PD-1を介した免疫のブレーキ機構が、サメからヒトまで進化的に保存されていることを発見
学校法人藤田学園
藤田医科大学URA室のJohannes M. (Hans) Dijkstra准教授、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の近藤遼平元大学院生(現・国立長寿医療研究センター研究員)、重岡稔章助教、石田靖雅准教授を中心とした共同研究グループは、様々な動物のゲノムを解析し、がん免疫療法で注目されているPD-1を介した免疫チェックポイント機構※1が、4億年以上前に誕生した顎口類※2に属する魚類からヒトに至るまで進化的に保存されていることを明らかにしました。本研究の成果は、PD-1による免疫抑制システムの重要性を示すとともに、今後の免疫療法の開発の新たな分子基盤となることが期待されます。
本研究成果は、5月28日に国際誌「Frontiers in Immunology」のオンライン版に掲載されました。
論文URL :
https://www.frontiersin.org/journals/immunology/articles/10.3389/fimmu.2025.1573492/full
<研究成果のポイント>
魚類においてもPD-1を介する免疫チェックポイント機構にかかわる分子が存在し、その機能ドメインが保存されていた。
PD-1の細胞内領域にこれまでに知られていなかった配列モチーフが保存されていること、四肢動物にしか存在しないPD-L2に未知の表面構造が存在することが明らかになった。
魚類においても、哺乳類と同様にPD-1およびその関連分子が主に制御性のT細胞で発現していることが示唆された。
PD-1を介する免疫チェックポイント機構は、サメなど初期に誕生した顎口類からヒトに至るまで進化の過程で保存されてきた。
<背 景>
PD-1は、京都大学の本庶佑教授の研究室の大学院生だった石田准教授により1992年に発見された分子で、免疫チェックポイント機構において中心的な役割を担っています。がん免疫療法における主要な標的分子のひとつで、一連の発見と治療法の開発により、本庶教授が2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞したことでも知られています。これまで、PD-1を中心とした免疫チェックポイント機構は四肢動物のみが有すると考えられてきました。しかしながら、最近、魚類にもPD-1遺伝子が存在することが示唆されていました。
<研究手法・成果>
共同研究グループは、魚類を中心とした様々な動物種の全ゲノム配列情報から、PD-1とそのリガンド※3であるPD-L1、ならびに、PD-1と結合するホスファターゼ※4SHP-1とSHP-2の遺伝子を同定し、その配列を比較解析しました。その結果、これらの分子とその機能ドメインが、サメや硬骨魚を含む魚類全体で保存されていることを明らかにしました(図1A)。例えば、PD-1とPD-L1の結合に重要な水素結合は進化の過程でよく保存されていました(図1B)。一方、四肢動物のみが有するPD-L2には、IgCドメインとよばれる部分に特徴的な配列があることがわかりました(図1C)。また、PD-1の細胞内領域に存在するITIM, ITSMモチーフとよばれる領域に、何らかの機能を持つと考えられる保存された配列パターンが新たに見いだされました。魚類においても、これらの分子の遺伝子が、主に制御性(免疫のブレーキ役を担う)のT細胞で発現していることが示唆されました。さらに、SHP-2-like (SHP-2L)という分子を新たに発見し、この分子がほとんどの顎口類や脊椎動物で保存されているものの、げっ歯類(ネズミやウサギなど)やヒトを含む高等霊長類では失われていることを明らかにしました。
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/2299/111726/400_414_20250612120334684a438632c8f.jpg
図1. 顎口類におけるPD-1システムの進化的な保存
(A) 代表的な脊椎動物における、PD-1関連分子の存在。魚類における祖先型のPD-L1/PD-L2はPD-L1として表記した。(シルエット素材出典:PhyloPic.org)
