津田梅子、三淵嘉子、中山マサ…。デジタル展示「時代を超えて輝く女性たち」30日公開!
独立行政法人国立公文書館

どこでもいつでも誰でも楽しめる!国立公文書館デジタルコンテンツのご紹介
独立行政法人国立公文書館(所在地:東京都千代田区、館長:鎌田 薫)では、遠方にお住まいの方にもお楽しみいただけるよう、約30のデジタル展示を館ホームページ上で公開しております。
この度、新たなデジタル展示「時代を超えて輝く女性たち」を、令和8年3月30日から公開いたします。
このデジタル展示では、岩倉使節団に随行し、留学した津田梅子や女性研究者の草分けとなった黒田チカ、初の女性裁判官となり、家庭裁判所長も務めた三淵嘉子、女性初の国務大臣となった中山マサなど、様々な分野で活躍した女性を取り上げます。
女性の地位が高くなかった戦前の日本において、女性が社会進出を果たしていく道のりは、必ずしも平坦なものではありませんでした。戦後、女性参政権が認められましたが、女性の地位向上には、なお多くの課題が残されていました。こうした中で、新たな時代を創り出していった彼女たちの生き方は、女性をめぐる社会環境の問題を浮かび上がらせると同時に、女性の活躍が期待されている現代でも、力強い輝きを放ち続けています。
デジタル展示は、どこからでもいつでも無料でアクセスできます。ぜひ一度ご覧ください。
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国立公文書館のデジタル展示とは
国立公文書館では、約30のデジタル展示を公開しており、様々な時代・ジャンルの展示をご覧いただけます。デジタル展示では、解説付きで高精細な資料画像を見ることができるので、歴史に詳しくない方でも楽しめます。
例えば、『日本書紀』や『御実紀』といった歴史書や『平家物語』などの軍記物語を紹介する「
歴史と物語」は人気のコンテンツの1つです。
公文書にあまり馴染みのない人におすすめなのは「
公文書の世界」。一般にイメージされる紙や文字資料の公文書だけでなく、砂やぬいぐるみといった特徴的な公文書もご紹介しています。
春の叙勲に向けて、「
栄典のあゆみ」もおすすめです。栄典制度の歴史に関する文書や当館が寄贈を受けて所蔵している勲章をご覧いただけます。
このほかにも、元の時代に刊行された重要文化財『全相平話』など、19世紀以前の東アジアで漢字を使って刊行された資料を紹介する「
漢籍」など重厚な展示も。お気に入りの展示をぜひ探してみてください。
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デジタル展示「時代を超えて輝く女性たち」見どころ
第一部 女子教育の始まり 明治維新後、日本は欧米の制度や知識を積極的に導入しました。政府は多くの外国人を教師とする一方で、留学生を欧米に派遣し、様々な知識、技術を学ばせました。
明治5年には学制が発布され、教育制度の整備が始まりましたが、男子に比べ女子のための教育機関の設置は遅れました。こうした状況を補うように、女性の自立を目指す教育活動が民間から広がりました。自立した女性を育てる目的で鳩山春子が創設した共立女子職業学校(明治19年)や下田歌子が創設した実践女学校(明治32年)のような職業学校、さらに、津田梅子が創設した女子英学塾(明治33年)など、様々な私立学校が創設され、次第に女子高等教育機関も充実していきました。
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津田塾大学本館(ハーツホン・ホール)の図面
第二部 女性の社会進出 女子教育の広がりは、自立した個人として社会と関わることを促し、家庭から出て様々な分野に進出する女性が現れました。社会福祉活動に尽くした瓜生(うりゅう)イワ、家業を支え大企業へと育て上げた鈴木よねなど、男性と肩を並べて活躍する女性も現れたほか、社会全体で産業の合理化が進み、タイピストや事務など、女性の仕事とされる職業が増え、これらの職業に就いた女性は「職業婦人」と呼ばれました。昭和に入ると、女性の社会進出は一層広がり、三淵嘉子や谷野せつのように、司法や行政の世界で活躍する女性も現れました。
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昭和27年(1952)三淵嘉子が判事に任命された際の文書
第三部 戦後の改革 女性を取り巻く状況は、戦後大きな変革を遂げました。様々な改革が進められる中で、女性参政権の実現、男女平等を定めた日本国憲法の公布、民法改正による「家」制度の廃止、教育の機会均等、男女共学を定めた教育基本法の公布など、女性の権利拡大が次々と実現し、女性の社会進出と地位向上への基本的な条件が整えられました。こうした改革と日本経済の発展による労働需要の拡大は、それまで女性に門戸が閉ざされていた職業や、戦後新しく登場した職業へ女性が進出する機会を与えました。こうした社会の変革に合わせ、男女雇用機会均等法の公布など、国の重要課題として様々な政策が展開されることとなりました。
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昭和47年に公布された勤労婦人福祉法に関する文書
プレスリリース提供:PR TIMES




記事提供:PRTimes