医薬品分子の窒素遠隔位をピンポイントで編集する新技術―ラジカル移動を鍵とした第3級アミンの遠隔C–H官能基化―
関西学院大学
関西学院大学理学部の村上慧教授らの研究グループは、第3級アルキルアミンの分子内で、窒素原子から離れた特定の位置(γ位:窒素原子から数えて3番目の炭素)のC–H結合を選択的に変換する新手法を開発しました。これにより、医薬品分子を含む多様な第3級アルキルアミンに対して、狙った場所に迅速に官能基(分子の性質を決める“部品”)を付け加えることが可能になりました。
本成果は、医薬品分子のおよそ26%に含まれる第3級アルキルアミン構造を、迅速かつ精密に改変できる技術につながるもので、既存医薬品の誘導体合成を効率化し、創薬研究を加速させることが期待されます。
本研究成果は4月14日に、Nature社が刊行する「Nature Synthesis」に掲載されます。
関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)理学部の村上慧教授、榊原陽太助教、木之下拓海さん(理工学研究科 博士課程後期課程)、平手和希さん(理工学研究科 博士課程後期課程)、濱脇康佑氏(研究当時:理工学研究科 博士課程前期課程)、千葉将真氏(研究当時:理工学研究科 博士課程前期課程)、寺田昂祐氏(研究当時:理工学研究科 博士課程前期課程)らの研究グループは、第3級アルキルアミン*1の分子内で、窒素原子から離れた特定の位置(γ位:窒素原子から数えて3番目の炭素)のC–H結合を選択的に変換する新手法を開発しました。これにより、医薬品分子を含む多様な第3級アルキルアミンに対して、狙った場所に迅速に官能基(分子の性質を決める“部品”)を付け加えることが可能になりました。
本研究の鍵は、研究グループが2021年から独自に研究してきたα-アンモニオラジカルという化学種に、これまで見過ごされてきた反応性を見いだした点にあります。今回、α-アンモニオラジカルが分子内1,5-水素原子移動(1,5-HAT)*2と呼ばれる現象を起こし、ラジカル部位が分子内を移動することを実証しました。これにより、窒素原子のγ位にあるC–H結合からのみ選択的にラジカル(反応の起点となる活性種)を発生させ、そこから狙った官能基導入へつなげることに成功しました。
本成果は、医薬品分子のおよそ26%に含まれる第3級アルキルアミン構造を、迅速かつ精密に改変できる技術につながるもので、既存医薬品の誘導体合成を効率化し、創薬研究を加速させることが期待されます。
本研究成果は4月14日に、Nature社が刊行する「Nature Synthesis」に掲載されます。
ポイント
第3級アルキルアミンのγ位に存在するC–H結合のみを選択的に変換することに成功しました。
α-アンモニオラジカルという化学種が分子内1,5-水素原子移動を引き起こすことを実証しました。
複雑な構造をもつ医薬品分子の後期段階修飾を達成しました。
研究の背景と経緯
アルキルアミン構造は、生物活性分子に頻繁に含まれる重要な構造です。中でも第3級アルキルアミンは、医薬品分子のおよそ26%にも含まれることが知られており、この構造を出発点として自在に官能基を導入できれば、新薬候補の探索を効率化できます。そのため、分子中に多数あるC–H結合のうち、特定の位置だけを狙って変換する「位置選択的C–H変換」は非常に効果的な手法です。
しかし従来の手法では、第3級アルキルアミンに対するC–H変換は、主に窒素に隣接するα位、もしくは鎖の末端に限られていました。また、窒素から離れた内部のC–H結合は、反応性や選択性の制御が難しく、狙って変換することが困難でした。
本研究では、まず第3級アルキルアミンを適切な第4級アンモニウム構造へ一時的に変換し、ここからα-アンモニオラジカルを発生させます。すると、このラジカルが分子内で1,5-水素原子移動を起こして反応点がγ位へ移り、結果として窒素原子γ位のC–H結合から選択的にラジカルが生じます。このラジカルを足がかりに、多様な官能基を導入することで第3級アルキルアミンのγ位選択的なC–H変換を実現しました(図1)。
図1:本研究で開発した反応の概要。α-アンモニオラジカルを利用することで、第三級アルキルアミンのγ位C–H結合のみを選択的に官能基化することが可能になった。
詳細な研究成果
有機化合物に遍在するC–H結合を、必要な位置だけ選んで別の官能基に置き換える「C–H官能基化反応」は、合成工程数や廃棄物を減らし、従来法では到達困難であった分子の合成を可能にする技術として注目されてきました。これまで、遷移金属触媒と配向基*3を組み合わせる方法や、光触媒・電解によって発生させたラジカル種を利用する方法が数多く報告されています。しかし、こうした発展にもかかわらず、第3級アルキルアミンは、位置選択的なC–H官能基化が難しい代表例として残存していました。理由の1つは、第3級アミンに対して一般的な配向基(カルボニル基やスルホニル基など)の導入が難しく、遠隔位を狙う従来の戦略が使いにくいという点にあります。さらに、第3級アミンは光触媒・電解条件下で望まない反応を起こしやすく、狙ったC–H結合変換よりも副反応が優先してしまうことが、選択性の制御を困難にしてきました。そのため、これまでに報告された第3級アルキルアミンのC–H官能基化反応は、その多くが窒素のすぐ隣の位置α位に限られ、窒素から離れた内部の位置を狙い撃ちする一般的な方法はありませんでした(図2)。
図2:第3級アルキルアミンのC–H官能基化における課題。
