【横浜市立大学】リン脂質に依存しない性線毛RP4 pilusの構造を解明
横浜市立大学

―細菌間のDNA伝達機構の多様性解明は、多剤耐性菌の拡散防止や将来的な抗菌薬開発につながる―
横浜市立大学大学院生命医科学研究科 構造創薬科学研究室の石本直偉士助教とImperial College LondonのGad Frankel教授、Konstantinos Beis教授らの国際共同研究グループは、接合伝達性プラスミドRP4由来の性線毛(RP4-Pilus)の立体構造解析に成功し、これまでに報告されてきた性線毛とは異なり、リン脂質を必要とせずに形成・機能することを世界で初めて明らかにしました。これまでに構造が明らかとなっている全ての性線毛(F-Pilus、T-Pilus、H-Pilusなど)において、構成タンパク質(ピリン:Pilin)にはリン脂質が結合しており、性線毛の形成にはリン脂質が必須であると考えられてきました。本研究はこの定説を覆すものであり、細菌が多様な機構によって遺伝物質を伝達することを示すとともに、多剤耐性菌の出現・拡散メカニズムの理解、新規抗菌戦略の開発につながる成果として期待されます。
本研究成果は、「Nature Communications」誌にオンライン掲載されました(2026年6月17日)。
研究成果のポイント
性線毛RP4-pilusの立体構造を2.7 Åで解明
RP4-Pilusはリン脂質非依存で形成・機能することを世界で初めて発見
水平伝播機構の多様性を明らかにし、新規抗菌戦略の開発につながる
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/137290/600_273_202606181632546a339f26a9ef2.jpg
図1 性線毛による接合伝達機構と本研究により明らかにしたRP4-Pilusの構造
性線毛で代表的なF-Pilusの構造を示す。内腔にリン脂質が面しており、上面から見ると構成単位
(ピリン)が脂質を介した重合をしていることを示す(図左)。
構造はPDBID: 5LEGを使用、リン脂質をオレンジで示した。
研究背景
細菌は接合*1伝達と呼ばれる過程を通じて、抗生物質耐性遺伝子などの遺伝物質を直接別の細菌に伝達することができます。この過程で、細菌表面に細長い管状構造である「性線毛(Pilus:ピルス)」が形成され、これを介して遺伝物質を他の細菌に送り込みます。
これまでの構造生物学的研究により、F-Pilus(IncFプラスミド由来)、T-Pilus(Agrobacterium tumefaciens由来)、そして私たちが先行研究で報告したH-Pilus(IncHプラスミド由来)[1-3] など、原子レベルで構造解析されてきた全ての性線毛において、ピリンにはリン脂質が結合していることが明らかになっていました。リン脂質はピリン間に存在し、性線毛の構造を安定化させるとともに、Pilus内腔の電荷状態を制御することで一本鎖DNA輸送に重要な役割を果たすと考えられてきたため、リン脂質は性線毛形成と機能に必須であると考えられてきました(図1左)。
本研究の対象であるRP4プラスミドはIncPプラスミド群に属し、さまざまなグラム陰性細菌に感染可能である広宿主域プラスミドとして長年研究されてきました。これまでに生化学的解析からRP4の構成ピリン(TrbC)が環状構造をとることが報告されていましたが[4]、原子レベルの構造情報は得られておらず、リン脂質との結合様式や性線毛全体の構造は不明のままでした。
研究内容
本研究グループは、クライオ電子顕微鏡*2を用いて、RP4-Pilusの構造を2.74 Å分解能で決定することに成功しました(図1)。
・RP4-Pilusの構造的特徴(TrbCピリンの環状化と脂質非依存的な性線毛の組立)
RP4-Pilusは筒状の構造をとっており、構成の最小単位であるTrbCピリンは3本のα-Helixから構成され、N末端のSer1とC末端のGly78がペプチド結合を形成することにより環状化していることが構造学的に確認されました(図1、2)。これは過去の質量分析による報告[4]を構造学的に裏付けるものです。さらに驚くべきことに、TrbCピリンの構造を詳細に確認した結果、これまでの全ての性線毛で観察されてきたリン脂質が存在しないことが明らかになりました(図2b)。精製したRP4-Pilusを質量分析により解析したところ、リン脂質は検出されませんでした。リン脂質を欠くことを補うように、TrbCピリン同士は通常リン脂質が結合する空間を埋めるように密に詰まった構造をとり、ピリン間の広範な相互作用によって性線毛全体の安定性が保たれていることが明らかになりました(図2c)。
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/137290/400_363_202606181632566a339f28edd38.jpg
図2 RP4-Pilusのクライオ電子顕微鏡構造と構成単位ピリンTrbCの相互作用
(a) クライオ電子顕微鏡により撮影されたRP4-Pilus。(b)三次元再構成されたRP4-Pilusの立体構造とTrbCと電子顕微鏡Mapとの重ね合わせ。N末端C末端が結合した環状構造をとっており、さらに脂質の電子密度は確認されなかった。(c)隣接するTrbCとその相互作用。幅広い領域で相互作用しており、特に他のPilusでは脂質が結合している領域ではTrbC同士で密に詰まった相互作用を示していた。
