直交に連結した平面状のカチオンとアニオンを超分子的に構築
立命館大学

電子材料創製を可能にする新たな分子設計を提案
立命館大学生命科学部の前田大光教授、小林洋一教授、九州大学先導物質研究所の福原学教授らの研究チームは、東京科学大学、東京工科大学の研究者らと共同で、アニオンの種類に応じて構造や電子状態を変化させることができる新たな直交型カチオンを開発しました。このイオンペア(※1)は、光や圧力に応答して性質が変化することから、次世代の光触媒や電子材料への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年8月17日(現地時間)に、英国王立化学会誌「Chemical Science」に掲載されました。
- アニオンの種類によって構造や電子状態が変化する新しい直交型カチオンを開発した。- 光を当てると電子が移動する現象を観察し、アニオンの種類によってその動きを変えられることを確認した。- 圧力を加えると分子の光に対する性質が変化することを見いだした。- 直交型構造に由来する集合体構造を形成することを明らかにした。
<研究成果の概要>
近年、さまざまな構造や電子状態を有するπ電子系(※2)の設計・合成が行われ、その機能発現が報告されています。とくに、分子内に電子密度の偏りを有する構造は、光に応答して分子内で電子が移動することが知られており、それを利用した光レドックス触媒(※3)の開発が進められています。
本研究チームは、アニオン会合部位と電子不足なπ電子系がホウ素を介して直交型に連結した新規π電子系カチオンを新たに合成し、イオンペアメタセシス(※4)によって異なる対アニオンを導入しました。その結果、対アニオンの違いによってカチオンの構造や電子状態が変化し、それに応じて光による電子移動の挙動も制御できることを明らかにしました。
さらに、圧力に応答した光物性の変化や、結晶中における多様なイオンペア集合体の形成も確認しました。本研究は、軽元素を利用した効率的な光触媒創製の基礎的な知見となると同時に、光励起にともなうキャリア生成を起点とした半導体材料への応用展開が期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金および立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)(※5)などの支援によって実施されました。
<研究の背景>
重金属を含まない軽元素を基盤とした光レドックス触媒が最近注目されています。これらの触媒は、資源の入手性に優れ、金属による汚染の懸念が少なく、低コストで利用できるという利点を持つことから、さまざまな分子触媒としての開発が進められています。
そのような分子触媒の設計においては、電子豊富なπ電子系と電子不足なπ電子系を適切な距離と角度で配置し、光照射による電子移動を効率よく引き起こすことが重要であることが知られています。一方で、その電子状態や電子移動挙動を外部要因によって制御する手法の開発も重要な課題となっています。研究チームは2005年から、アニオン会合能を示すπ電子系としてジピロリルジケトンの研究を進めており、これまでホウ素や各種金属錯体の合成およびその機能開拓に取り組んできました。とくにホウ素錯体では、スピロ型(※6)のホウ素に導入する配位子の種類を柔軟に変更することができる特徴をふまえ、直交型構造を有するカテコール錯体やナフタレンジオール錯体を合成し、機能発現を検討してきました(図1)。
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図1 (a)アニオン会合部位を有する直交型π電子系の概念図;(b)ジピロリルジケトンホウ素ジオール錯体の例
<研究の内容>
本研究では、3つのベンゼン環が縮環したフェナレニル骨格(※7)に着目しました。これまで蓄積してきたホウ素錯体の合成技術を基盤として、ヒドロキシフェナレノンをホウ素に導入したジピロリルジケトンホウ素錯体1+-Cl-を新たに設計・合成しました(図2a左)。
ヒドロキシフェナレノンホウ素錯体は+1価のカチオンであり、その正電荷はフェナレニル部位に非局在化することから、電子不足なπ電子系となります。ホウ素部位は4つの酸素と結合した四面体型の構造をとるため、ジピロリルジケトンとフェナレニル部位は直交型に配置され、互いの電子的な相互作用が非常に弱い状態をとることが特徴です。理論計算から、ホウ素錯化した状態では、ジピロリルジケトンはヒドロキシフェナレノンと比較して電子豊富なユニットであることが見いだされました(図2b)。 1+-Cl-はイオンペアメタセシスによってさまざまな対アニオンへの交換が可能であり、BF4-, PF6-, B(C6F5)4-, PCCp- (ペンタシアノシクロペンタジアニド)イオンペアを合成しました(図2a右)。
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図2 (a)ジピロリルジケトン-ヒドロキシフェナレノンホウ素錯体;(b)1+-Cl-の静電ポテンシャル図※8(青色が電子不足、赤色が電子豊富を示す)
