世界初、超急冷を必要としない強磁性正20面体準結晶を実現 ~高品質試料の実現で準結晶磁性研究が新たな段階へ~
東京理科大学
【研究の要旨とポイント】
希土類元素を含む5元系Au-Cu-Al-In-R(R = Gd, Tb, Dy)合金において、通常のアーク溶解と熱処理により、安定な強磁性正20面体準結晶を世界で初めて作製することに成功しました。
希土類元素の種類(Gd, Tb, Dy)による磁気臨界挙動の系統的な違いを定量的に明らかにし、その起源が準周期構造とスピン対称性の組み合わせにあることを示しました。
本研究により、準結晶が組成設計で磁気臨界挙動を制御できる新たな材料プラットフォームであることが実証され、準周期構造における磁性や量子現象の研究を大きく前進させることが期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の田村 隆治教授らの共同研究グループは、これまで溶融した合金を極めて高速に冷却する特殊な「超急冷法(*1)」によってのみ得られていた強磁性正20面体準結晶(*2)を、通常のアーク溶解と熱処理によって作製することに世界で初めて成功しました。従来の強磁性準結晶は超急冷に依存する準安定相であったため、高品質化や精密な物性評価が困難でした。本成果により、強磁性準結晶は特殊な準安定物質から、通常の熱処理によって作製・高品質化できる新しい磁性材料群へと発展し、準周期構造における磁気相転移や磁気臨界現象(*3)を本格的に研究できる道が開かれました。
準結晶(*4)は、原子配列に周期性をもたないものの、長距離秩序と呼ばれる広範な規則性を示す特殊な物質であり、通常の結晶とは異なる電子的・熱的性質から注目を集めています。しかし、強磁性準結晶はこれまで超急冷によってのみ得られる準安定相であったため、その本質的な磁性の理解が困難でした。そこで本研究グループは、超急冷を必要としない準結晶の実現がその解明に向けた鍵になると考え、機械学習を活用して新たな準結晶候補を探索し、その合成と物性評価を行いました。
今回、Au(金)・Cu(銅)・Al(アルミニウム)・In(インジウム)・R(R = Gd(ガドリニウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム))の5つの金属元素からなる3種類の新たな正20面体準結晶の合成に成功しました。これらは通常のアーク溶解と熱処理により作製可能で、長時間の熱処理後も準周期構造を維持する優れた熱安定性を示します。すべての準結晶が明確な強磁性秩序を示す一方、磁気臨界挙動は希土類元素の種類によって系統的に異なり、Gd系では平均場理論(*5)から大きく逸脱するのに対し、TbおよびDy系では平均場的挙動を示すことが定量的に明らかとなりました。これらの結果は、準結晶における磁気臨界挙動が準周期構造とスピン対称性(*6)の組み合わせによって決定されることを示しており、希土類元素の選択によって磁気臨界挙動を制御できる新たな材料設計指針を提示するものです。
また本研究は、材料科学・物性物理・結晶学・AIを融合した学際的研究であり、機械学習により予測した新物質を実際に合成・発見した点にも意義があります。さらに本成果は、強磁性準結晶を超急冷に依存せず作製できる道を開き、準周期構造における磁気相転移や量子現象の本格的研究を可能にする研究基盤を提供するものです。
本研究成果は、2026年7月7日に
国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
結晶や非晶質材料における磁性は長年にわたり研究され、磁気秩序の理解は大きく進展してきました。一方、準結晶は通常の結晶には存在しない5回回転対称性(正五角形や星形)をもつ非周期構造であるため、長距離磁気秩序は形成できず、短距離的もしくはスピングラス的(*7)な磁気秩序しか実現しないと考えられてきました。
しかし、この常識を覆したのが、2021年に本研究グループが発見したAu-Ga-Gd系およびAu-Ga-Tb系強磁性準結晶です(※1)。これにより、準周期格子上においても自発磁化と長距離磁気秩序が実現しうることが示され、準結晶は結晶と非晶質材料に続く「第三の磁性プラットフォーム」として注目を集めるようになりました。しかし、これまでに発見された強磁性準結晶はいずれも超急冷によってのみ得られる準安定相であり、アニール処理を施すと安定な周期結晶へと変態してしまいます。そのため構造の改善や精密な測定が困難であり、準結晶特有の磁気臨界現象を定量的に調べることはできませんでした。
そこで本研究では、超急冷を必要としない強磁性正20面体準結晶の実現を目標に、機械学習による候補材料探索を行いました。これは、強磁性準結晶を高品質化可能な新しい磁性材料群として確立するための重要な課題でした。
※1: 東京理科大学プレスリリース(2021年11月19日付)
『強磁性準結晶の発見 ~準周期性が示す特異な磁性の解明に向けて飛躍的な前進~』
【研究結果の詳細】
機械学習の分類器から得られた上位候補である3種類の5元系正20面体準結晶(Gd系: Au54Cu7.5Al12In12Gd14.5、Dy系: Au57.5Cu5Al13In10Dy14.5、Tb系: Au57.5Cu5.5Al10.5In12Tb14.5)を合成しました。これらの平均価電子数(e/a, *8)はそれぞれ1.77、1.74、1.75であり、いずれもTsai型強磁性準結晶(e/a ≈ 1.7)に近い値でした。合成した準結晶は、723 K(Kはケルビン、摂氏0℃は、約273.1 Kとなる)より高温では近似結晶へと相転移しますが、723K以下の温度では長時間の熱処理においても安定性を維持することがわかりました。また、723 Kで長時間熱処理を行うと、X線の回折ピークがさらに鋭くなることから、熱処理によって原子配列の乱れが減少し、準結晶の規則性がより広範囲にわたって形成されることが確認されました。
