概日時計を操る化合物で植物の開花期を精密制御
名古屋大学
【本研究のポイント】
・多くの植物は日長を指標に開花期を決めている。
・日長測定の基礎である概日時計を遅くする低分子化合物により、アオウキクサの開花誘導を精密制御し、また最大で2時間以上(開花期換算で2カ月)も変化させた。
・化合物ツールによる定量的な開花制御を実証したことで、農業分野での応用も期待できる。
【研究概要】
名古屋大学大学院生命農学研究科の前田 明里 日本学術振興会特別研究員PD(受入機関:名古屋大学)、村中 智明 助教、中道 範人 教授、同大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の佐藤 綾人 特任准教授、京都大学大学院理学研究科の伊藤 照悟 助教、小山 時隆 准教授からなる研究グループは、概日時計の進行を遅くする化合物を用いて、植物の開花期を精密に制御できることを実証しました。
概日時計は生体内に約1日周期のリズム(概日リズム)を生み出す分子機構です。植物はこのリズムを基盤として日長を計測し、季節変化を読み取り、適切な時期に花成を行います。概日時計は外環境に同調し、昼夜サイクルの下で24時間周期のリズムを示します。しかしながら、周期の違いは遺伝子発現タイミングの変化を引き起こすことで日長計測を狂わせ、結果的に花成と開花次期を変えることが知られていました。
これまでは概日リズムの周期に変化を起こす時計遺伝子の変異体を用いて解析が進められてきましたが、このアプローチでは周期を連続的に変化させることはできないため、概日リズム周期と花成の関係を定量的に把握することはできていませんでした。
本研究では、当研究室においてシロイヌナズナを用いた先行研究で見出されたCK1阻害剤であるB-AZという概日リズム周期を延長する化合物が、アオウキクサにも同様に作用することを確かめました。アオウキクサは短日植物であり、日長が短くなると花成が誘導されますが、周期が延長したアオウキクサでは花成ホルモンをコードする遺伝子FTの発現タイミングが遅れることを見出しました。花成が誘導される日長はB-AZ濃度依存的に長くなりました。花成誘導日長は最大で2時間も延長され、これは名古屋大学が位置する北緯35度付近の日長変化で換算すると、開花期が2カ月変化したことに相当します。概日時計と花成の関係は古くから指摘されていましたが、化学物ツールによる濃度依存的な定量的制御を実証したことで、開花期制御における概日リズム周期の重要性が明らかとなり、農業分野での応用も新たなステージに移行すると考えられます。
本研究成果は、2026年3月25日付でアメリカ植物生理学会の学会誌『Plant Physiology』に掲載されました。
【研究背景と内容】
植物は決まった季節に花をつけます。季節を知る方法はいくつもありますが、その一つが日の長さに応じて花をつける光周性です。光周性は、植物で初めて発見され、脳などを持たない植物でも、正確に時間を測る巧妙な仕組みを持つことが分かりました。この時間を測る仕組みは、植物が自発的に生成する概日(約1日)リズムを基盤としていたため、概日時計と名付けられました。
モデル植物であるシロイヌナズナにおいて、概日リズム周期が変化した変異体が単離されましたが、これらの多くで開花制御にも変化が見られました。例えば、ある短周期化変異体では、開花が早まりました。シロイヌナズナは日長が長いほど開花が早まる長日植物ですが、概日リズムが短周期化した変異体では、日長を感知する遺伝子の発現タイミングが早くなり、短い日長でも、”長日”と判断して咲いていることが、遺伝子発現解析から推測されました。この先行研究は2002年に発表されたもので、花成と時計の関係は古くから知られていました。しかし、変異体を使った従来の解析では、概日リズム周期を自在に変化させるのは実質的に困難であり、周期と花成の関係について定量的に解析した例はありませんでした。
当研究室では、シロイヌナズナを対象に実施したケミカルスクリーニングによって、リン酸化酵素CK1(カゼインキナーゼ1)の阻害剤であるB-AZ(3,4-Dibromo-7-Azaindole)が、濃度依存的に概日リズム周期を延長することを発見していました。一方で、B-AZの花成制御への影響を評価することは、シロイヌナズナの日長応答性がそれほど明瞭でないこと、成長していく植物体に化合物を処理し続ける必要もあるため、簡単ではありませんでした。
そこで目をつけたのがサトイモ科の浮遊性水草アオウキクサです。アオウキクサは敏感な日長応答を示すことが知られている短日植物であり、30分の日長変化で花成が誘導され、1週間で花芽が確認できます。さらに、分裂して増殖するため個体サイズが変わらず、液体培地に化合物を添加するだけで再現性のよい実験が可能になります。
