会に極めて一般的な生活様式が、生殖機能や次世代に及ぼす影響については、これまでほとんど実験的に検証されてきませんでした。特に、父親の身体活動レベルが、出生性比や妊娠・出産といった生殖現象にどのような影響を与えるのかについては、明確な知見がありませんでした。そこで本研究では、父親ラットの運動不足が、生殖機能および次世代に与える影響を明らかにすることを目的として、ラットモデルを用いた実験を実施しました。父親の身体活動レベルという環境要因が、生殖細胞を介して次世代の生命現象に影響しうるかどうかを検証し、その生物学的意義を明らかにすることを目指しました。
内容
本研究では、雄ラットに8週間の活動制限を行い、意図的に運動不足の状態を作ったうえで、その後の繁殖成績および次世代への影響を詳細に解析しました。父親ラットの身体活動レベルという生活環境要因が、生殖機能や次世代にどのような影響を与えるのかを検証するため、出生性比、妊娠率、産仔数などの指標を用いて評価を行いました。その結果、運動不足状態の父親ラットから生まれた仔では、出生性比が有意に雌に偏ることが明らかになりました。また、運動不足の父親ラット由来の仔(F1世代)を用いた交配実験において、雌個体では妊娠率の低下や産仔数の減少が認められました。さらに、F1世代の雄雌同士の交配では、離乳期まで生存する仔が得られないケースが観察されるなど、父親ラットの運動不足の影響が、世代を超えて生殖成功率の低下として現れる可能性が示唆されました。一方で、運動不足の父親ラットにおいて認められた精子運動性の低下は、自発運動(回し車運動)によって回復しました。この結果は、運動不足による生殖機能への影響が固定的なものではなく、生活様式の改善によって回復しうる可能性を示しています。
これらの成果は、父親の身体活動レベルという環境要因が、生殖機能にとどまらず、次世代の生命現象にも影響しうることを示したものであり、運動不足を個人の健康問題にとどめず、世代を超える影響という新たな視点から捉える科学的基盤を提供するものです。
今後の展開
本研究は基礎研究段階の成果であり、直ちにヒトへの影響を示すものではありません。しかし、「運動不足」という日常的な生活様式が、生殖細胞を介して次世代の生命現象に影響しうる可能性を示した点で、従来の健康科学研究の枠組みを広げる新たな科学的知見です。今後は、精子におけるエピゲノム*⁷変化などの分子メカニズムの解明を進め、どのような生物学的仕組みによって世代を超える影響が生じるのかを明らかにしていく予定です。また、ヒトを対象とした研究を通じて、生活習慣と次世代への影響との関連性についても慎重に検討していきます。本研究は、運動不足を個人の健康問題にとどめず、将来世代の健康にも関わる課題として捉える新たな視点を提示するものです。「運動不足を遺伝させない社会」という新たな視点の構築に向けた基盤研究として、将来的な予防医学や健康政策の科学的根拠の形成に貢献することが期待されます。
[画像:
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図1:本研究で明らかになった、父親ラットの運動不足が精子機能と次世代に影響する可能性
本研究では、雄ラットに8週間の運動制限を行い、父親ラットの運動不足が精子機能および次世代に与える影響を解析した。その結果、運動不足の父親ラットでは精子運動性が低下し、その仔では出生性比の偏りや妊孕性の低下が認められた。さらに、運動不足の父親ラット由来の次世代(F1世代)においても、生殖成功率の低下が示唆された。一方、運動不足によって低下した精子運動性は、自発運動によって回復し、生活様式の改善により影響が可逆的である可能性が示された。本図は、父親ラットの身体活動レベルという環境要因が、精子機能を介して世代を超えて影響しうる可能性を模式的に示したものである。
用語解説
*1 運動不足(身体的不活動): 日常生活における身体活動量が著しく少ない状態。世界保健機関(WHO)でも、主要な健康リスク因子の一つとして位置づけられている。
*2 出生性比:生まれてくる子どもの雌と雄の割合。本研究では、雌雄の比率の変化を指す。
*3 精子運動性: 精子が自ら動く能力のこと。受精の成立に重要な機能指標の一つであり、低下すると生殖成功率に影響する可能性がある。
*4 自発運動(回し車運動): 動物が自らの意思で回し車を回して行う運動。本研究では、運動不足状態からの回復を評価するために用いた。
*5 F1世代: F1世代は親世代(F0)から生まれた第一世代の子を指す。本研究では、世代を超えた影響を評価するために用いられた。
*6 妊孕性(にんようせい): 妊娠・出産が成立する能力(生殖能力)。本研究では、妊娠率や産仔数などの指標を用いて評価した。
*7 エピゲノム: DNAの塩基配列そのものは変えずに、遺伝子の働きを調節する仕組み。DNAメチル化などの化学的修飾を含み、環境要因の影響を受けることが知られている。
研究者のコメント
私たちは、父親の運動不足という身近な生活様式が、精子機能を介して次世代にまで影響しうるのかを明らかにしたいと考え、本研究に取り組みました。長期間の飼育や世代をまたぐ解析は困難も多く、結果が出るまで不安な時期もありましたが、出生性比や妊孕性への影響が見えたとき、大きな驚きと同時に研究の意義を実感しました。本研究は、将来世代の健康を見据える「継世代健康科学」という新たな視点の重要性を示す成果であり、予防医学の新しい基盤につながる研究として発展させていきたいと考えています。(吉原利典 准教授)
原著論文
本研究はBiology Letters誌のオンライン版で(2026年2月25日付)公開されました。
タイトル: Paternal physical inactivity alters offspring sex ratio and is associated with heritable impairments in reproductive success in rats
タイトル(日本語訳): 父親ラットの運動不足は仔の出生性比を変化させ、世代を超えた生殖成功率の低下と関連する
著者: Toshinori Yoshihara, Hisashi Naito.
著者(日本語表記): 吉原利典1)3)、内藤久士1)2)3)
著者所属: 1) 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科、2) 順天堂大学スポーツ健康医科学研究所、3) 順天堂大学スポーツ健康科学部
DOI: 10.1098/rsbl.2025.0725
本研究は、JST創発的研究支援事業(Grant Number JPMJFR225P)の支援を受けて実施されました。
プレスリリース提供:PR TIMES
記事提供:PRTimes