【ZESDA通信特別号】まだまだやるべきことがあるーー能登・春蘭の里と歩むこの先の未来
NPO法人ZESDA

非営利活動法人ZESDA(代表理事:桜庭大輔、所在地:東京都中央区、以下ZESDA)は、能登半島地震で壊滅的な被害を受けた石川県能登町の春蘭の里をはじめとする奥能登地域の復旧・復興支援に取り組んでいます。このたび、3月20-21日の1泊2日で、有志のZESDAスタッフが石川県奥能登地域を訪問し、震災から2年あまりが経過した現在の課題や必要な支援についてお話を伺いましたので、その内容をZESDA通信特別号としてレポートします。
3月20日、能登空港着陸前に機窓に広がった能登の山々には、引っがいたような土砂崩れのあとがくっきりと残されていました。
地割れ・土砂崩れ…ブルーベリー農園に2年経っても残る爪痕
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ブルーベリー農園に迫る土砂崩れ
空港から車を走らせること30分あまり、能登町柳田にて、ブルーベリー農園を営む「ひらみゆき農園」の代表 平美由記さんに、被災したブルーベリー農園へ案内していただきました。平美由記さんとZESDAの関係は2020年に実施された(株)リクルートの学生向けフィールドワークプログラムから始まり、現在までにキッチンカーの企画導入支援、震災後のクラウドファンディング実施等、継続的に連携を重ねてきました。ブルーベリー農園では、収穫期が夏であるため、今は葉がない木が整然と並んでいます。農園には、震災による地割れやがけ崩れなどの生々しい爪跡が残っています。畑の一部が崩れたため、新たな場所に苗木を植えなおし、農園を再整備されています。震災の影響で、がけが崩れて森の形が変わり、風の流れが変化したことで、ネットがめくれ上がるなど維持管理の負担が増しているとのことでした。
収穫したブルーベリーの6割は生で出荷し、残りの規格外品はジャムなどに加工されています。加工場も見学させていただき、出来立てのジャムや試作のお菓子、新商品のブルーベリー棒茶を試飲させていただきました。
平美由記さんとZESDAのこれまでの関わり
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(株)リクルートが学生のフィールドワークプログラムに能登町を選定
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能登半島地震 壊滅的被害を受けたブルーベリー農園が復旧のためにクラウドファンディングを開始しました
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【ZESDA通信Vol.16(2024年2月号)】ご支援への御礼。「ひらみゆき農園」のクラウドファンディングが目標達成!菌床しいたけ栽培を手がける「のとっこ」のプロジェクトも新たにスタート。
奥能登の誘客拠点として整備が進む植物公園
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宿泊施設として設置中のキノコ型テント
続いて、能登町にある自然に囲まれた広大な公園、「柳田植物公園」にお邪魔しました。対応いただいたのは合同会社能登みらい創造ネットワークの竹内さんです。震災後に能登の賑わいを取り戻そうと、様々な施策に取り組まれています。ちょうど私たちが訪問した日はキノコ型のテントが設置中でした。実はこれ、震災時に避難所の個室スペースとして活用された「インスタントハウス」なんです。仮設住宅と比べて簡単に持ち運びできる資材で1日で建てられる優れモノで、断熱材を吹き付けて固める構造のため、冬でも暖かく過ごせるのが特徴です。この公園では、復興のシンボルである「インスタントハウス」を子供が喜ぶキノコ型に改良したものを4つ建設し、家族が宿泊できる施設として活用する計画が進められています。また能登町は夜空の明るさ調査で日本一を誇る星空を有しています。竹内さんからは、星空と光のイベントを通じて奥能登に誘客をする施策案についてもご説明していただきました。
「震災でつらかったことだけではない。楽しんでいきたい」‥能登の寿司店親子
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坂さん親子とともに
