【横浜市立大学】国際標準をめざした腎癌診断支援法を開発
横浜市立大学

~一人ひとり多様な腎癌に最適な治療を選ぶ時代へ~
横浜市立大学大学院医学研究科 泌尿器科学 軸屋 良介助教、蓮見 壽史准教授、理化学研究所生命医科学研究センター Todd Johnson研究員、中川 英刀チームディレクター、横浜市立大学大学院医学研究科 分子病理学教室 村岡 枝里香助教、藤井 誠志教授、愛知医科大学 病理診断学講座 都築 豊徳教授らは、岩手医科大学、秋田大学、がん研究会有明病院、日本医科大学、北海道大学、東京女子医科大学、東京科学大学、ソウル大学、アメリカ国立衛生研究所などとの国際共同研究により、病理検査において極めて多様なタイプが存在する腎癌を、遺伝子発現(遺伝子の働き方のパターン)に基づいて、詳細かつ正確に層別化(共通の特徴を持つ患者さんのグループに分けること)する新しい診断支援法を開発しました。
これまで、腎癌の診療では、多様な腎癌に対して、一律的な治療が行われることが多く、症例によっては十分でなかったり、過大治療となってしまったりすることが問題でした。今回の成果により、個々の腎癌に最も適した薬剤、手術ないし経過観察の方法を選択でき、その治療効果を高めることが可能となります。また、新薬の臨床試験においても「どの患者さんに効きやすいか」を事前に把握できるため、新薬開発が進みやすくなり、将来的に治療の選択肢が広がることが見込まれます。
本研究成果は、「Nature Communications」に掲載されました(2025年11月24日)。
研究成果のポイント
腎癌の遺伝子発現解析*1を基に階層的クラスタリング*2を行い、過去の症例と照合することで、「どのタイプの腎癌か」、「どの治療法が適しているか」、「今後どのような経過をたどる可能性があるか」を見分けられるようになった。
今回の成果を臨床現場で活用することで、患者さん一人ひとりに最も適した治療法が選べるようになり、新薬の開発も進みやすくなる。
研究背景
がんの性質は、患者さん毎に大きく異なります。がんを性質毎に分類し、それぞれの患者さんに最も有効な治療法を選択することが重要です(これを精密医療または個別化医療と言います)。一般にがんの診療では、採取した検体を顕微鏡で観察し、これにより得られた病理診断名(組織型や形態分類)に基づいて治療を行います。腎癌は、最新の国際基準であるWHO分類で実に21種類以上の組織型が定義されるほど多様な疾患であり、その多様な組織像から組織型と適切な治療法の対応づけが進みにくい現状にあります(図1)。
腎癌はあらゆるがんの中で最も多様性に富む癌で、その背景には、起源となる正常の腎臓細胞の多様性(最新の研究では20種類以上とも言われています)があると考えられています。このような複雑な腎癌の病理診断を補助し、治療選択に繋げる方法の開発は、腎癌診療における最大のアンメットメディカルニーズ*3となってきました。
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図1 腎癌の多様性
複雑な腎癌の組織型から治療法選択に迫る道筋を作ることができれば、腎癌における新薬開発を加速させることができます。最近では、がんに広く効く薬を作ることは難しくなっており、薬が効くかどうかを事前に判定する「コンパニオン診断」と呼ばれる検査とセットで薬が承認されるケースが増えています。もし腎癌をより細かく、正確に分類できる方法ができれば、その薬が有効となる患者さんの集団をあらかじめ明らかにすることができます。そうすることで、新薬の効果を確実に評価できるようになり、結果として薬の承認が進み、患者さんに新しい治療が届きやすくなります。今回の研究は、腎癌の病理診断が治療に資する診断となる方法の開発を目的として実施されました。
研究内容
研究グループは、40年にわたって、3,500症例以上の腎癌検体を凍結保存してきました。この中から、①普段あまり遭遇することのないような珍しい組織型の腎癌、②組織像が複雑で病理診断ができなかった症例(分類不能型腎細胞癌)、③薬剤が効きづらく治療に難渋した症例、などを中心に219症例について、全ゲノム解析(DNA配列を調べる方法で、遺伝子の傷を含めたゲノム全域の変化が分かります)や、遺伝子発現解析(それぞれの遺伝子がどの程度働いているかをRNAレベルで調べる方法)を行いました。複数の病理医により、最新のWHO分類(病理分類の国際的な基準)に基づいた病理診断の再評価が全症例についてなされました。
