<横浜市立大学> 従業員が困難な目標に直面した場合でも仕事のエンゲージメントを向上できる要因を発見!
横浜市立大学
―心理的資本と終身雇用制度による影響の検証―
横浜市立大学国際商学部、同大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻の黒木淳教授と神奈川大学経営学部の尻無濱芳崇准教授らの研究グループは、従業員に設定された目標の難易度*1が仕事のエンゲージメント*2に与える関係に対して、ポジティブな心の状態を維持する資源としての心理的資本(PsyCap)*3がモデレート効果*4を持つことを発見しました。また、日本企業特有の終身雇用制度がこの関係にどのような影響を与えるかも検証し、勤続年数の長い従業員群では、設定された目標の難易度と仕事のエンゲージメントが関連しないことも発見しました。
本研究成果は、ヨーロッパ会計学会誌「European Accounting Review」に掲載されました(2025年1月19日)。
研究成果のポイント
従業員への高すぎる目標難易度は、仕事のエンゲージメントを低下させることを示唆。
目標の難易度と仕事のエンゲージメントの関係を心理的資本が強化することを発見。
勤続年数の長い従業員群の場合、目標難易度と仕事のエンゲージメントの関係がみられなくなる。
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図1 目標の難易度、心理的資本(PsyCap)、仕事のエンゲージメントの関係
研究背景
企業が従業員に対して設定する目標の難易度は、従業員のエンゲージメントやパフォーマンスに大きな影響を与えることが明らかになってきました。一方で、先行研究などにより、高すぎる目標難易度の設定は、従業員のエンゲージメントやパフォーマンスの向上に対して効果が無い、あるいは逆効果であるということも指摘されています。そこで、本研究では、従業員が持つポジティブな心の状態を維持する資源としての心理的資本が、目標難易度と仕事のエンゲージメントの関係にどのように影響を与えるかを明らかにすることを目的として、検証を実施しました。さらに、終身雇用制度を採用している日本企業を対象とするため、在籍期間によるそれらへの影響についても検証しました。
研究内容
本研究では、日本の上場企業A社における従業員約3,000人を対象にアンケート調査を実施し、回答を受けた1,404人を分析対象としました。調査では、目標難易度、従業員の仕事のエンゲージメント、および心理的資本(PsyCap)を測定しました。
分析では、次のような結果が得られました。
①目標難易度と仕事のエンゲージメントの関係
目標難易度が中程度で設定されている場合、従業員の仕事のエンゲージメントが向上することが確認されました。一方で、高すぎる難易度の目標が与えられた場合、従業員の仕事のエンゲージメントは向上しないことが示唆されました。
②心理的資本のモデレート効果
心理的資本が高い従業員は、難易度の高い目標に直面した場合でも、仕事のエンゲージメントを高い水準で維持できることが示されました(図1, PsyCap=+2SD)。一方で、心理的資本が低い従業員は、難易度の高い目標に直面した場合、仕事のエンゲージメントを維持することが困難であることが示唆されました(図1, PsyCap=-2SD)。また、心理的資本の4つの構成概念それぞれで分析した結果、このようなモデレート効果は「希望(hope)」と「回復力(resilience)」の高い従業員において特に大きいことを発見しました。
③勤続年数の影響
勤続年数が長い従業員群の場合、目標難易度の仕事のエンゲージメントへの影響はみられなくなりました。
これらの結果は、目標管理において心理的資本の考慮が重要であること、また勤続年数が長い従業員に対しては目標管理以外の手法を検討する必要性を示唆しています。
今後の展開
本研究を踏まえ、以下のような展開が期待されます。
①心理的資本の開発プログラムの実施と評価
心理的資本は変化可能な心理的状態であることから、心理的資本の構成要素である自己効力感や回復力を高めるための長期的な介入研究が求められます。
②勤続年数の長い従業員に対する管理方法の開発
勤続年数の長い従業員群は目標の難易度と仕事のエンゲージメントの関連がみられなくなることを踏まえ、勤続年数の長い従業員に対しては、目標管理以外のインセンティブ設計や、能力を向上させる人材開発の方法を検討することが必要です。
③目標設定や心理的資本を拡張させた研究の展開
目標設定に関する研究は個人レベルでの目標の影響を中心に扱ってきましたが、組織全体の目標の難易度や設定プロセスに関する研究が必要です。さらに、心理的資本の向上には、仕事面に注目するだけではなく、生活面の自律と調和についても検討が必要であり、今後拡張させる予定です。
研究費
本研究は、JSPS科研費(21H00762)、および横浜市立大学学長裁量事業戦略的研究推進費(No. SK2813)の助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Target Difficulty, Psychological Capital, and Work Engagement
著者: Makoto Kuroki (Yokohama City University), Yoshitaka Shirinashihama (Kanagawa University)
掲載誌: European Accounting Review, Forthcoming
DOI:
https://doi.org/10.1080/09638180.2025.2451153
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/102912/350_63_202501240955176792e4f50d33d.jpg
用語説明
*1 目標の難易度:従業員に設定された目標の難易度を指し (Matějka and Ray 2017)、目標の達成に向けて「最大限の努力を要する」等の項目で測定されている。
*2 仕事のエンゲージメント:従業員が仕事に対して示すポジティブな心理的状態を指し、活力(vigor)、献身(dedication)、没頭(absorption)の3つの要素で構成される (Schaufeli and Bakker 2003)。
*3心理的資本(PsyCap):次の4つの構成要素から成立する従業員の心理的状態のこと (Luthans, Youssef and Avolio 2007)。
①自己効力感(efficacy): 難しい課題を成功させる自信。
②希望(hope): 達成のための意欲と代替手段を考え出す力。
③楽観性(optimism): 将来の成功を信じるポジティブな見方。
④回復力(resilience): 困難や逆境から立ち直る力。
*4 モデレート効果:特定の2変数の関係性が、他の条件(モデレーター変数)の状態によって強まったり、弱まったりすることを示す。本研究では、目標の難易度と仕事のエンゲージメントの関係性が、心理的資本の状態によって強まることを、心理的資本のモデレート効果と記している。
参考文献
・Schaufeli, W. B., & Bakker, A. B. (2003). UWES – Utrecht Work Engagement Scale: Test Manual. Utrecht University. www.schaufeli.com
・Luthans, F., Youssef, C. M., & Avolio, B. J. (2007). Psychological capital: Developing the human competitive edge. Oxford University Press.
・Matějka, M., & Ray, K. (2017). Balancing difficulty of performance targets: Theory and evidence. Review of Accounting Studies, 22(4), 1666–1697.
https://doi.org/10.1007/s11142-017-9420-4
記事提供:Digital PR Platform