モンゴル仏教史の「空白期」を埋める大発見。未記録の大規模寺院址を発掘「チンギス・ハーンの訓戒」を記した白樺樹皮写本が出土大谷大学×モンゴル科学アカデミー、複合的な仏教遺跡の全容を解明へ
学校法人真宗大谷学園 大谷大学

~10月16日(金)大谷大学にて研究成果の記者説明会を開催~
大谷大学(所在:京都市北区 学長:木越 康)の三宅伸一郎教授(研究代表者)および松川節名誉教授(調査指導)らが参加するモンゴル・日本共同調査隊は、2026年夏、モンゴル国ウブルハンガイ県オヤンガ郡にある未記録の仏教寺院跡「オロン・スム寺院址」において本格的な発掘調査を実施し、建物の床面から白樺の樹皮にモンゴル文字で書かれた写本21点を発見しました。そのうち解読が進む1点の冒頭には「チンギス・ハーン」の名が明記されており、後世の歴史書や諸写本に伝わる「チンギス・ハーンの訓戒」と酷似した文章が記されていることが判明しました。
オロン・スム寺院址は、モンゴル仏教史において文献資料が極めて乏しく“暗黒期”とされる16世紀後半~17世紀前半に建立された可能性が高い大規模な寺院遺跡です。今回の調査では、中心に立ち並ぶ3棟の大型堂宇のうち「東側寺堂」を初めて発掘し、白樺樹皮写本に加えて極彩色の寺院壁画や塑像の仏像も出土しました。「未知の未記録寺院の確認」「文字資料(写本)と造形遺物(仏像・壁画)の同一遺構からの複合的出土」「考古学的な発掘現場の床面からの直接確認」という観点から、モンゴル仏教史に新たなページを加える極めて重要な学術成果となります。
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出土した白樺樹皮写本(モンゴル文字)
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東側寺堂で見つかった壁画
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オロン・スム寺院址(空撮)
<本件のポイント>
1.【発掘写本からの確認】チンギス・ハーンの「教え」を記した古文書を発掘現場から直接確認
年代記や19世紀の写本で知られていたチンギス・ハーンの訓戒に酷似した文章が、寺院址の床面から出土した白樺樹皮写本より確認されました。
2.【未記録の大規模寺院】文献に載っていない幻の寺院跡(オロン・スム)の「東側寺堂」を初発掘
22棟の建物跡や窯跡を有する大規模な未記録寺院において、中心伽藍の「東側寺堂」を初めて発掘し、まとまったモンゴル文字写本21点を確認しました。
3.【複合的な成果】仏像・壁画・写本が同一の寺院跡から揃って出土
資料の乏しい16~17世紀のモンゴル仏教に対し、造形物(モノ)と文字(テキスト)の両面から解き明かせるこれまでにない複合的な発見です。
本成果について、10月16日(金)14:00より大谷大学にて記者説明会を開催し、松川名誉教授が詳細な解説を行います。ご多忙の折とは存じますが、ぜひご取材賜りますようご案内申し上げます。
モンゴルといえば草原や遊牧の暮らしのイメージが強く、「仏教」を思い浮かべる方は多くないかもしれません。しかし、モンゴルの人々と仏教の関わりは深く、13~14世紀のモンゴル帝国・元朝の時代には仏教が広く信仰されました。帝国の崩壊とともに一度は下火になりますが、16世紀後半にチベット仏教が広まり、今日のモンゴルに根づく仏教の信仰へとつながっていきます。
しかし、その間にあたる15世紀~17世紀前半は文献資料が極めて乏しく、研究者の間では史料の“暗黒期”とも呼ばれてきました。エルデネ・ゾー寺院など中心的な寺院の研究は進んでいる一方、地方の寺院がどのような姿で、どのような役割を担っていたのかは、謎に包まれたままでした。今回調査したオロン・スム寺院址は、まさにこの空白期(16世紀後半~17世紀前半)に建立・運営されていたとみられる貴重な未記録寺院です。
モンゴル国ウブルハンガイ県オヤンガ郡の草原に位置し、13基の構造物・計22棟の建物跡、瓦窯跡5基を有する大規模な寺院遺跡です。1925年にロシアの探検家コズロフが中央寺堂を発掘し、2025年8月にはモンゴル・日本共同調査隊が西側寺堂を発掘して大型忿怒尊像やパーラ様式の阿弥陀仏像を出土させました。そして、今夏、残る「東側寺堂」の東側半分を初めて発掘し、今回の成果に至りました。
※本遺跡は内モンゴル自治区(中国)にある同名の「オロンスム」遺跡とは別の遺跡です。
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ヤマーンタカ(大威徳明王)の像
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未焼成粘土で作られた仏像の破片
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パーラ様式の阿弥陀仏
遺跡からは約21断片の白樺樹皮写本が発見されました。松川名誉教授の解読により、保存状態のよい写本の冒頭にモンゴル文字で「チンギス・ハーン」と明記されていることが判明しました。記述内容は「知恵・方策」の重要性を説くもので、「知恵や方策がなければ身近な獲物を捕らえることも難しいが、知恵や方策があれば山にいるアルガリ(野生羊)の子を捕らえて食べることもできる」という趣旨の教えが記されています。これは17世紀の年代記『アルタン・トブチ』や、ヴィリニュス大学(リトアニア)などに所蔵される後世の写本群に伝承されてきた訓戒と極めてよく似ています。つまり、これまで後世の文献上の伝承であった訓戒が、実際の仏教寺院の床面から出土した当時の写本によって考古学的に裏付けられた点に大きな意義があります。
