<横浜市立大学>分解酵素は細胞膜の中でタンパク質をヘッドロックして切断する
横浜市立大学

〜基質と結合した膜内タンパク質分解酵素の立体構造を解明〜
横浜市立大学大学院生命医科学研究科の禾 晃和准教授らの研究チームは、大阪大学蛋白質研究所、京都大学医生物学研究所、東北大学大学院医学系研究科との共同で、細胞膜の中で働く特殊なタンパク質分解酵素RsePが基質となるタンパク質を結合した状態の立体構造を明らかにしました。今回の研究により、RsePの内部に取り込まれた基質タンパク質は、しっかりと固定(ヘッドロック)され、引き伸ばされた状態で切断されることが明らかになりました(図1)。切断の仕組みを詳しく調べていくことで、将来的には、細菌の感染や増殖を抑える薬剤の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、「Science Advances」に掲載されました(日本時間2025年2月27日)。
研究成果のポイント
細胞膜の中で働く特殊なタンパク質分解酵素(RseP)と分解されるタンパク質の複合体構造を解明した。
RsePに取り込まれたタンパク質は、膜から隔離された空洞内で引き伸ばされ、しっかりと固定されて分解されることが分かった。
RsePがタンパク質を選別する仕組みの解明だけでなく、細菌感染症治療薬の開発などへの貢献も期待される。
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/104684/600_408_2025022516093067bd6caa88f93.jpg
図1 膜内タンパク質分解酵素RsePの基質結合様式
基質となるタンパク質は、RsePに取り込まれる前は、切断されにくいαヘリックス構造をとっている。クライオ電子顕微鏡単粒子解析*1で決定した複合体構造では、RseP内部に取り込まれた基質タンパク質のペリプラズム側は、ヘッドロックされるように、U字型の領域に取り囲まれている。一方、切断部位は、切断されやすいβストランド構造に引き伸ばされている。
研究背景
細胞膜に存在するタンパク質の機能の制御や分解・除去を行う仕組みの一つに「膜内タンパク質切断」があります。この膜内タンパク質切断は、細胞膜の中で働く特殊なタンパク質分解酵素(膜内切断プロテアーゼ)によって行われています。膜内切断プロテアーゼは、ヒトなどの高等生物からバクテリアまでさまざまな生物に存在し、生命活動を維持する上で重要な現象に数多く関わっています。膜内切断プロテアーゼのうち、大腸菌に存在するRsePも、ストレスに対する応答や鉄の代謝を制御するシグナルを伝える役割に加えて、膜に蓄積する不要な小さなタンパク質を除去して細胞膜の状態を一定に保つ役割を担っており、大腸菌の生育に必須なタンパク質です。また、最近の研究から、RsePは薬剤耐性の獲得や感染症の難治療化にもつながる細胞休眠(パーシスター化)の制御にも関わっている可能性があることが分かっています。RsePについては、立体構造は明らかになっていましたが、切断・分解する対象である基質タンパク質との複合体の立体構造は決定されていませんでした。そのため、どのようにして細胞膜の内部で基質となる膜タンパク質と結合し、切断を行っているかは分かっていませんでした。そこで、横浜市立大学大学院生命医科学研究科の禾 晃和准教授と明石 知子教授、田尻 道子特任助教、旭 紀久子さん(博士前期課程2年)らの研究チームは、大阪大学蛋白質研究所(加藤 貴之教授、廣瀬 未果特任研究員(常勤))、京都大学医生物学研究所(秋山 芳展教授、檜作 洋平助教、清水 洋祐さん(博士前期課程2年))、東北大学大学院医学系研究科(加藤 幸成教授、金子 美華准教授)の研究チームとの共同で、クライオ電子顕微鏡単粒子解析やネイティブ質量分析*2、部位特異的in vivo光架橋実験*3等に取り組み、RsePが基質となるタンパク質と結合した状態の立体構造を明らかにしました。
研究内容
今回の研究では、超好熱菌Aquifex aeolicusが持っている大腸菌由来RsePのホモログタンパク質(AaRseP)について、クライオ電子顕微鏡単粒子解析を用いた立体構造解析に取り組みました。AaRsePは分子量が5万以下のタンパク質で、クライオ電子顕微鏡で解析するにはサイズが小さかったことから、AaRsePの可溶性ドメインを認識する抗体を取得し、その抗体のFab*4を結合させて構造解析を行いました。大腸菌で発現させて精製したAaRsePの野生型タンパク質や活性を低下させた変異体について、クライオ電子顕微鏡で構造解析を進めていたところ、活性中心からペリプラズム側へと続く分子内部の空洞の中に、細長い形の分子が結合している可能性があることが分かりました(図2)。