【徳島大学】相分離を介した転写因子ハブ形成を制御する「分子スイッチ」の機構を解明~構造揺らぎが転写因子の分子集合を制御する~
国立大学法人徳島大学

令和8年5月19日
国立大学法人徳島大学
https://www.tokushima-u.ac.jp/
・細胞がストレスを受けたときに働くタンパク質である熱ショック転写因子1(Hsf1)が、DNA と結合
することで生物学的相分離※1 という反応を介して集合し、活性化する仕組みを明らかにしました。
・Hsf1 は、普段は自分自身との相互作用によって働きが抑えられていますが、DNAが結合すると原子
レベルの揺らぎが変化し、この抑制が解除されることで活性化状態へと切り替わります。
・従来の戦略では創薬が困難とされてきた転写因子に対し、相分離の引き金となるタンパク質揺らぎの
制御を対象とする新しい創薬戦略につながる可能性があります。
細胞がストレスを受けると、熱ショック転写因子1(Hsf1)が標的DNA に結合し、細胞を保護する遺伝子群を一斉に活性化させます。この際Hsf1 は、相分離を介して複数の転写因子を効率よく集積させます。しかし、DNA の認識という局所的なイベントが、どのようにして相分離へと変換されるのか、その詳細な分子メカニズムは未解明でした。徳島大学先端酵素学研究所の川越聡一郎助教(研究当時、現セントジュード小児研究病院博士研究員)、齋尾智英教授、北海道大学大学院先端生命科学研究院の久米田博之学術研究職らの研究グループは、溶液核磁気共鳴分光法(NMR 法)※2を主体とした生物物理学的研究手法を駆使した研究に取り組み、Hsf1 がDNA 結合によって自己阻害型から活性型へと切り替わるメカニズムを解明しました。具体的には、定常状態のHsf1 では、相分離駆動に関わる天然変性領域(IDR)がDNA 結合ドメイン(DBD)と分子内で結合することでその活性が封じ込められています。これに対し、DNA 結合時にはDBD の構造柔軟性が高まることでIDR が解放され、IDR 同士の相互作用による相分離が促進されることが明らかになりました。本成果は、DNA の持つ情報が細胞内の広範な相分離現象へと変換される構造的及び熱力学的な基盤を提供するものです。本成果は、2026(令和8)年5 月19 日付けで『Angewandte ChemieInternational Edition』のオンライン版に掲載されました。
転写制御は細胞の恒常性維持に不可欠な生命現象です。この転写を時間的・空間的に正確に制御するため、転写因子はDBD による特定のDNA 配列との特異的な結合に加え、安定した立体構造を形成しないIDRを介した「相分離」を利用して他の転写関連因子を集め、転写の拠点を形成することが分かってきています。Hsf1 は、分子シャペロンなどの細胞保護遺伝子の遺伝子発現を司るマスター転写因子であり、過剰な活性化はがん細胞のストレス耐性を高める一方、活性低下は神経変性疾患の発症につながることが指摘されていることから、その活性は厳密に制御される必要があります。このHsf1 の活性制御機構が、Heat Shock Element (HSE) と呼ばれるDNA 配列周辺での相分離であると目されています。これまでのモデルでは、DNA は単なる足場として転写因子を集積させると考えられてきましたが、少数のHSE だけでもHsf1の相分離が効率よく誘導されることから、DNA 結合そのものが何らかのメカニズムで相分離のスイッチとして機能している可能性が示唆されていました。しかし、DBD に対する局所的なDNA 結合が、どのようにして空間的に離れたIDR へと伝わり、相分離というマクロな現象を引き起こすのか、その分子レベルのメカニズムは未解明でした。
精製したHsf1 とDNA を用いた相分離実験を実施したところ、DNA によるHsf1 の相分離促進効果はHSEのリピート数に依存しませんでした。このことは、DNA の足場効果による相分離への影響は限定的であり、DNA結合反応自体がHsf1 の相分離を促進させていることを示しています。この促進効果の分子メカニズムを解明するため、溶液NMR 測定を行ったところ、Hsf1 はDBD とIDR とが分子内で相互作用した相分離能の低い自己阻害型から、DNA 結合に伴いその相互作用が解消され、IDR 間の分子間相互作用が可能な相分離促進型に構造変化することが明らかとなりました (図1)。興味深いことに、DNA によるDBD-IDR 結合の解消は、DBD 上のIDR 結合部分にDNA が競合することでIDR が外れる直接阻害ではなく、DBD 内部の動きを通じて離れた部位に情報が伝わる仕組み、すなわち動的アロステリー※3 がその中核であることが明らかとなりました。具体的には、DBD はDNA やIDR と結合していないリガンドフリーの状態であっても、DNA 結合構造とIDR結合構造間をサンプリングしている構造平衡※4 にあり、DNA はこの構造平衡のバランスを調節することでDBD からのIDR の放出及び相分離を制御していました。さらに詳細なNMR 解析の結果、このDNA 結合構造とIDR 結合構造は、巨視的には類似した立体構造であるものの、アミノ酸残基側鎖のピコ秒からナノ秒スケールの構造揺らぎの程度が異なる状態であることが分かりました。つまり、HSE によるHsf1 の相分離促進は、DBD の構造平衡の調節を介した、DBD-IDR 間の結合解離に伴う立体構造変化による制御という新規の分子メカニズムが基盤となっていることが明らかになりました (図2)。
[画像1:
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図1. DNA 結合によるHsf1 の立体構造変化
a: Hsf1 のNMR スペクトルと拡大図。IDR (赤)、DBD-IDR 複合体 (緑)、DNA 結合状態 (青) のNMR スペクトルの比較から、DBD-IDR 間の相互作用及びDNA 結合に伴う解消が示されました。
b: DNA 結合を介したHsf1 の相分離促進モデル。DNA はDBD-IDR 間のドメイン間相互作用を阻害し、Hsf1を相分離促進型へと構造変化させることで相分離を促進します。
出典:DNA-Induced Entropic Gain Triggers an Allosteric Switch for Biomolecular Condensation of Heat Shock Transcription Factor 1, Kawagoe et al., Angewandte Chemie International
Edition,CC BY 4.0.