本研究では、こうした制約を突破するために、長らく有機合成で十分に活用されてこなかったディストニックラジカルの一種であるα-アンモニオラジカルに着目しました。研究グループは、このラジカルがもつ「水素原子を引き抜く力(HAT能)」の高さを、遠隔位選択性へと転換する戦略を構想しました。 具体的には、第3級アミンをジハロメタン(ジヨードメタンもしくはジブロモメタン)でいったんハロメチルアンモニウム塩に変換し、これをα-アンモニオラジカルの前駆体として用います。その後、光レドックス触媒による一電子移動でα-アンモニオラジカルを発生させると、このラジカルは分子内で1,5-水素原子移動(1,5-HAT)を起こし、ラジカル中心が窒素から数えて3番目の炭素であるγ位へ移動します。ここで重要なのは、反応性が高いラジカルでありながら、アンモニウム部分の置換基が生むThorpe–Ingold効果*4により、分子間で起こりがちな望ましくないHATが抑えられ、結果として高い位置選択性が得られるという点です。最後にアンモニウム部位を脱メチル化して中性の第3級アミンへ戻すことで、γ位だけが官能基化された第3級アルキルアミンが得られます。この「アンモニウム構造におけるラジカルの移動」を核とする設計によりγ位へと多様な官能基導入が可能となり、チオ基、アミノ基、アルキル基、ヘテロアリール基など幅広い変換へ展開できることを示しました。加えて本戦略は、本来第3級アミンがもつ求核性や塩基性を一時的に覆い隠して制御するため、光照射下での遷移金属触媒反応との組み合わせにも展開でき、Cu触媒アミノ化、Ni触媒アリール化、Pd触媒アルケニル化なども実現しました(図3)。
図3:本研究の戦略。アンモニウム構造におけるラジカルの移動を利用することで、窒素原子のγ位に多様な官能基が導入できる。
本手法はさらに医薬品骨格の後期段階修飾*5にも適用でき、さまざまな官能基を含む複雑分子であっても窒素原子のγ位のみを選択的に変換できることを明らかにしました(図4)。
図4:本研究で行った医薬品分子及びその誘導体の後期段階修飾の例。複雑な構造の分子においても狙った位置のみを官能基化できることを明らかにした。
本研究は「第3級アルキルアミンの遠隔位をピンポイントで編集する」ための新しい分子変換プラットフォームを提示するものであり、既存医薬品の誘導体合成を高速化して化学空間探索を加速する基盤技術として期待されます。
今後の展望
本研究で確立した「カチオン構造を利用することで、狙ったC–H結合だけを選択的に変換する」設計は、第3級アルキルアミンを含む医薬品・農薬分子の誘導体合成を、より少ない工程で迅速に行うための基盤技術になり得ます。今後は、導入できる官能基の種類をさらに拡大するとともに、より複雑な生物活性分子や候補化合物に対しても安定して適用できる条件を整備し、創薬研究における化合物ライブラリー構築や構造最適化の効率化に貢献することを目指します。
用語解説
*1 第3級アルキルアミン
窒素原子に、炭素を含む鎖(アルキル基)が3つ結合したアミンのこと。医薬品などに多く見られる基本構造。
*2 分子内1,5-水素原子移動(1,5-HAT)
分子の中で、水素原子が離れた場所(5原子先)へ移動する反応。これにより、後続の反応が起こる場所(反応点)が分子内で移り、特定の位置を選んで反応させる手がかりとなる。
*3 配向基
触媒反応で「狙った位置だけ」を反応させるために、分子に一時的に取り付ける“目印”の部分。配向基が触媒(多くは金属触媒)と結びつくことで、触媒が特定の近くのC–H結合に近づきやすくなり、その位置で反応が起こりやすくなる。
*4 Thorpe–Ingold効果
分子の一部にかさ高い置換基が入ると、分子の形(結合角や距離)が変わって分子内反応が起こりやすくなる現象。結果として、分子の外から別の分子が関わる副反応よりも、分子の中だけで進む反応(環化や水素移動など)が進みやすくなり、反応の選択性が高まる。
*5 後期段階修飾
医薬品候補などの複雑な分子を、合成の終盤(ほぼ完成した段階)で一部だけ改変して別の誘導体にすること。出発原料から作り直さずに構造を変えられるため、誘導体合成の手間や時間を減らし、候補化合物の探索・最適化を効率化できる。
研究助成
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR242C)、戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR20D8)の支援により行われました。さらに、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP22K20545, JP23K13753, JP24K01492, JP25K18042, JP25K22319)、UBE学術振興財団、武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、上原記念生命科学財団、および池谷科学技術振興財団の支援を受けました。
論文情報
雑誌名:Nature Synthesis
論文タイトル:Taming Distonic Radical Cations for Precise γ-C–H Functionalization of Alkylamines
著者:Takumi Kinoshita+, Kazuki Hirate+, Kosuke Hamawaki+, Shoma Chiba+, Kosuke Terada, Yota Sakakibara*, and Kei Murakami*
+共同第一著者、*責任著者
DOI:10.1038/s44160-026-01042-3
URL:
https://www.nature.com/articles/s44160-026-01042-3
▼本件に関する問い合わせ先
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メール:kg-koho@kwansei.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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