柳田植物公園を後にし、宇出津港へと向かいました。この地域は、地震による地盤沈下の影響で、護岸が大きく変形し、一部が海に浸かったままとなっています。港から少し歩いたところにあるテレビ番組「オモウマい店」で知られる能登の寿司店、「津久司(つくし)」を訪問しました。被災後は出張寿司で全国を回られていて、現在は4月の店舗再開に向けて準備を進められています。店主の坂津世史(つよし)さんと葵くんに出迎えていただき、能登の地魚の漬けと握り、ぜいたくなかんぴょう巻に舌鼓を打ちました。店主の津世史さんに震災後のお話を伺いました。「もちろんつらかったことが多かったけれども、それだけではなかった。テレビ番組に取り上げられたことで色んな人に出会えた。出張寿司で全国を飛び回って能登を知ってもらう人が増えた。息子とは『頑張ってだけではなくて、楽しんで行こう』といつも話している。寿司店を通じて能登と関係する人を増やしていきたい。」とおっしゃったのがとても心に響きました。4月中旬のお店の再オープンを前に、「今後どうなるのかはわからないが、多くの人に能登に来てもらって楽しんで返ってほしい。それが私たちの願いです」と話されていました。
被災者からの切望で震災からわずか2週間後に再開したカフェ
能登町のメインストリートではいくつかの店舗を訪問しました。「ふくべ鍛冶」には、包丁だけではなく、鎌やなたなどの山仕事の道具に加え、海女が使う道具も販売されていて、海と山に囲まれた能登の自然の豊かさを実感しました。数百枚のレコードが並ぶ都会的な内装の「DOYAコーヒー」も訪れました。店員の方によると、被災した人から「家にいるとずっと気が詰まるので早く店を再開してほしい」という声を受け、自身も大変な中、被災後2週間で店を開けたと話されていました。一息ついて交流できるような場所は、非常時だからこそ必要なんだと感じました。
囲炉裏が残る古民家「春蘭の里」
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囲炉裏で多田さんを囲む
夕方になったので、本日の宿泊先、春蘭の里へと向かいました。民家を改装し農家民宿の試みを始めた多田喜一郎さんに震災当時や復旧のご苦労や現在の状況について囲炉裏を囲んで夕食を食べながら話を伺いました。今は復興の仕事で大忙しとのことですが、合間を縫って、古民家のメンテナンスを行い、国内外からの観光客を受け入れておられます。観光客への対応に当たっては、事務局の萬(よろず)さんが大活躍していますが、実は萬さんと春蘭の里との出会いは芦埜スタッフの紹介によるもの。初めは宿泊客として里を訪れた萬さんですが、現在では、東京での本業の傍ら、春蘭の里への問い合わせ電話に対応したり、毎月1週間ほど能登を訪れて事務作業を担ったりと、春蘭の里の運営に欠かせない存在です。
夕食には能登町役場復興推進課の灰谷さんも駆けつけていただきました。イカのかぶりものをつけた灰谷さんは、「地方公務員アワード2020」を受賞した名物公務員で、イカの恰好をしながら日本各地で能登町の魅力を発信し、東大生の受け入れなど色んな政策を実施しています。
設置当初は「無駄使い」と批判された巨大スルメイカモニュメント「イカキング」が、復興に欠かせない町のシンボルとなった裏話を伺いました。町おこしのために創出した「イカキング」は、観光の目玉にしたいという町役場の方々の強い信念のもと、石川県だけで6億円の経済効果をもたらしたそうです。、職員たちが度重なる批判的な取材にもぶれずに誠実に対応したことで、一過性の批判をはねのけることができたのだと感じました。
「私にはやることがまだまだある」・・・空き家を宿泊施設に改築中
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宿泊施設にリフォーム中の元医院
翌朝は、宿から歩いて2分の河川敷で春の味覚ふきのとう摘みをしたあと、多田さんの案内で宿泊施設への改装が進む空き家2軒を見学しました。1軒目は、学校の先生が暮らしておられた民家・水上邸。震災後の2024年3月には、有志のZESDAスタッフが家具の整理や清掃作業をお手伝いした思い出の場所です。建物内部は昭和の趣きが残る応接室や書籍で埋め尽くされた押し入れが趣深かったです。広い書斎はベッドルームに改装中で仕切りを設けて2室にわける工夫も見られました。手作業で作業されているようです。2件目は旧診療所で、足踏みミシンが残る空間は昭和40年代にタイムスリップしたような感覚に囚われました。こちらも地震で一部がかたむくなどしたため、建物の補強作業が進められていました。地震後古い民家の解体が進む中、77歳の多田さんは「道路から山里を見た時に、日本風の民家が点在するこの景色を残しておきたい。これが能登の風景だ。私にはやることがまだまだある。」と力強く話されました。最後に、旧校舎を改装した宿泊施設「こぶし」を見学、太陽光発電や水素発電などの先進的な取り組みを導入し、持続可能な地域づくりの現場を目の当たりにしました。
