環境中に存在する抗うつ薬 ~ヒトと魚類に対する感受性の比較~
東京理科大学

【研究の要旨とポイント】
メダカとアユから抗うつ薬の標的となるモノアミントランスポーター(MAT)の遺伝子を単離・解析しました。
魚類のセロトニントランスポーター(SERT)のサブタイプであるSERTaは、ヒトのSERTに比べて、ヒト用に開発された抗うつ薬に対して著しく高い感受性(より低濃度で阻害されること)を示すことが判明しました。
ヒトではMATを標的としない医薬品であっても、魚類のMATに対しては阻害効果を示すものがあることが明らかになりました。
本研究は、哺乳類のデータのみに依存した化学物質の管理が、水生生物への生態毒性リスクを過小評価する危険性があることを示唆しています。
【研究の概要】
東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科の宮川 信一教授、高知大学 農林海洋科学部 農林資源科学科の井原 賢教授らの共同研究グループは、メダカとアユから抗うつ薬の標的であるモノアミントランスポーター(MAT, *1)の遺伝子を単離・解析し、ヒトではMATを標的としない医薬品の中にも、魚類のMATに対しては阻害効果を示すものがあることを明らかにしました。
ヒトが使用した抗うつ薬などの医薬品は、下水処理でも完全に除去はできないために河川などに流出し、環境中に広く存在する汚染物質として水生生物に影響を与える可能性があります。しかし、ヒトのタンパク質を標的とした医薬品が魚にも作用するのかどうか、作用するとしたらどれくらい効きやすいのかは不明でした。
本研究では、医薬品の生物種による感受性の違いを調べるため、メダカやアユを用いて、医薬品(本研究では抗うつ薬に注目)の主要な標的であるMATに対する包括的な分子・薬理学的特性評価を行いました。その結果、魚類のセロトニントランスポーター(SERT)はヒトのSERTよりも抗うつ薬に対して高い感受性を示すことが明らかとなり、魚類が環境医薬品に対して脆弱であることがわかりました。
本研究成果は、2026年8月24日に
国際学術誌「Environmental Science and Technology」にオンライン掲載されました。
[画像:
https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/278/102047-278-de4b7b1b761ddd2d91cfd9be8da29d3f-1149x890.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図: 本研究の研究対象であるメダカ。
【研究の背景】
セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどのモノアミンは、幅広い動物において重要な神経伝達物質として機能しています。抗うつ薬は主に、これらの神経伝達物質を細胞内に回収する「モノアミントランスポーター(MAT)」の働きを阻害し、シナプス間隙の神経伝達物質濃度を高めることで効果を発揮します。しかし、私たちが使用した医薬品の一部は下水処理過程で完全には除去されず、水環境中に排出され、世界中の河川など環境水から検出されています。これにより魚類の行動や生理機能への悪影響が懸念されていますが、そもそもヒト用に設計された医薬品が、魚類のタンパク質に対してもヒトと同様の分子経路で作用するのかは、これまで明らかにされていませんでした。
【研究結果の詳細】
1. メダカとアユのMAT遺伝子の単離
メダカとアユの脳から、2種類のセロトニントランスポーター(SERTaとSERTb、*2)、ドーパミントランスポーター(DAT)、ノルエピネフリントランスポーター(NET)遺伝子を単離しました。これにより、魚類にはSERTが2種類存在する(ヒトでは1種類)ことが確かめられました。遺伝子の配列を比較したところ、ヒトのSERTの配列に近いのは魚類のSERTaであり、それが脳で発現することも確かめられました。また、薬理学的アッセイでも、魚類のSERTaはSERTbに比べて、複数の抗うつ薬に対して高い感受性を示すことがわかりました。
2. ヒトよりも高い魚類の感受性
抗うつ薬に対する全体的な阻害特性は種を超えて保存されていましたが、メダカやアユのSERTaは、ヒトのSERTと比較して、ヒト向け医薬品に対し一貫して顕著に高い感受性を示しました。一部の抗うつ薬では、魚類のSERTaを阻害するのに必要な濃度(IC50値、*3)がヒトのSERTの10分の1以下でした。
さらに、ミルタザピンやクエチアピンなど、ヒトではMATを主な標的としていない医薬品についても、魚類のMATに対しては阻害効果が観察されたことから、魚類には予期せぬ経路で影響を及ぼす可能性が示唆されました。
【今後の展望】
今回得られたIC50値の中には、実際に深刻な環境汚染が報告されている水域での医薬品濃度と重複するものもありました。本研究により、哺乳類のデータのみに依存した環境リスク評価は、水生生態系への影響を著しく過小評価する可能性があることが示されました。魚類特有の感受性を特定した本研究は、環境モニタリングプログラムにおける対象医薬品の優先順位付けや、より保護的な水質ガイドラインを策定するための重要な科学的基盤となります。
- 本研究は、環境省・環境再生保全機構(ERCA)の環境研究総合推進費(5-1952, 5-2204)や、文部科学省・日本学術振興会(JSPS)の科学研究費(25H01183)等の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 モノアミントランスポーター(MAT)
セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質を細胞内に再取り込みするタンパク質群。抗うつ薬などの主要な分子標的となる。
*2 SERTa / SERTb
セロトニントランスポーター(SERT)のサブタイプ。進化の過程で真骨魚類はSERTaとSERTbの両方を持つが、ヒトなどではSERTbが失われている。
*3 IC50(半数阻害濃度)
トランスポーターの機能を50%阻害するのに必要な化合物の濃度。この値が低いほど、少ない量で薬効(阻害効果)が現れるため、感受性が高いことを意味する。
【論文情報】
[表1:
https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/278_1_778d0de6689eb9e3de5d3801569bbc06.jpg?v=202609091115 ]
【発表者】
[表2:
https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/278_2_218a5e5cec844d56292e7d5af364b9af.jpg?v=202609091115 ]
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科 教授
宮川 信一(みやがわ しんいち)
E-mail: miyagawa【@】rs.tus.ac.jp
高知大学 農林海洋科学部 農林資源科学科 教授
井原 賢(いはら まさる)
E-mail: ihara.masaru【@】kochi-u.ac.jp
【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL: 03-5228-8107 FAX: 03-3260-5823
E-mail: koho【@】admin.tus.ac.jp
高知大学 広報・校友課 広報係
TEL: 088-844-8643 FAX: 088-844-8033
E-mail: kh13【@】kochi-u.ac.jp
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https://www.tus.ac.jp/today/archive/20260907_1095.html)をご参照ください。
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