・PG欠損株を用いた接合実験による機能的検証
構造学的知見をもとにリン脂質非依存的な接合機能を検証するため、リン脂質フォスファチジルグリセロール(PG)*3を生産できない大腸菌pgsA欠損株(UE54)*4を供与菌として用いた接合実験を行いました。その結果、リン脂質を結合するR27(H-Pilus)の接合効率はPG欠損株では大幅に低下したのに対し、RP4の接合効率は野生型と同等に維持されました(図3)。さらに、PG欠損株にpgsA遺伝子を補完するとR27の接合効率は回復しました。これにより、RP4-Pilusの形成および接合機能がリン脂質に依存しないことが機能的にも確認されました。
[画像3]https://digitalpr.jp/simg/1706/137290/350_313_202606181632596a339f2b1c83a.jpg
図3 接合活性の評価。野生型、脂質欠損株UE54、脂質合成可能となる遺伝子を補完したUE54::pgsA株を利用した接合効率の評価。
RP4はそのいずれでも接合活性を保持しており、脂質非依存的な活性を持つことを示す結果となった。
今後の展開
本研究成果から、性線毛形成におけるリン脂質が必須であるという従来の定説に対し、細菌が多様な機構で性線毛を形成し遺伝物質を伝達することが明らかとなりました。これにより、抗菌薬耐性遺伝子の拡散メカニズムの理解に新たな視点が加わるとともに、性線毛を標的とした新規抗菌戦略の開発において、リン脂質結合を阻害するアプローチは全ての性線毛に対して有効ではない可能性が示唆されました。今後は、リン脂質非依存的な性線毛がどのような進化的経緯で生まれたのか、また同様の性質を持つ性線毛がIncPプラスミド以外にも存在するのかなど、性線毛形成の多様性に関する議論を深めることにつながると期待されます。
研究費
本研究は内藤記念科学振興財団海外留学助成、JSPS科研費(JP25K18415)、横浜市立大学学長裁量事業 第5期 学術的研究推進事業「国際共同研究プロジェクト」等の支援を受けて行われました。
論文情報
タイトル:Phospholipid-independent biogenesis and function of the RP4 conjugation pilus
著者:Naito Ishimoto+, Shan He+, Mikhail Bogdanov, Terry K. Smith, Gad Frankel, Konstantinos Beis (+:共同筆頭)
掲載雑誌:Nature Communications
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41467-026-74409-x
用語説明
*1 接合:細菌間で性線毛を介して遺伝物質(プラスミドなど)を直接伝達する現象。抗生物質耐性遺伝子の伝播の主要経路の一つ。
*2 クライオ電子顕微鏡:タンパク質の構造解析に用いられる手法の一つ。精製した生体分子を急速凍結により極低温状態の氷の中に包埋した後、電子顕微鏡で観察する。得られた電子顕微鏡像から目的の生体分子の粒子像を切り出し、3次元に再構成することで立体構造を明らかにすることができる。
*3 フォスファチジルグリセロール(PG):細胞膜を構成する主要な成分の一つ。
*4 pgsA遺伝子欠損株:PG合成の最初のステップを担う酵素であるpgsAを欠損した大腸菌株。
参考文献など
[1] T. Costa et al., Structure of the Bacterial Sex F Pilus Reveals an Assembly of a Stoichiometric Protein-Phospholipid Complex. Cell. 166, 6, 1436-1444 (2016)
[2] L. Beltran et al., Archaeal DNA-import apparatus is homologous to bacterial conjugation machinery. Nat. Commun. 14, 666 (2023)
[3] N. Ishimoto et al., Cryo-EM structure of the conjugation H-pilus reveals the cyclic nature of the TrhA pilin. Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 122, 16, e2427228122, 2025
[4] R. Eisenbrandt et al., Conjugative pili of IncP plasmids, and the Ti plasmid T pilus are composed of cyclic subunits. J. Biol. Chem. 274, 22548–22555 (1999).
[画像4]https://digitalpr.jp/simg/1706/137290/450_82_202606181636056a339fe5f29e3.jpg



記事提供:Digital PR Platform