うつ病による休職を「個人の問題」で終わらせない パンフレットを制作、職場・社会課題として当事者の声を可視化
名古屋大学
【本研究のポイント】
・うつ病などのメンタルヘルス不調による休職注1)を経験した当事者と研究者が協働し、当事者チーム「ココロワタシ」(図1)を立ち上げ、休職中の困難や思いを可視化したパンフレットを制作・公開しました。
・パンフレットは、休職の各時期に当事者が何に困り、何を感じていたのかを整理したもので、当事者・企業・医療者など多様な立場の人々の対話と理解を促し、社会全体で共有することを目的としています。
・今後は企業や行政との対話イベントを開催し、当事者・企業関係者・医療従事者の垣根を超えて経験を共有するプラットフォームを構築し、誰もが安心して働き続けられる社会の実現を目指します。
【研究概要】
●当事者と研究者が協働し「休職の経験」を社会へ発信
名古屋大学大学院医学系研究科の星野 藍子 講師らの研究グループは、うつ病などのメンタルヘルス不調により休職を経験した当事者とともに、当事者参加型の研究チーム「ココロワタシ」を立ち上げ、休職中に直面する困難や思いを可視化したパンフレットを制作・公開しました。
制作されたパンフレットには、休職の各時期において当事者がどのようなことに困り、何を感じていたのかが、イラストとともに分かりやすくまとめられています。
本パンフレットは解決策を一方的に提示するものではなく、当事者の経験を社会に共有することで、当事者、家族、医療者、企業関係者など多様な立場の人々の対話を促すことを目的としています。「自分だけではなかった」という共感や理解を生み出し、職場や社会の中で当事者の声に耳を傾けるきっかけとなることが期待されます。
●誰もが安心して働き続けられる社会の実現へ
本研究は、休職の経験を個人の問題としてではなく、社会の仕組みや職場環境と関わる課題として可視化し、当事者の声を社会の中で共有する新しい試みです。これにより、職場における理解と支援の向上、そして精神的な不調を経験した人々が尊重されながら働き続けられる社会の実現に寄与することが期待されます。
今後、「ココロワタシ」は、パンフレットを活用した企業や行政との対話イベントの開催を予定しており、当事者、企業関係者、医療従事者など立場の異なる人々が経験を共有し、相互理解を深める場を継続的に創出していきます。さらに、当事者の経験が社会の中で生かされるためのハブとなるプラットフォームとして機能し、分野や立場の垣根を越えた協働と新たな支援の創出につながることが期待されます。
パンフレットは以下のリンクよりダウンロード可能です。
https://nuss.nagoya-u.ac.jp/s/rgiXjYCZDxwQmWe
【研究背景と内容】
研究背景:増加するメンタルヘルス休職と「見えない経験」
日本では仕事上のストレスを原因とする精神障害による労災請求件数が増加し、過去最多を更新するなど、働く人のメンタルヘルスは重要な社会課題となっています。一方で、うつ病などにより休職を経験した人々は、偏見や誤解にさらされやすく、自らの経験を社会に共有する機会は限られてきました。そのため、休職中に当事者がどのような困難や葛藤を経験しているのか、また復職に向けてどのような支援が必要なのかについては、十分に理解されていません。
さらに、世界保健機関(WHO)などの国際機関は、精神保健分野において当事者の参画が不可欠であると提言していますが、医療者や研究者と当事者の間には知識や権限の差が存在し、社会的偏見も重なることで、当事者が研究や制度づくりの主体となる機会は限られてきました。こうした構造の中で、当事者の経験は「個人の問題」として扱われやすく、社会の仕組みや職場環境の課題として十分に議論されてきませんでした。
研究内容:当事者グループ「ココロワタシ」による参加型研究
本研究では、うつ病などによる休職を経験した当事者と研究者が協働し、当事者参加型アクションリサーチ注2)の手法を用いて研究チーム「ココロワタシ」を立ち上げました(図1)。本取り組みでは、当事者を「研究対象」として扱うのではなく、研究の企画・実施・成果発信における対等なパートナーとして位置づけています(図2)。
図1:プロジェクトチーム「ココロワタシ」
