加齢卵子への不妊治療法開発に期待
横浜市立大学
―35歳以降の妊よう性低下には卵子透明帯の構造変化が関与―
発表のポイント
女性の生殖適齢期後半(35歳ごろ)に相当する雌マウスは、卵子の遺伝子発現によらず卵子透明帯の網目構造が変化することにより受精率が低下することを発見しました。
透過型・走査型電子顕微鏡を用いて卵子を観察することで、加齢が卵胞形成時の卵子―卵丘細胞の相互作用の低下や卵子透明帯の微細構造の変化を導くことを見いだしました。また、それらの変化を機械学習によって客観的に判別できるようにしました。
還元型グルタチオンの添加で体外受精率の改善が認められたことから、今後、妊よう性が低下し始める生殖適齢期後半の女性の卵子に対して、新たな不妊治療法の開発が期待されます。
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/101592/450_434_20241224153944676a5730979b8.png
加齢は卵子―卵丘細胞の相互作用の低下と卵子透明帯の構造を変化させ、受精率を低下させる
概要
東京大学医科学研究所生殖システム研究分野の山内(石川)祐 特別研究員(研究当時、現:横浜市立大学大学院医学研究科 臓器再生医学 助教)、大阪大学微生物病研究所の伊川正人教授(兼: 東京大学医科学研究所 特任教授)らによる研究グループは、女性の35〜40歳に相当する加齢マウスを用いて、加齢による卵子の変化が妊よう性(注1)に及ぼす影響を解析しました。その結果、加齢によって卵巣内の成熟卵胞内(注2)では卵子の支持細胞である卵丘細胞(注3)と卵子の相互作用が減弱し、卵子の質が低下していることがわかりました。また、卵子透明帯(注4)の特徴である表面の網目構造が加齢によって平滑構造(凹凸や細孔がなく滑らかな構造)へと変化することにより、受精過程に必須な精子の透明帯通過を妨げて受精率(注5)の低下に寄与していることも明らかにしました。加えて、加齢卵子の受精率は還元型グルタチオン(注6)を体外受精培地に添加することで改善されました。本研究成果により、加齢卵子の受精率低下に対する新たな治療法開発が期待されます。
本研究成果は2024年12月24日、国際科学誌「Communications Biology」に掲載されました。
発表内容
身体的な加齢は、女性の妊よう性を低下させる主要因だと考えられています。ヒトでは特に35歳を超えると妊よう性が顕著に低下することがわかっているが、その詳細な原因については未だ不明です。
これまでの先行研究では、加齢が染色体異常、ミトコンドリアの機能異常、遺伝子発現量の変化などを引き起こし、卵子の質的変化を生じさせることが報告されています。しかし、多くの加齢研究ではヒトの40〜60歳頃に相当する1年齢以降のマウスを使用しているため、妊よう性が低下し始める原因については明らかにされていませんでした。この度、本研究チームは、ヒトの20〜25歳ごろに相当する10〜12週齢若齢マウスと、ヒトの35〜40歳に相当する34〜38週齢加齢マウスの卵子を比較し、加齢に伴う卵子の形態変化が受精能の低下を引き起こすメカニズムを解析しました。
加齢に伴う雌の妊よう性を調べたところ、若齢マウスと比較して加齢マウスの産仔数は有意に低くなりました。加齢マウスの排卵数が有意に低下していたため、排卵直前の成熟卵胞内で卵子―卵丘細胞の相互作用に着目しました。その結果、卵丘細胞から卵子透明帯に向けて形成される仮足(Transzonal projection, TZP)の減少に伴い、卵丘細胞から卵子への物質輸送が少なく、卵子成熟の低下が示唆されました。次に、体外受精による受精能の検討を行いました。受精は、生体内でも生体外でも図1Aのような過程を経て行われます。体外受精において、若齢卵子に比べて加齢卵子の受精率が有意に低くなりました(図1B)。一方、卵子のトランスクリプトーム解析(注7)では加齢特異的な遺伝子発現の変化はありませんでした。そこで卵子透明帯への精子の結合能を調べたところ、加齢マウスの卵子透明帯には精子が結合しにくいことが判明しました(図1C)。さらに走査型電子顕微鏡(注8)での観察およびフラクタル解析(注9)を用いた機械学習によって、卵子透明帯に特徴的な表面の網目状構造が、加齢卵子の透明帯では平滑構造へと変化していることがわかりました(図1D)。このことから、透明帯の構造が受精の可否に関与していることが示唆されました。最後に、還元型グルタチオンを添加したうえで体外受精を行ったところ、卵子透明帯の膨化(注10)が生じ、加齢卵子でも受精率の改善が見いだされました(図1E)。還元型グルタチオン添加した体外受精後の胚発生率(注11)はグルタチオン非存在下と変わりませんでした。
これらの結果は、加齢によるマウス卵子の受精率低下は、卵子の遺伝子発現によらず、卵子透明帯の構造変化に伴う精子結合阻害に起因するという新たな知見を提供しました。卵子の細胞質ではなく卵子の外側の構造である透明帯に焦点を当てることで受精率の回復を導き出すことができたため、本研究の成果は、体外受精率が低い女性の卵子や加齢卵子を用いた不妊治療法の開発に寄与することが期待されます。
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/101592/500_199_20241224153956676a573c2a20a.png
図1: 加齢による卵子透明帯の変化は精子の通過を妨げ、受精率を低下させる
A. 受精の過程。B. 体外受精率。C. 精子が卵子透明帯に結合する様子。若齢に比べて加齢卵子透明帯に結合する精子は少ない。D. 走査型電子顕微鏡で観察した卵子透明帯の表面構造。卵子透明帯は無数の凸凹した筋と細孔を有する明瞭な網目構造を示すが、加齢によって凸凹構造を失った構造、細孔を失った平滑構造へと変化する。若齢卵子は網目構造を有しているが、加齢に平滑構造を有する卵子の割合が増加する。E. 還元型グルタチオンの有無による加齢卵子の受精率。加齢卵子の受精率はBのように若齢に比べて低い(=グルタチオンなし)が、還元型グルタチオンを培地に添加(=グルタチオンあり)することで受精率が回復する。