そこで、ネイティブ質量分析を行ったところ、変異体の試料については、他の分子と安定に結合した複合体が含まれていることが明らかになりました。結合した分子の形状は、野生型よりも変異体の方が長かったことから、AaRsePが他の膜タンパク質を基質のように取り込んだものではないかと考え、質量分析によって分子の同定を試みたところ、大腸菌が持つCyoEという膜タンパク質が断片化して結合していることが分かりました。実際、大腸菌内でCyoE断片を含むタンパク質をAaRsePと一緒に発現させると、効率よく切断されることが分かり、AaRsePにCyoEの断片が結合している可能性がさらに高まりました。この結果を受けて、クライオ電子顕微鏡の密度マップにポリペプチド鎖のモデルを当てはめたところ、主鎖部分は全体的に引き伸ばされた状態になっており、特に活性中心の近くでは、AaRsePの膜に埋もれたβシート(MREβ)と相互作用していることが分かりました。
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/104684/600_333_2025022516181867bd6eba8afc5.jpg
図2 AaRseP活性変異体のクライオ電子顕微鏡構造
基質切断活性が低下したことで、切断前の構造を観察可能なAaRseP変異体についてクライオ電子顕微鏡単粒子解析を行ったところ、分子内部に形成された空洞にタンパク質と推定される密度が存在していた。この密度のペリプラズム側に突き出した頭の部分は、膜表面でU字型に配置したPCT領域(マゼンタ色)によって周りを取り囲まれて固定されていた。モデリングの結果、基質膜タンパク質は空洞の内部で引き伸ばされ、切断を受けやすい状態になっていることが分かった。
以前の大腸菌のRsePに関する研究では、ペリプラズム側にあるPDZ C-terminal(PCT)という領域がゲートのように開閉して、基質が入り込んでくることが示唆されていました[1]。興味深いことに、AaRsePに結合したタンパク質は、このPCT領域に取り囲まれて、外部から隔離された状態であることが分かりました。この結合状態が細胞内での構造を反映しているかを確かめるために、大腸菌を用いて部位特異的in vivo 光架橋実験を行ったところ、大腸菌の細胞膜上で発現させたAaRsePでも同じ空洞の内部に基質を結合していることが確かめられました。AaRsePに結合する前の基質タンパク質は、プロテアーゼに切断されにくいαヘリックス構造をとって膜の中に存在していると考えられています。一方、AaRsePに結合しているタンパク質は、あたかも “ヘッドロック”をかけられているかのような状態であり、ペリプラズム側でPCT領域に締め付けられた状態のタンパク質は、空洞の中で引き伸ばされてプロテアーゼによる分解を受けやすいβストランド構造に変化しています(図1)。この結合状態は、細胞膜の中という特殊な環境で基質を取り逃がさず、確実に切断を行うという観点では合理的な状態であるといえます。また、今回の構造解析から、PCT領域に取り囲まれた空洞に入ってくることができるかどうかが、基質と基質でないタンパク質の選別に関わっている可能性があることも示されました。これらの知見は、これまで立体構造情報が不足していたRsePやホモログタンパク質について、切断制御機構の解明に向けた研究を大きく前進させるための基盤になると期待されます。
今後の展開
機械学習による構造予測に基づいて比較すると、RsePにおいて基質を取り囲んでいたPCT領域は、細菌のホモログタンパク質にのみ存在し、ヒトなどの高等生物のホモログタンパク質には存在しないと考えられます。今後、このPCT領域を介した基質の取り込みの仕組みをさらに詳しく調べていくことで、RsePによる基質選別や切断制御の分子機構がさらに明らかになっていく可能性があるだけでなく、RsePや細菌のホモログタンパク質の機能を選択的に阻害する方法が見つかる可能性があります。特に、結核菌や緑膿菌、コレラ菌などの病原菌のホモログタンパク質は、ヒトへの感染に関与することも報告されていることから、阻害剤の探索や設計が新規の感染症治療薬の開発につながることも期待されます。
研究費
本研究は、JSPS科研費(JP26291016, JP19H03170, JP22H02561/23K23825, JP22K06142, JP22H02571/23K23835, JP21K19236, JP24K09343, JP19H05774)、AMEDスマートバイオ創薬等研究支援事業(JP24am0521010)、AMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS Phase II: JP23ama121001, JP23ama121008)、第一三共生命科学研究振興財団、公益財団法人発酵研究所の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Cryo-EM structure of the bacterial intramembrane metalloprotease RseP in the substrate-bound state
