アルツハイマー病による認知機能低下にリチウムは有効か?
~既存の承認薬である炭酸リチウムには効果を認めず~
学校法人藤田学園
藤田医科大学(愛知県豊明市)医学部精神神経科学講座の岸太郎教授と岩田仲生教授、相生山ほのぼのメモリークリニック(名古屋市緑区)の松永慎史医師、南勢病院(三重県松阪市)の齋藤洋一医師は、アルツハイマー病※1の認知機能障害に対するリチウム※2の有用性を、系統的レビューとメタ解析※3を用いて検討しました。この研究により、現在医薬品として承認されている炭酸リチウムには、アルツハイマー病による認知機能障害の進行を抑制する効果がないことが明らかになりました。動物実験においては、現在医薬品として承認されていないオロチン酸リチウムのアルツハイマー病に対する有用性が示唆されていることから、今後ヒトを対象にしたオロチン酸リチウムのアルツハイマー病に対する臨床試験が実施されるかもしれません。オロチン酸リチウムは、日本だけでなく海外においても医薬品としては未承認であることに留意してください。
本研究成果は、米国International Behavioral Neuroscience Societyの学術ジャーナル「Neuroscience and Biobehavioral Reviews」(2025 in press)で発表され、併せてオンライン版が2025年11月11日に公開されました。
論文URL :
https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2025.106458
<研究成果のポイント>
モデルマウスを用いた動物実験では、内因性リチウム(体内で自然に存在するリチウム)の欠乏が、アルツハイマー病に類似した病態を引き起こすことが明らかになりました[1]。
同じモデルマウスにリチウムを補給したところ、これらの病理学的変化と記憶喪失が予防されました[1]。
これらの知見を踏まえ、系統的レビューとメタ解析を用いて、アルツハイマー病による認知機能障害に対するリチウムの有用性を検討しました。
現在医薬品として承認されている炭酸リチウムには、アルツハイマー病による認知機能障害の進行を抑制する効果がないことが明らかになりました。
動物実験では、現在医薬品としては未承認であるオロチン酸リチウムがアルツハイマー病に有用である可能性が示唆されています。そのため、今後はヒトを対象としたオロチン酸リチウムのアルツハイマー病に対する有効性と安全性を検証するための臨床試験が実施されるかもしれません。
オロチン酸リチウムは、日本だけでなく海外においても医薬品としては未承認であることに留意してください。
【アルツハイマー病の主な症状】
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/2299/122326/700_238_202511111412506912c5d2690c3.png
<背景および研究手法>
現在、アルツハイマー病には非薬物治療や抗認知症薬などを用いた薬物治療が行われることが一般的です。しかし、いずれの治療方法に関しても認知機能障害の進行抑制作用や認知症周辺症状に対する有効性は認められるもの、その効果の大きさは限定的であるため、これらの症状に対する新たな治療方法の開発が精神科医療の喫緊の課題でした。最近、マウスを用いた動物実験では、内因性リチウム(体内で自然に存在するリチウム)の欠乏が、アルツハイマー病に類似した病態を引き起こすことが明らかになりました[1]。具体的には、リチウムが欠乏することで、アミロイドβやリン酸化タウ※4の蓄積、神経炎症、シナプス・軸索の喪失が増加し、GSK3β※5の活性化を介して認知機能の低下が進行することが判明しました[1]。また、同じモデルマウスにリチウムを補給したところ、これらの病理学的変化と記憶喪失が予防されました[1]。これまで、アルツハイマー病に対するリチウムの有用性を検証するためのヒトを対象にした臨床試験は複数実施されてきましたが、その結果は一貫していませんでした。そこで私たちは、この点を明らかにするため、系統的レビューとメタ解析を用い、既存の研究データを統合して解析することで、アルツハイマー病による認知機能障害に対するリチウムの有用性を検証しました。
<研究成果>
この研究により、現在医薬品として承認されている炭酸リチウムには、アルツハイマー病による認知機能障害の進行を抑制する効果がないことが明らかになりました。
<今後の展開>
動物実験では、現在医薬品としては未承認であるオロチン酸リチウムがアルツハイマー病に有用である可能性が示唆されています。そのため、今後はヒトを対象としたオロチン酸リチウムのアルツハイマー病に対する有効性と安全性を検証するための臨床試験が実施されるかもしれません。オロチン酸リチウムは、日本だけでなく海外においても医薬品としては未承認であることに留意してください。
[引用文献]
Aron L, et al., Lithium deficiency and the onset of Alzheimer's disease. Nature. 2025 Sep;645(8081):712-721.
<用語解説>
※1 アルツハイマー病:アルツハイマー病は、記憶、思考、そして行動に問題を引き起こす脳の病気です。認知症(日常生活を送る上で支障をきたすほどの、記憶力やその他の知的な能力の低下を指す総称)の約60〜80%は、このアルツハイマー病が原因とされています。
※2 リチウム:双極症(躁状態と鬱状態を繰り返す精神疾患)の治療に使われる薬剤です。日本では、炭酸リチウムが医薬品として承認されています。
※3 系統的レビューとメタ解析:複数の研究のデータを統合して解析する研究手法で、質の高い研究結果を生み出すものとして一般的に評価されています。
※4アミロイドβやリン酸化タウ:この両者が脳内に蓄積することがアルツハイマー病の主要な原因と考えられています。
※5 GSK3β:タウタンパク質のリン酸化を促進する酵素です。
<文献情報>
論文タイトル:Lithium for Alzheimer's Disease: Insights from a Meta-analysis
著 者:岸 太郎1, 松永 慎史2, 齋藤 洋一3, 岩田 仲生1
所 属:
藤田医科大学 医学部 精神神経科学講座
相生山ほのぼのメモリークリニック
南勢病院
掲載誌:Neuroscience and Biobehavioral Reviews
掲載日:2025年11月11日(オンライン版)
DOI: 10.1016/j.neubiorev.2025.106458
本件に関するお問合わせ先
学校法人 藤田学園 広報部 TEL:0562-93-2868 e-mail:koho-pr@fujita-hu.ac.jp
記事提供:Digital PR Platform