【横浜市立大学】脊髄損傷による麻痺からの回復を促進する候補化合物を特定しました
横浜市立大学

横浜市立大学大学院医学研究科 生理学 高橋琢哉教授らの研究グループは、公益財団法人東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト 西村幸男プロジェクトリーダーらとの共同研究により、低分子化合物 edonerpic maleate(エドネルピク マレイン酸)*1が脊髄損傷後の麻痺に対するリハビリテーション効果を大きく促進することを、霊長類の脊髄損傷モデル動物で証明しました。本研究によって、低分子化合物 edonerpic maleateを用いた脊髄損傷に対する新たな機能回復療法の可能性が拓かれました。
本研究成果は、科学雑誌「Brain Communications」に掲載されました(日本時間2025年3月13日14時)
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研究成果のポイント
富士フイルム株式会社と共同開発した低分子化合物edonerpic maleateが、脊髄損傷後の運動機能回復を促進することを霊長類モデルで明らかにした。
edonerpic maleateによる脊髄損傷後の運動機能回復促進は大脳皮質の可塑的変化に依ることを、皮質内微小電気刺激法*2で明らかにした。
研究背景
日本では年間5,000人が新規に脊髄損傷に罹患し、患者総数は約15〜20万人と推定されています。脊髄損傷患者さんの多くは後遺症による身体的・社会経済的困難に苦しんでいます。四肢の麻痺をはじめとする脊髄損傷後遺症からの回復を目指し、これまで数多くの基礎研究や臨床治験が行われてきましたが依然として、脊髄損傷による後遺症は克服されていません。
近年、脊髄損傷からの回復過程で、脊髄の司令塔である脳の可塑的変化*3を伴うことがモデル動物研究で明らかにされてきました。この脳の可塑的な変化は、グルタミン酸AMPA受容体*5が、外部からの刺激や学習・経験に依存して、神経細胞同士を結ぶシナプス*4の後膜に移行すること(トラフィッキング)によって引き起こされます(Takahashi et al., Science, 2003)。
高橋教授らの研究グループは、2018年に、富士フイルム株式会社と共同で、低分子化合物edonerpic maleate が、AMPA受容体のシナプス後膜への移行を促進することを証明し、edonerpic maleateが脳卒中後の麻痺からの回復をリハビリテーション依存的に大きく促進することをげっ歯類・霊長類モデルで示しました(Abe et al., Science, 2018)。
この先行研究に基づき、AMPA受容体シナプス移行促進作用を持つedonerpic maleateが、脳の可塑的変化を促すことによって脊髄損傷後の麻痺からの回復を促進できると考え、その検証を行いました。
研究内容
本研究では、ニホンザルに、エサを課題装置から手指を使ってスムーズに取ることを約1ヵ月間学習させ、学習が成立した時点で頸髄に部分的な損傷を作製しました。頸髄に部分的な損傷が起きると、エサを課題装置から手指を使ってスムーズに取ることができなくなり、麻痺が成立したと考えられました。この頸髄損傷モデルニホンザルに、edonerpic maleateまたは溶媒(プラセボ)を投与して、課題装置からエサを取るリハビリテーションを施しました。するとedonerpic maleateを投与した群では、投与しなかった群と比較して手指の細かな動きが改善し、課題装置からエサを取る成績が大きく回復しました(図1)。
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図1:行動実験において、edonerpic maleateを投与した群は手指の細かな動きが改善した。
また皮質内微小電気刺激法によって大脳皮質運動野のどこがどの筋肉を動かすのかを調べたところ、edonerpic maleateを投与した群では投与しなかった群と比較して、巧緻運動を担う上肢遠位筋の大脳皮質の領域が広くなっていました(図2)。
これらの結果から、低分子化合物edonerpic maleateは大脳皮質の可塑的変化を誘導し、脊髄損傷後の麻痺からの回復を促進すると考えられます。
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/105290/700_393_2025030711270467ca59784b17f.png
図2:Edonerpic maleateを投与した群では、巧緻運動を担う上肢遠位筋の大脳皮質の領域が広くなっていた。
今後の展開
低分子化合物edonerpic maleateは、脳卒中モデル動物だけでなく脊髄損傷モデル動物においてもリハビリテーション効果促進作用を持つことが証明されました。edonerpic maleateはすでに脳卒中後遺症患者さんに対して臨床試験(治験)が進められてきましたが、今後は脊髄損傷後の運動麻痺を呈する患者さんに対しての臨床試験(治験)の実施も期待されます。