多田喜一郎氏とZESDAのこれまでの関わり
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【ZESDA通信Vol.17(2024年3月号)】ZESDAスタッフが能登で復興支援活動を実施。被災地支援は次なるフェーズへ。
更地となった朝市…再興へ始動
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朝市のメインストリート 両側は更地に
多田さんと別れたあとは、車を輪島市に走らせ朝市の跡地へと向かいました。震災後の火災により一帯は焼失し、現在は更地となっています。電線が焦げた痕跡などが残り、当時の状況の厳しさを感じました。ストリートビューと見比べることで、失われた街並みの大きさと火災の影響を改めて実感しました。折しも我々が訪問した翌週の3月26日から再興に向けた整地工事が開始され、多目的広場や復興住宅が周辺に整備される予定だそうです。
世界が注目する輪島塗の人間国宝、小森邦衞さんの作業場を訪問
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人間国宝 小森さんの工房を訪問
能登訪問の締めくくりに、輪島塗人間国宝である、小森邦衞さんのご自宅兼作業場を訪問させていただきました。輪島塗はそれぞれの工程が分業制になっていて、木地固め、下塗り、上塗り、装飾と色んな職人の手を経て作られます。しかし、小森さんは自信の手で最初から最後まで作り上げるという輪島では“異色”の職人です。凛としたという表現がぴったりのご自宅2階の作業場で輪島塗の作品を見せていただき、籃胎(らんたい) 曲輪(まげわ)、はりぬき などの技法について解説していただきました。また、人間国宝から直接技術を学べる石川県立輪島漆芸技術研修所の所長もつとめておられます。震災後に学生が卒業制作を継続できるため教室を確保するのに奔走されたお話も伺いました。
まとめ
ZESDAで春蘭の里プロジェクトを担当する瀬崎理事を中心に培ってきたこれまでのご縁もあり、今回の訪問は多くの示唆を得る2日間となりました。参加したスタッフそれぞれが、被災地の現状を知るだけでなく、現地で暮らしを守りながら、新たな挑戦を続ける方々の姿勢に多くの学びを得ました。
今回の訪問を通じて改めて感じたのは、能登の復興に必要なのは、被災直後の支援だけではなく、地域の営みや誇り、挑戦を中長期で支えていく関わりであるということです。農業、観光、交流、文化継承、空き家活用など、地域の再生に必要なテーマは多岐にわたりますが、それらを個別のものとして切り分けるのではなく、現場で頑張る方々の思いや実践に寄り添いながら、垣根を設けずにつないでいくことが大切だと実感しました。
ZESDAとしては、これまで春蘭の里や能登町の皆さまとの関わりの中で培ってきたネットワークや企画力を活かし、現地の挑戦に伴走していきたいと考えています。具体的には、都市部とのつながりづくり、情報発信や交流機会の創出、外部人材や企業との橋渡し、地域資源の魅力を活かした企画づくりなどを通じて、能登に心を寄せる人をさらに増やしていきたいと思います。
また、私たちにとってこうした関わりは、一方的に「支援する」というものではありません。地域の方々と出会い、ともに考え、行動すること自体が、私たち自身にとっても学びと成長の機会です。今後も、春蘭の里をはじめとする能登の皆さまと丁寧な関係を重ねながら、この土地の未来に少しでも貢献できるよう、息の長い取り組みを続けていきます。
ZESDA参加スタッフ 瀬崎・藤田・芦野・末岡・釜ケ澤 /サポーター 吉田
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小森さんとZESDAスタッフ
プレスリリース提供:PR TIMES





記事提供:PRTimes