(B) PD-1とPD-L1 (PDB 登録番号:4ZQK)の分子間相互作用様式の保存。ヒトにおけるPD-1の68番目のチロシン(Y68)、78番目のリジン(K78)とPD-L1の19番目のフェニルアラニン(F19)、122番目のアスパラギン酸(D122)の間の水素結合が種を超えて保存されていた。
(C) PD-L1には存在せず、PD-L2(PDB 登録番号:3BP5)に特異的に存在するIgCドメイン(炭素原子を黄色で示す)。189番目のアスパラギン(N189)と191番目のセリン(S191)にN-結合型糖鎖が付加され、150番目のロイシン(L150)が166番目と174番目の芳香族アミノ酸とともにこれまで知られていない表面構造を形成している。
<今後の展開>
免疫系が正常に機能するには、アクセルに相当する活性化機構とブレーキに相当する抑制機構がバランスよく働くことが重要です。本研究により、進化的に初期に誕生した軟骨魚類(サメなど)を含む魚類全般に、PD-1を介した免疫抑制(チェックポイント)機構が存在することが明らかになりました。一般に、生物にとって重要な分子は種を超えて存在し、特に機能的に重要な構造(配列)は進化の過程で保存されることが知られています。本研究の過程で、PD-1のITIMとITSM領域にこれまで知られていなかった配列モチーフが保存されていることや、PD-L2に特徴的な配列が存在することがわかりました。この配列がもつ機能を明らかにすることにより、新規の治療法の開発につながる知見が得られることが期待されます。
<用語解説>
※1 免疫チェックポイント機構
過剰な免疫応答を防ぐために免疫系の制御にかかわるT細胞の活性を抑制する、免疫系のブレーキ役として機能するシステム。PD-1は免疫チェックポイントに関与する代表的な分子で、PD-1の機能を抑制することでがんに対する免疫応答を維持する薬剤が、免疫チェックポイント阻害剤として免疫療法に用いられる。
※2 顎口類
顎を持つ脊椎動物で、現在の脊椎動物の99%を占める。約4.6億年前に顎のない無顎類(円口類)から進化した。進化の過程で軟骨魚類(サメなど)と硬骨魚類(それ以外の魚)に分かれ、硬骨魚類が進化して哺乳類に至る様々な脊椎動物が誕生した。無顎類と顎口類では免疫系が大きく異なり、顎口類に進化した際にヒトを含む多くの脊椎動物が有する免疫システムが形作られたと考えられている。
※3 リガンド
もともとタンパク質に結合する小分子を意味する用語だが、ここではPD-1などの膜タンパクに細胞外で結合し、細胞内に何らかの働きかけをする分子のこと。PD-1にリガンドであるPD-L1/PD-L2が結合することで、細胞内に情報が伝達される。
※4 ホスファターゼ
タンパクに付加されたリン酸基を切り離す(脱リン酸化する)酵素。T細胞が活性化する際に、細胞内のシグナル伝達因子にリン酸基が付加されることにより、活性化シグナルが伝達される。ホスファターゼによりリン酸基が切り離されると、活性化シグナルの伝達が停止する。PD-1の細胞外領域にリガンド(PD-L1/PD-L2)が結合すると、細胞内にあるITIMやITSMとよばれる領域にSHP-1とSHP-2といったホスファターゼが結合し、様々なシグナル伝達因子を脱リン酸化することでT細胞の活性を抑制する。
<文献情報>
●論文タイトル
PD-1 is conserved from sharks to humans: new insights into PD-1, PD-L1, PD-L2, and SHP-2 evolution
●著者
近藤遼平1、近藤恒平2、鍋島圭3、錦見昭彦1、石田靖雅4、重岡稔章4、Johannes M Dijkstra5
●所属
1国立長寿医療研究センター研究所 バイオセーフティ管理室
2国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 薬剤耐性研究センター
3国立環境研究所 生物多様性領域 生物多様性資源保全研究推進室
4奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域
5藤田医科大学 URA室
●DOI
10.3389/fimmu.2025.1573492
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