研究費
本研究は、科学研究費助成事業(科研費)基盤研究A「リハビリテーション効果促進薬・エドネルピクの生物学的基盤と適応拡大」(20H00549)によって行われました。また、科研費学術変革領域研究A (20H05922)、武田科学振興財団ならびに、富士フイルム株式会社からの研究助成も受けて行われました。
論文情報
タイトル:Edonerpic maleate enhances functional recovery from spinal cord injury with cortical reorganization in non-human primates
著者:Koichi Uramaru, Hiroki Abe, Waki Nakajima, Wataru Ota, Michiaki Suzuki, Osamu Yokoyama, Tetsuya Yamamoto, Yukio Nishimura, Takuya Takahashi
掲載雑誌:Brain Couumincations
DOI:
https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaf036
[画像3]https://digitalpr.jp/simg/1706/105290/400_91_2025030711313767ca5a8987a0a.jpg
用語説明
*1 edonerpic maleate
富士フイルムグループの富士フイルム富山化学株式会社が創製した化合物。AMPA受容体のシナプス後膜移行を促進させることでシナプスの情報伝達効率を向上させる。高橋教授らの研究グループによって、脳卒中後のリハビリテーション効果を促進する薬効が証明され(2018年、『Science』に掲載)、脳卒中後の回復期リハビリテーションを行っている患者さんを対象とした第2相治験を行いました(現在論文投稿中)。
*2 皮質内微小電気刺激法 (ICMS: intracortical microstimulation)
大脳皮質に微小な電極を挿入し、低電圧の電流を与えることで神経細胞を刺激、脳内の特定の神経活動を誘発させる電気生理学的実験手法。本研究ではこの方法を用い、電気刺激することで誘発された四肢・体幹・顔面の動きから、運動野におけるそれぞれの体部位支配領域のマッピングを行った。
*3 脳の可塑的変化
記憶や運動機能の習得など、脳は経験や環境の変化に応じて機能を変化させる能力を持っている。これを脳の可塑的変化といい、その機序にはシナプスにおける伝達効率、シナプス応答の強弱が関与している。脳の可塑的変化は、脳卒中や脊髄損傷からのリハビリテーション回復過程において重要な役割を担う。
*4 シナプス
神経細胞同士をつなぎ神経細胞間の情報伝達の中心を担う構造体。神経細胞が活性化すると、その神経細胞のシナプス前末端から放出された神経伝達物質が別の神経細胞のシナプスにある受容体に結合することで情報が伝わる。
*5 グルタミン酸AMPA受容体
脳内情報処理の中心的役割を担っている神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体のひとつで、シナプス膜上にイオンチャネルを形成している。グルタミン酸がAMPA受容体に結合すると、細胞内にイオンが流入しシナプスが応答するため、シナプス膜上のAMPA受容体の数が増えるとシナプス応答が増強する。シナプス応答の増強は記憶学習をはじめとした脳内情報処理の変化の中心的メカニズムであることが知られている。
参考文献
Abe H, Jitsuki S, Nakajima W, et al. CRMP2-binding compound, edonerpic maleate, accelerates motor function recovery from brain damage. Science. Apr 6 2018;360(6384):50-23 57. doi:10.1126/science.aao2300
Malinow R, Malenka RC. AMPA receptor trafficking and synaptic plasticity. Annu Rev Neurosci. 2002;25:103-26. doi:10.1146/annurev.neuro.25.112701.142758
Takahashi T, Svoboda K, Malinow R. Experience strengthening transmission by driving AMPA receptors into synapses. Science. Mar 7 2003;299(5612):1585-8. doi:10.1126/science.1079886


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