全ゲノム解析からは、珍しい組織型を含めた多様な腎癌におけるDNA配列変化データが得られました。しかしながら、腎癌の発生において鍵となりうる遺伝子に傷が見つからない症例が一定数存在し、DNA配列から腎癌を分類することの難しさが改めて浮き彫りとなりました。臨床現場では、がんゲノムパネル検査*4が行われることがありますが、この検査はがんを詳細に分類するためではなく、特定の遺伝子のDNA配列の変化(いわゆる「遺伝子の傷」)を調べ、それに対応する治療薬を探す目的で実施されます。
一方で、遺伝子の発現データに基づいて、階層的クラスタリングを行ったところ、興味深いことに、クラスタリング結果が、病理診断や予後などの臨床情報と見事一致することが分かりました(図2)。多様な組織像のために、現行の分類に当てはまる病理診断ができなかった分類不能型腎細胞癌についても、病理報告書を見返すと、階層的クラスタリング上で隣接する症例の病理診断名が、鑑別病理診断名(病理報告書には候補となる組織型が複数記載されていることがあります)として記載されていたなど、今回のアプローチを用いれば、分類不能型腎細胞癌についても病理診断の確定に近づくことが分かりました。
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図2 遺伝子発現に基づく階層的クラスタリング結果と臨床情報の密接な関連
さらに研究グループは階層的クラスタリングの特定箇所に、予後不良症例が集まっていることに着目し、この箇所をクラスターXと名付けました(図3)。そこで、クラスターXに属する症例の遺伝子発現パターンを詳細に解析したところ、神経分化に関連する遺伝子群の発現異常を認めました。これらの結果から、珍しい症例や治療に難渋する症例を含めて多数の症例を対象に遺伝子発現パターンを調べ、その結果を統合することで、臨床情報と密接に関連する階層的クラスタリング結果を得られることが分かりました。
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図3 予後不良症例の集積(クラスターXと命名)
今後の展開
現在、研究グループは、腎癌研究会に所属する全国医療機関から、病理診断や治療に難渋する腎癌症例の検体を収集し、遺伝子発現解析を実施し、階層的クラスタリング結果をフィードバックしています。腎癌は多様性に富み、診断や治療法の選択に苦慮するため、研究グループの階層的クラスタリング解析は各地域における診療を補助する新たな情報源として大きく期待されています。
また、バイオインフォマティクス解析*5などの情報科学の専門家と協力して、診断ソフト(SaMD:Software as a Medical Device)*6としての精度向上をはかりながら、解析依頼数の増加に備えて、このワークフローを、ISO(国際標準化機構)認証を取得済のゲノム診断企業に移設する方向で調整しています。本手法は、安価で短時間に実施できるという大きな利点があり、臨床現場へのスムーズな導入が期待されます。
さらに、階層的クラスタリング結果と、手術前の画像と照合することで、将来的には手術前の画像から腎癌の性質を予測できるようになる可能性があります。腎癌は、手術を必要としない緩やかに増殖するタイプから、急速に進行するタイプまで様々で、術前に性質を推定できれば、一人ひとりに合った手術や経過観察を選択することが可能となります。
近年、がんの組織像やそれを規定する生物学的性質の多様性により、すべてのがんに有効な薬剤を開発することは一層困難になっています。そのため、薬剤が効果を示す患者群をあらかじめ特定する「コンパニオン診断」と組み合わせて新薬が承認されるケースが増えています。本手法をコンパニオン診断として活用することで、その薬剤が有効な患者群を特定でき、新薬の開発を加速させることが可能となります。
今後は、腎癌にとどまらず、様々ながん種についても本診断支援法の有用性を検証し、がん診療全体のさらなる精密化・最適化に貢献することを目指しております。
研究費
本研究は、科学研究費補助金および、文部科学省「特色ある共同利用・共同研究拠点事業(JPMXP0618217493, JPMXP0622717006)」として認定されている横浜市立大学先端医科学研究センター「マルチオミックスによる遺伝子発現制御の先端的医学共同研究拠点」、横浜市立大学 学術的研究推進事業「若手研究者支援プロジェクト」、武田科学振興財団 医学系研究助成、日本新薬 公募研究助成、理化学研究所交付金の支援を得て行われました。
論文情報