研究グループは、B-AZのターゲットであるCK1は非常に保存性が高い酵素で、アオウキクサにも保存されており、in silico解析でもB-AZがCK1を阻害する可能性を見出しました。さらに、概日リズム測定が容易な、アオウキクサの近縁種であるコウキクサの発光レポーター株において、B-AZが概日リズム周期を濃度依存的に延長することを確認しました。さらに、アオウキクサにおいても、B-AZ処理により、時計遺伝子の発現タイミングが遅れること、花成ホルモン遺伝子であるFTの発現タイミングが遅れることを確認しました。
つぎに、異なる日長でアオウキクサを生育させ花芽を数えたところ、B-AZ濃度依存的に開花が誘導される日長が長くなることが分かりました。最大の変化幅は2時間におよび、これは名古屋大学が位置する北緯35度付近の日長変化で換算すると、開花期が2カ月変化することに相当します。高濃度のB-AZはアオウキクサの成長を阻害しましたが、成長に影響のない濃度であっても、日長応答は大きく変化していました。
一連の結果により、B-AZ濃度依存的に概日リズム周期を変化させると、花成・開花期が連続的に変化することが示されました。
図1B-AZによる概日リズム、花成誘導日長の変化
左:CK1とB-AZのドッキングシュミュレーション。
赤:アオウキクサ、青:シロイヌナズナ、灰:ヒト
右上:B-AZ処理によるコウキクサの概日リズムの変化
右下:B-AZ処理によるアオウキクサの花成の誘導日長変化
【成果の意義】
概日リズムと花成の関係を解析することは、概日時計研究の黎明(れいめい)期までさかのぼります。概日時計の発見者として知られるビュニングは、マメ科植物の葉の就眠運動が示す概日リズムを指標に、光が当たるタイミングが花成・開花に重要であることを1936年に報告しました。まさしく、概日時計の存在を示したとともに、花成・開花期は植物の繁殖に重要なイベントであるため、時計の存在意義を明らかにした結果といえます。ここで用いられた作業仮説は、植物の主観的な時刻のどこで、外的刺激である光を受容するかが重要ということで、ビュニングの外的符号モデルと呼ばれています。
外的符号モデルの分子生物学的な検証は、シロイヌナズナにおける時計遺伝子の変異体で行われました。概日リズム周期の変化により、同じ日長条件においても、野生型と変異体では、光を受容する主観的時刻が変化することで、花成の誘導が異なることが示されました。一方で、遺伝子変異では周期の変化を人為的かつ定量的に操作することができず、定性的な検証にとどまっていました。このような90年来の仮説の分子科学的な実証の流れの中で、本研究は化合物ツールの介入実験により、概日リズム周期と花成の関係を、はじめて定量的に示した結果であり、花成・開花期調節の新たな研究開発ステージに入ったと考えています。
開花期は、作物においても重要な形質になります。本研究では概日リズム周期の変化が、開花期を大きく変化させることを示しましたが、作物の育種においても、概日リズムが重要となってくるかもしれません。実際に、トマト、ダイズ、レタスなどで、栽培化後の産地拡大の過程で概日リズム周期が変化したことを示唆する研究が報告されています。概日リズムは花成以外にもさまざまな生理現象を制御しますが、それらと周期の定量的な関係も、おそらく育種の裏に潜んでいるのでしょう。その一端を垣間みた研究でもあります。
本研究は、以下の研究費の支援のもとで行われたものです。
文部科学省 学術変革領域A 課題番号JP24H02304,JP24H02116,JP24H02121、日本学術振興会 科研費 課題番号 JP23K14253、日本学術振興会特別研究員制度 課題番号 JP25KJ0169、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS) 課題番号 JPMJSA2004。
【論文情報】
雑誌名:Plant Physiology
論文タイトル:A small-molecule clock modulator quantitatively manipulates photoperiodic flowering
著者:前田明里(名古屋大学)、伊藤照悟(京都大学)、小山時隆(京都大学)、佐藤綾人(名古屋大学)、中道範人(名古屋大学)、村中智明(名古屋大学)
DOI: 10.1093/plphys/kiag112
URL:
http://doi.org/10.1093/plphys/kiag112
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