[画像2:
https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/169076/9/169076-9-e18e9e8eecc9536a0d6b2bf035fa3fed-1490x543.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2. DNA によるHsf1 の相分離促進メカニズム
DNA 結合はDBD の構造揺らぎを調節し、その影響はDBD-IDR 相互作用の変化を伴う立体構造変化を介して伝播されることで、相分離を制御します。この階層的枠組みは、側鎖レベルの局所的な構造揺らぎが複数の空間スケールを超えて伝達され、巨視的な現象である相分離へとつながることを示しています。
多くの転写因子はDBD とIDR を両方有するため、本研究で発見された「DBD の動的アロステリーによる相分離制御」は、相分離する転写因子に共通する動作原理である可能性があります。転写調節の破綻はさまざまな疾病発症と関連していることから転写因子は有望な創薬標的ですが、薬剤によるDBD とDNA の結合阻害は正常細胞にとって有益な転写反応までも抑制してしまい、またIDR は構造が定まらないため薬剤設計が現状では困難です。本研究により、DBD の構造平衡を制御対象とすることで、転写因子の相分離状態を精密にコントロールできる可能性が示されました。これは、相分離の破綻が原因となる疾患に対する、副作用の少ない新規の創薬コンセプトとなることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP23K19353、JP24K18063、JP23H05470、JP23K23824、JP23K26688、JP25K02217)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業
(FOREST)(JPMJFR204W)、及びJST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2526)の支援を受けて実施されました。
また、アステラス病態代謝研究会、上原記念生命科学財団、日揮・実吉奨学会、武田科学振興財団、住友財団、千里ライフサイエンス振興財団、中島記念国際交流財団、旭硝子財団、公益信託「生命の彩」 ALS研究助成基金、加藤記念難病研究助成基金、持田記念医学薬学振興財団、キヤノン財団、JKA、内藤記念科学振興財団、せりか基金のご支援もいただきました。
※1) 生物学的相分離: 細胞内でタンパク質や核酸などの生体分子が集積し、周囲の環境とは異なる液
滴状の区画を一過的に形成する現象です。この液滴は膜を持たないものの、特定の分子を濃縮したり、反応の場を作ったりすることで、細胞内の機能を効率的に制御します。ストレス応答、転写制御、シグナル伝達など、多様な生命現象に関わる仕組みとして注目されています。
※2) 核磁気共鳴分光法(NMR 法): 強い磁場中に置かれた原子核の性質を利用して、分子の構造や動きを調べる分析手法です。タンパク質研究では、溶液中に近い状態で原子レベルの情報を得られることが大きな特徴です。特に、タンパク質の立体構造だけでなく、構造の揺らぎ、相互作用、構造平衡などを解析できるため、動的な生命現象を理解するうえで重要な手法です。
※3) 動的アロステリー: タンパク質のある部位で起こった結合や構造変化が、離れた別の部位の性質や機能を変化させる現象をアロステリーといいます。動的アロステリーでは、必ずしも大きな構造変化を伴わず、タンパク質内部の揺らぎや構造ダイナミクスの変化を通じて情報が伝達されます。つまり、タンパク質の「形」だけでなく、「動き」の変化が機能制御に重要な役割を果たすという考え方です。
※4) 構造平衡: タンパク質などの生体分子が、一つの固定された構造だけをとるのではなく、複数の構造状態の間を行き来している状態を指します。それぞれの構造状態の存在割合は、温度、pH、リガンド結合、DNA 結合、相互作用相手などによって変化します。この構造平衡の偏りが、タンパク質の機能、基質選択性、相分離のしやすさなどを決める重要な要因になります。
タイトル:
DNA-Induced Entropic Gain Triggers an Allosteric Switch for Biomolecular Condensation of
Heat Shock Transcription Factor 1
(DNA 結合に伴うエントロピー増大は、熱ショック転写因子1 の生物学的相分離におけるアロステリックスイッチを制御する)
著者:
Soichiro Kawagoe*, Hiroyuki Kumeta, Tomohide Saio*
(*:共同責任著者)
責任著者:
徳島大学先端酵素学研究所基幹研究部門分子生命科学分野
助教 川越 聡一郎 (研究当時、現セントジュード小児研究病院 博士研究員)
教授 齋尾 智英
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
DOI:doi.org/10.1002/anie.7340537
URL:
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.7340537
・徳島大学×J-PEAKS
https://www.iphf.tokushima-u.ac.jp/プレスリリース提供:PR TIMES

記事提供:PRTimes