タイトル:Comparative transcriptome atlas as an assistive modality for complex classification of rare kidney cancers
著者:Ryosuke Jikuya, Todd A Johnson, Erika Muraoka, Go Noguchi, Shigekatsu Maekawa, Wataru Obara, Kazuyuki Numakura, Tomonori Habuchi, Kazuhiro Maejima, Shota Sasagawa, Yuki Kanazashi, Hwajin Lee, Woo Jeung Song, Hajime Sasagawa, Taku Mitome, Shinji Ohtake, Sachi Kawaura, Yasuhiro Iribe, Kota Aomori, Hirotaka Nagasaka, Tomoyuki Tatenuma, Daiki Ueno, Mitsuru Komeya, Hiroki Ito, Yusuke Ito, Kentaro Muraoka, Takashi Kawahara, Mitsuko Furuya, Ikuma Kato, Haruka Hamanoue, Akira Nishiyama, Tomohiko Tamura, Masaya Baba, Toshio Suda, Tatsuhiko Kodama, Takehiko Ogawa, Hiroji Uemura, Masahiro Yao, Toyonori Tsuzuki, Yoji Nagashima, Yuji Miura, Go Kimura, Seiya Imoto, Yukihide Momozawa, Satoshi Fujii, Kazuhide Makiyama, Takanori Hasegawa, Brian M. Shuch, Christopher J. Ricketts, Laura S. Schmidt, W. Marston Linehan, Hidewaki Nakagawa and Hisashi Hasumi
掲載雑誌:Nature Communications
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41467-025-65303-z
用語説明
*1 遺伝子発現解析:人間には2万種類以上の遺伝子があり、細胞の種類によって働いている遺伝子は異なる。全ての遺伝子はDNA配列として染色体に書き込まれており、このDNA配列を鋳型としてRNAが作られ、RNAからタンパク質が産生されることで、遺伝子として機能する。つまり、各遺伝子について、RNAの量を調べれば、その遺伝子がどの程度働いているかが分かる。このRNAの量を調べる方法を、「遺伝子発現解析」という。
*2 階層的クラスタリング:特徴の似たものを自動的に近くに並べる方法を「階層的クラスタリング」という。本研究では、219例の腎癌について、遺伝子発現に基づく階層的クラスタリングを行った。図2の中段に示したヒートマップでは、遺伝子の発現が高い部分は赤く、低い部分は緑で表示されている。階層的クラスタリングにより、発現パターンの似ている症例が隣同士に配置されていることが分かる。
*3 アンメットメディカルニーズ:がんや希少疾患など、いまだに有効な治療法がない疾患や、既存の治療法では満足のいく効果が得られない疾患に対する医療ニーズのこと。これらのニーズに応えるために研究開発が進められている。
*4 がんゲノムパネル検査:がんの発生や進行に関わることが分かっている特定の遺伝子について、DNA配列の変化(いわゆる「遺伝子の傷」)を調べる検査である。この検査は、こうした遺伝子の傷を見つけて、それに対応する治療薬を探すことを目的として行われる。
*5 バイオインフォマティクス解析:様々な生物学的データを、コンピュータと情報科学の手法により解析し、生命現象の解明や医療、創薬に役立てる技術。
*6 診断ソフト(SaMD:Software as a Medical Device):プログラム医療機器のうち、疾病の診断・治療・予防など医療目的を果たすソフトウェアの呼称で、肺がん診断支援AI、糖尿病治療用アプリ、心電図解析ソフトなどがある。
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記事提供:Digital PR Platform