著者: Kikuko Asahi†, Mika Hirose†, Rie Aruga†, Yosuke Shimizu†, Michiko Tajiri†, Tsubasa Tanaka, Yuriko Adachi, Yukari Tanaka, Mika K. Kaneko, Yukinari Kato, Satoko Akashi, Yoshinori Akiyama, Yohei Hizukuri*, Takayuki Kato*, Terukazu Nogi*
†: Equal contributors, *: Corresponding authors
掲載雑誌: Science Advances
DOI:
https://doi.org/10.1126/sciadv.adu0925
[画像3]https://digitalpr.jp/simg/1706/104684/350_80_2025022516294367bd716774425.jpg
用語説明
*1 クライオ電子顕微鏡単粒子解析:薄い氷の中に閉じ込めた試料に、電子線を照射して撮影した透過像から立体構造情報を取得する技術。検出器や解析技術の進歩によって、タンパク質やDNAなど巨大で複雑な分子についても原子レベルでの立体構造情報が得られるようになった。
*2 ネイティブ質量分析:中性の水溶液で調製した試料を用いて、できるだけ穏やかな条件でエレクトロスプレーイオン化して行う質量分析。一般のエレクトロスプレーイオン化では、高感度化のため、酸や有機溶媒を用いて変性条件で行うのに対し、ネイティブ質量分析では非変性条件で行い、イオン結合や水素結合、疎水結合などの非共有結合性の相互作用を保ったままイオン化するので、弱い相互作用で形成された複合体の質量を決定できる。膜タンパク質の場合、一般的に界面活性剤のミセルで覆われた試料を用いるが、できるだけ膜タンパク質にダメージを与えずにミセルのみを剥がすことで複合体の質量を求めることができる。本研究のようなペプチドとの複合体の解析だけでなく、化合物との複合体の解析にも応用可能な実験手法である。
*3 部位特異的in vivo光架橋実験:生きた細胞内(in vivo)でのタンパク質同士の相互作用や振る舞いを解析する手法の一つで、光反応性のクロスリンカーを側鎖に持つ非天然アミノ酸p-benzoyl L-phenylalanine(pBPA)を用いて架橋解析を行う。改変型翻訳装置を持つ細胞を用いることで、任意のアミノ酸残基に(部位特異的に)pBPAを導入したタンパク質を細胞内で発現し、その細胞に紫外光を照射することで近接する分子との架橋形成を促す。これにより生細胞内での標的タンパク質の相互作用や動態をアミノ酸残基レベルの高い空間分解能で解析することが可能となる。本研究ではAaRsePのPCT領域にpBPAを導入し、基質との架橋解析を行うことで、細胞膜内での基質結合様式を推定した。
*4 Fab:ヒトやマウスが作る抗体は重鎖と軽鎖がそれぞれ2つずつ組み合わさって出来上がっている。このうち、重鎖と軽鎖のアミノ末端部分が対になって形成する抗原結合部位をFab (Fragment antigen-binding)と呼ぶ。標的分子に結合したFabは、X線結晶解析では結晶化を促進する一方、クライオ電子顕微鏡単粒子解析では二次元画像上での分子の配向の推定を補助することから、Fabを利用した立体構造解析の事例が数多く報告されている。
参考文献
[1] Mechanistic insights into intramembrane proteolysis by E. coli site-2 protease homolog RseP. Imaizumi Y, Takanuki K, Miyake T, Takemoto M, Hirata K, Hirose M, Oi R, Kobayashi T, Miyoshi K, Aruga R, Yokoyama T, Katagiri S, Matsuura H, Iwasaki K, Kato T, Kaneko MK, Kato Y, Tajiri M, Akashi S, Nureki O, Hizukuri Y, Akiyama Y, Nogi T., Science Advances (2022) 8(34), eabp9011, DOI:
https://doi.org/10.1126/sciadv.abp9011


記事提供:Digital PR Platform