今回合成したGd系、Dy系、Tb系準結晶は、それぞれキュリー温度(*9)TC = 28.3 K、16.5 K、9.7 Kにおいて明確な強磁性転移を示しました。比熱測定では、各相転移温度において顕著なλ型転移(*10)が観測され、長距離強磁性秩序の存在が確認されました。さらに、磁化測定の結果、Gd系準結晶は低磁場(約0.6 T)で磁化が飽和する等方的なハイゼンベルク型(*11)の挙動を示しました。一方、TbおよびDy系準結晶はスピンの向きに強い方向依存性(単一イオン異方性)をもつため、高磁場(最大7 T)をかけても磁化が飽和しない非ハイゼンベルク型の挙動を示しました。
これらの性質の違いはスピン対称性の違いに起因すると考えられます。軌道角運動量をもたないGd3+では等方的なスピン揺らぎが大きく、その影響が平均場理論の予測から逸脱した臨界挙動をもたらします。一方、Tb3+およびDy3+では強い磁気異方性がスピン揺らぎを抑制するため、平均場理論に近い挙動が安定化します。これらの結果は、準結晶における磁気臨界挙動が準周期構造とスピン対称性の組み合わせによって決定されること、および準周期性が磁気臨界現象を特徴づける重要な要因であることを示しています。
本研究は、超急冷を必要としない強磁性準結晶を世界で初めて実現するとともに、準周期構造における磁気相転移を高品質試料で研究できる道を開いた成果です。
本研究を主導した東京理科大学の田村教授は、「本成果により、強磁性準結晶を超急冷に依存せずに作製できるようになり、準周期構造がもたらす磁性や量子現象を高品質試料で研究する道が開かれました。これまで特殊な準安定物質と考えられていた強磁性準結晶が、新しい磁性材料群として本格的に研究できる段階に入ったと考えています」と、コメントしています。
- 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金(JP19H05817, JP19H05818, JP19H05819, JP21H01044)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR22O3)の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 超急冷法
溶融した合金を極めて高速に冷却する特殊な作製法。通常の熱処理では得られない準安定相を形成できる一方、試料サイズや品質に制約がある。
*2 強磁性正20面体準結晶
準結晶のうち、正20面体対称性(5回・3回・2回回転軸を併せ持つ非周期的対称)を有するものにおいて、強磁性が実現した物質。強磁性とは、隣接する原子の磁気モーメントが自発的に同一方向へ揃う強い磁気秩序のことで、準結晶は長距離の周期性を欠くため磁気モーメントの規則的な整列は生じにくいと考えられてきた。しかし、2021年にAu-Ga-Gd系およびAu-Ga-Tb系で強磁性準結晶の存在が報告され、非周期的構造と長距離磁気秩序の共存という従来の固体物理の常識を覆す現象として注目されている。
*3 磁気臨界現象
物質がキュリー温度やネール温度などの特定の温度を境に、磁気秩序をもつ状態からもたない状態へ転移する際、磁化や比熱などの物理量がべき乗則に従って特異な振る舞いを示す現象。
*4 準結晶
通常の結晶のような周期的な原子配列を持たないにもかかわらず、非晶質(アモルファス)とは異なり、長距離秩序と鋭い回折パターンを示す固体構造。5回対称など、結晶では禁じられた対称性を持つ点が最大の特徴。秩序はあるが周期性はないという、結晶と非晶質の中間に位置する固体状態。
*5 平均場理論
多体系における各スピンへの相互作用を、周囲のスピンの平均的な効果(平均場)で置き換え、個々の揺らぎを無視する近似手法。
*6 スピン対称性
スピンが特定の方向を向きやすいかどうかを表す性質。
*7 スピングラス的
電子スピンがランダムな方向を向いたまま固まっている特殊な磁性体。
*8 平均価電子数(e/a)
1原子あたりの価電子数。物質の結晶構造や磁気特性を決定づける重要な指標。
*9 キュリー温度
強磁性材料が磁気秩序を失う温度。
*10 λ型転移
比熱曲線がギリシャ文字のラムダ(λ)に似た特異な形状を示す連続的な相転移のこと。
*11 ハイゼンベルク型
スピンが特定の方向に縛られず、三次元空間で自由に向きを変えられる磁性モデル。
【論文情報】
[表1:
https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/262_1_31deb64e0765b4a3cc66253ba216708e.jpg?v=202607081115 ]
【発表者】
[表2:
https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/262_2_a32a2c569a45c60bd4991e427ae475b9.jpg?v=202607081115 ]
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
田村 隆治(たむら りゅうじ)
E-mail: tamura【@】rs.tus.ac.jp
【JST事業に関すること】
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
金山 晋司(かなやま しんじ)
TEL: 03-3512-3531 FAX: 03-3222-2066
E-mail: crest【@】jst.go.jp
【報道・広報に関する問い合わせ先】
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