Cl-イオンペアは、ジピロリルジケトンのピロール(※9)環が反転した安定な会合体を形成する一方、よりサイズが大きなアニオンでは非会合型構造をとることが分かりました。興味深いことに、アニオンの種類によってジピロリルジケトン部位の電子状態が変化し、電気化学測定から、Cl-会合体ではより電子豊富な状態になることが示されました。
この電子豊富部位と電子不足部位が直交配置した構造である点を利用し、溶液状態における過渡吸収スペクトル測定(※10)から、ジピロリルジケトンからフェナレニル部位への光誘起電子移動(※11)を確認しました(図3)。また、対アニオンの種類によって励起状態の寿命が変化し、とくにCl-会合によって誘起される電子状態では寿命が短くなることが示唆されました。
さらに、圧力を加えることで吸収スペクトルが変化し、その応答性はジピロリルジケトン部位の構造や対アニオンの種類に依存することが明らかとなりました。
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図3 光誘起電子移動のイメージ図
研究チームはこれまで、カチオンとアニオンの組み合わせによって、多様なイオンペア集合体が結晶中で形成されることを見いだしてきました。本研究で開発した直交型π電子系カチオンでは、平面状のπ電子系ユニットが互いに直交して配置されるため、隣接する分子間で特徴的な積層構造を形成します。
特にCl⁻イオンペアでは、アニオン会合部位を疑似的なπ電子系アニオンとして捉えることができ、近接するフェナレニルカチオン部位との間で、二重のiπ-iπ相互作用(※12)による集合体を形成することを見いだしました(図4)。このことから、本研究で開発した分子は、アニオンの種類に応じて電子状態だけでなく集合構造も変化することが明らかとなりました。
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図4 Cl-イオンペアの結晶構造
<社会的な意義>
有機分子を基盤とした電子移動に関する研究は長年にわたり進められており、電子移動機構の解明から、人工光合成、光触媒、分子エレクトロニクスなど幅広い分野へ発展しています。本研究では、アニオン応答性を持つ直交型π電子系カチオンを提案し、アニオンの種類によって制御可能な光誘起電子移動、圧力応答性光物性、多様なイオンペア集合体形成を実現しました。特に、アニオンとの相互作用によって電子状態や光応答性を制御できることを示した点は、本研究の重要な成果です。
本研究で示した分子設計指針は、外部刺激によって電子移動を制御する新しい有機材料の開発に向けた重要な知見となります。また、イオンペア集合体を利用した電気伝導材料において、光励起による電荷キャリア生成を可能にする新たな設計概念を提示するものであり、将来的には電子・光機能材料や有機エレクトロニクス分野への応用が期待されます。
<論文情報>
論文名 : Anion-controlled ion pairing and assembly of p-electronic cations with orthogonal p-systems
著者 : Yohei Haketa, Tomoka Inoue, Taichi Abiko, Shunsuke Kobashi, Ryota Sato, Yoichi Kobayashi, Kotaro Matsumoto, Tomoyuki Hamachi, Gaku Fukuhara, Tatsuki Morimoto, Rio Kugizaki and Hiromitsu Maeda
発表雑誌 : Chemical Science
掲載日 : 2026年8月17日(月)(現地時間)
DOI : 10.1039/d6sc05424b
URL :
https://doi.org/10.1039/d6sc05424b
<用語説明>
※1 イオンペア:アニオンとカチオンの対からなる化学種。
※2 π電子系:二重結合などを有する分子。分子構造によっては可視光を吸収し、色素となる。
※3 光レドックス触媒:可視光照射により電子状態が変化し、基質の一電子酸化と一電子還元の両方に対して活性を示す触媒。
※4 イオンペアメタセシス:所望のカチオンの塩とアニオンの塩を混合し、新しいイオンペアを創製する手法。
※5 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):立命館大学の中核研究組織として、2008年4月に設立された分野横断型の研究組織。
※6 スピロ型:2つの環状骨格が1つの原子を共有して十字状(直交)につながった立体構造。
※7 フェナレニル骨格:3つのベンゼン環が縮環した安定な誘起ラジカル骨格。
※8 静電ポテンシャル図:分子中の電子の偏りを色で示した指標で、電子が豊富な部分や不足している部分を可視化したもの。
※9 ピロール:4つの炭素と1つの窒素から形成される5員環分子。生命色素ポルフィリンの構成ユニット。
※10 過渡吸収スペクトル測定:物質が光を吸収することによって生じる変化を、分光学的に追跡する時間分解分光の一種。
※11 光誘起電子移動:光に応答し電子供与体から電子受容体へ電子が移動する反応。
iπ-iπ相互作用: 荷電π電子系間において、主として分散力と静電力が寄与する相互作用。
プレスリリース提供:PR TIMES



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