論文情報
雑誌名:Communications Biology
題 名:Age-associated aberrations of the cumulus-oocyte interaction and in the zona pellucida structure reduce fertility in female mice
著者名:Yu Ishikawa-Yamauchi, Chihiro Emori, Hideto Mori, Tsutomu Endo, Kiyonori Kobayashi, Yuji Watanabe, Hiroshi Sagara, Takeshi Nagata, Daisuke Motooka, Akinori Ninomiya, Manabu Ozawa, and Masahito Ikawa* (*責任著者)
DOI :
https://doi.org/10.1038/s42003-024-07305-z
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費 (課題番号:JP19J01089)」、科研費「新学術領域研究 (課題番号:19H05750)」、科研費「基盤研究(S)(課題番号:21H05033)」、共同利用・共同研究システム形成事業「学際領域展開ハブ形成プログラム (課題番号:JPMXP1323015484)」、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト(課題番号:21gm5010001)」、戦略的創造研究推進事業(CREST)「機械学習を用いた精巣組織培養の自動最適化による精子形成の理解 (課題番号:JPMJCR21N1)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)妊よう性
妊娠し、子供を授かるために必要な能力。女性(雌)と男性(雄)のどちらにも関係する。
(注2)成熟卵胞
卵巣内で卵胞は、原始卵胞、一次卵胞、二次卵胞、成熟卵胞の順に発育する。成熟卵胞内では卵子と卵子を囲む卵丘細胞との相互作用があり、卵子の成熟を促す。卵子は成熟卵胞を経て排卵される。
(注3)卵丘細胞
卵子を覆う細胞層を形成しており、卵子からの分泌因子によって制御されている。卵丘細胞はギャップジャンクションを介して卵子の成熟を担う。
(注4)卵子透明帯
卵子を包む半透明の層であり、主に糖タンパク質で構成されている。卵子の成熟時には卵丘細胞から栄養素を供給される場となり、受精時には精子の侵入、多精子受精の拒否を行う場となる。
(注5)受精率
排卵された正常な卵子の総数に対して、精子と受精することができた卵子の割合を示す。
(注6)還元型グルタチオン
分子内にチオール基(-SH)を有する低分子化合物であり、主に抗酸化作用を示す。発生工学の分野において、マウスの凍結・融解精子を用いた体外受精の際に還元型グルタチオンを用いて透明帯を膨化させことで受精率が改善されることが報告されている。
(注7)トランスクリプトーム解析
トランスクリプトーム解析とは、細胞や組織などに蓄積されている転写物RNA(トランスクリプトーム)を網羅的に解析する手法である。遺伝子発現量を測定・分析することで、細胞や遺伝子の機能に関する情報を得ることができる。
(注8)走査型電子顕微鏡
電子線を試料表面に照射して生じる二次電子や反射電子を検出することで、試料表面の形状や微細構造を高分解能で観察できる顕微鏡である。
(注9)フラクタル解析
フラクタル理論に基づいて複雑な図形の構造を数値的に特徴付ける解析手法で、図形の全体を部分に分解しても全体と同じ形が再現される「自己相似性」という性質を持つ幾何学的構造を示す。
(注10)卵子透明帯の膨化
卵子の透明帯の構造がSH基を有する還元剤(本研究では還元型グルタチオンを使用)の作用によって、透明帯中のジスルフィド結合が切断されて透明帯が変化(厚みが薄くなる)または脆弱化し、精子が容易に通過できる状態になることを示す。
(注11)胚発生率
受精した卵子は受精卵(または胚)と呼ばれ、この受精卵が新しい生命として発生(発育)する。胚発生率は、受精卵の総数に対して、着床前の段階(胚盤胞)まで正常に発生できた割合を示す。
発表者・研究者等情報
東京大学 医科学研究所
附属システム疾患モデル研究センター生殖システム研究分野
小沢 学 准教授
兼:附属システム疾患モデル研究センター先進モデル動物作製コア
山内(石川) 祐 研究当時:東京大学特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD)
現:横浜市立大学大学院医学研究科 臓器再生医学 助教
東京大学医科学研究所 客員研究員
附属疾患プロテオミクスラボラトリー
相良 洋 特任助教
渡邉 裕治 技術専門職員
慶應義塾大学 政策・メディア研究科
森 秀人 研究当時:日本学術振興会特別研究員(DC2)
現:大阪大学 ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)特任准教授
大阪大学 微生物病研究所
伊川 正人 教授 兼:東京大学医科学研究所 特任教授
元岡 大祐 講師
遠藤 墾 研究当時: 特任助教
現:東京大学大学院農学生命科学研究科 助教
江森 千紘 助教
小林 清訓 研究当時:博士課程
二宮 彰紀 特任研究員
筑波大学 グローバル教育院
永田 毅 教授 兼 明治学院大学 情報数理学部 教授
[画像3]https://digitalpr.jp/simg/1706/101592/450_103_20241202154015674d564f8a6bf.jpg
記事提供:Digital PR Platform