図2:本研究での研究チームの位置づけと手法
チームでは、参加者同士の対話を通じて①休職前に感じていた兆候や葛藤②休職中の生活の変化、不安・孤立感③復職に向けた困難――などの経験を共有し、グラフィック記録注3)(イラストによる可視化)を用いて整理、何がその時起きていたのかを共有しました。
その成果として、当事者の経験を社会に向けて発信するパンフレットを制作し、公開しました。本パンフレットは、当事者本人だけでなく、企業関係者、医療従事者、家族など、多様な立場の人々が休職の経験を理解するための対話のきっかけとなることを目的としています(図3)。パンフレットはココロワタシが拠点を置く愛知県刈谷市にある複数の企業や行政に配布され、インターネットのリンクからどなたでもダウンロードできる形式をとっています。
【成果の意義】
本研究は、うつ病などのメンタルヘルス不調による休職の経験を、個人の問題としてではなく、社会の構造や職場環境と関わる課題として可視化した点に大きな意義があります。これまで、休職中の当事者がどのような経験をしているのかは社会の中で十分に共有されておらず、支援のあり方も主に専門職の視点から検討されてきました。本研究は、当事者自身が研究に参加し、自らの経験を整理し社会に向けて発信することで、休職に対する理解を深める新たな契機を生み出しました。
制作されたパンフレットは、当事者本人にとっては自身の経験を言語化し共有する手段となり、企業関係者や医療従事者にとっては、休職者が直面する困難を具体的に理解するための実践的な資料となります。これにより、復職支援や職場環境の改善など、より当事者の経験に基づいた支援の発展に寄与することが期待されます。これらの促進のため、ココロワタシでは3月27日に刈谷市にて企業や行政を招いた体験の共有と情報交換会を実施します。さらに医療や福祉などの養成を行う全国の教育機関へのパンフレット配布も予定しています。
また、本研究は、当事者を「研究対象」とする従来の枠組みを超え、当事者と研究者が協働して知を創出し社会に発信する参加型研究の実践例として、精神保健分野における新しい研究と社会連携のモデルを示すものです。これは、当事者の経験を社会の知として生かす取り組みとして、今後の研究や政策形成にも重要な示唆を与えると考えられます。
さらに、研究を通じて形成された当事者チーム「ココロワタシ」は、今後、企業や行政との対話イベントの開催を予定しており、当事者、企業関係者、医療従事者など立場の異なる人々が経験を共有し、相互理解を深める場を継続的に創出していきます。本取り組みは、分野や立場の垣根を越えて当事者の経験を社会に生かすハブとなるプラットフォームの形成につながり、メンタルヘルス不調を経験しても安心して働き続けられる社会の実現に寄与することが期待されます。
本研究は、文部科学省「若手研究者育成プログラム」の一環である名古屋大学の研究者支援事業「Tokai Pathways to Global Excellence(T-GEx)」の支援を受けて実施されました。本プログラムは、学際的研究や産学官連携を推進し、社会課題の解決につながる研究の発展を支援しています。
図3:作成されたパンフレットの一部
【用語説明】
注1)休職:
病気やメンタルヘルス不調などの理由により、一時的に仕事を休むこと。
注2)参加型アクションリサーチ(Participatory Action Research: PAR):
研究者だけでなく、研究対象となる当事者自身が研究に参加し、対話と行動を通じて社会課題の理解と改善を目指す研究手法。
注3)グラフィック記録:
対話や議論の内容をイラストや図を用いて視覚的に記録する方法。
【掲載情報】以下よりパンフレット「ココロワタシ」をダウンロードいただけます
https://nuss.nagoya-u.ac.jp/s/rgiXjYCZDxwQmWe
▼本件に関する問い合わせ先
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735
FAX:052-788-6272
メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/
記事提供:Digital PR Platform