また、既知の文献とは用語表現に若干の違い(異文)が見られることから、新たなテキスト伝統の可能性や、なぜ仏教寺院でチンギス・ハーンの教えが伝えられていたのかなど、今後の研究進展が注目されます。
2009年、モンゴル・日本共同「エルデネゾー」プロジェクトでは、エルデネ・ゾー寺院の棟木墨書から、同寺院が1586年に竣工したことを示す新たな文字資料を発見し、大谷大学で記者発表しました。それに続き今回、同じく16~17世紀に属するとみられる未知の寺院址から、仏像・壁画とともに白樺樹皮写本が出土し、その一片に「チンギス・ハーン」の名と、後世に伝わる訓戒によく似た文章を確認しました。二つの発見を通じて、文献資料の乏しいこの時代のモンゴル仏教史を、考古資料と文字資料の双方から具体的に明らかにしていきたいと考えています。
今回の成果は大きな一歩ですが、寺院址全体の解明に向けてはまだ通過点です。今後は東側寺堂の残る西側半分の発掘を予定しており、同様の遺物の出土が期待されます。また、1925年にコズロフが中央寺堂で発掘した出土品や白樺樹皮文書は、ロシア・サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館などに所蔵されながら、いまだ十分に整理・研究されていません。三宅伸一郎教授を中心とする研究チームは、引き続きこれらの資料の整理・研究を継続していく計画です。
研究代表者 三宅 伸一郎(みやけ しんいちろう) 大谷大学 文学部 教授1967年岡山県生まれ。大谷大学大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。大谷大学特別研修員、同非常勤講師、富山大学非常勤講師等を経て、2003年に大谷大学文学部専任講師に着任。准教授を経て2018年より大谷大学文学部教授。 専門はチベット学、ボン教研究、チベット・モンゴル文化交流史。
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三宅 伸一郎(みやけ しんいちろう) 大谷大学 文学部 教授
【著書・論文】
『天翔ける祈りの舞:チベット歌舞劇アチェ・ラモ三話』(共訳、臨川書店、2008年)
「ポン教の美術」(『アジア仏教美術論集:中央アジアII(チベット)』中央公論美術出版、2017年)
「チベットの「ケサル王物語」とその文化的背景」(福田晃・萩原眞子編『英雄叙事詩:アイヌ・日本からユーラシアへ』三弥井書店、2018年)
「「仏」の教えとしてのボン教」(岩尾一史・池田巧編『チベットの歴史と社会 上 歴史篇・宗教篇』臨川書店、2021年)
「蟻に施す方法:十八・九世紀ボン教僧による慈悲の実践法」(『仏教学セミナー』第118号、2023年)
松川 節(まつかわ たかし) 大谷大学 名誉教授大阪大学大学院文学研究科博士課程(中央アジア史講座)単位取得退学。博士(文学)。1999年大谷大学短期大学部専任講師、2005年文学部助教授を経て、2008年より大谷大学教授(文学部・社会学部)。現在、大谷大学名誉教授。日本モンゴル学会会長。2022年にモンゴル国政府より「北極星勲章」を受章、2024年にモンゴル国立大学より「名誉博士号」を取得。 専門はモンゴル史、モンゴル仏教史、碑文研究。
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松川 節(まつかわ たかし) 大谷大学 名誉教授
『イェシェー・ペルデン著「モンゴル仏教史・宝の数珠」─寺本婉雅旧蔵─』(共編、大谷大学真宗総合研究所、2019年)
「大元ウルス大ハーン聖旨の冒頭句yeke suu(大福廕)について」(『慶祝喬吉先生75華誕記念論文集』呼和浩特、2024年)
“Archaeological Research on the History of Mongolian Buddhism: Results of the Mongolia-Japanese Joint Project” (Buddhist Studies, 2024)
本調査は、30年以上にわたりモンゴル国で活動を続けるモンゴル・日本共同「碑文プロジェクト」の一環として、モンゴル科学アカデミー歴史・民族学研究所と共同で実施しています。また、公益財団法人平和中島財団「2026年度アジア地域重点学術研究助成」、および龍谷大学農学部・中田裕子准教授の研究費により研究を行っています。
大谷大学は、1665(寛文5)年の江戸時代、京都・東六条に創設された東本願寺の学寮をその前身としています。その後、いくたびかの変遷を経て、1901(明治34)年、近代的な大学として東京・巣鴨の地に開学。1913(大正2)年、現在の地に移転開設しました。
親鸞の仏教精神に基づき、"人材"ではなく"人物"の育成を目標とする学び「人間学」を教育・研究の根幹とし、広く一般社会へ開かれた大学として確かな歩みを続けています。2021(令和3)年には、近代化120周年を迎えました。
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プレスリリース提供:PR TIMES





記事提供:PRTimes