【横浜市立大学】炎症の“スイッチ”を入れる新たな仕組みを発見
横浜市立大学
―パイリンが関与する“過剰な炎症”とヒト疾患の背景を明らかに―
概要
炎症は、細菌やウイルスなどの外敵から体を守るために働く重要な防御反応です。しかし、この仕組みの制御機構に生まれつきの異常があると、わずかな刺激でも炎症が過剰に起こってしまう遺伝性自己炎症性疾患が引き起こされます。その代表的な病気に、高熱や激しい腹痛を繰り返す家族性地中海熱(FMF)<1>があります。
京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の本田吉孝 特定助教、同大学院医学研究科 発達小児科学の岩田直也・青木茉莉子 大学院生、同大学院医学研究科エコチル調査(JECS)京都ユニットセンターの八角高裕 特定教授、東北大学大学院生命科学研究科の朽津芳彦 助教・田口友彦 教授、愛知県医療療育総合センター発達障害研究所の永田浩一 副所長(研究当時)、東京薬科大学生命科学部ゲノム情報医科学研究室の土方敦司 准教授、横浜市立大学附属病院難病ゲノム診断科の土田奈緒美 助教、同大学大学院医学研究科遺伝学の松本直通 教授、同大学附属病院遺伝子診療科の宮武聡子 診療教授、同大学附属病院小児科の西村謙一 講師・伊藤秀一 教授、同大学大学院医学研究科生化学の濱田恵輔 助教・緒方一博 名誉教授らを中心とする国際共同研究チームは、原因不明の強い炎症を示す患者さんの遺伝子解析と、大規模ゲノムデータベースの網羅的解析を組み合わせることで、パイリン<2>というタンパク質が炎症を引き起こす“スイッチ”をどのように入れるのか、その新たな仕組みを明らかにしました。研究チームは、パイリンがCDC42<3>という別のタンパク質と作用し合うことで炎症スイッチが入ることを見出しました。さらに、遺伝子変異によってこの作用が異常に強まると、パイリンの働きが過剰に活性化されることで“過剰な炎症”が生じることを示しました。
本研究により、ゲノムデータベースに登録されているものの、これまで病気との関係がはっきりしなかった多数のパイリン遺伝子の変異を、機能に基づいて整理した“アトラス”が整備され、迅速かつ正確な診断や患者さん一人ひとりに合わせた“精密医療(プレシジョン・メディシン)”への応用が期待されます。加えて、CDC42がパイリンの直接の制御因子であることが明らかになったことで、炎症の暴走を抑えるための新たな治療アプローチにつながる可能性も示されました。
本研究成果は、互いに補完し合う2本の論文として、2026年8月7日午後2時米国東部時間(日本時間8月8日午前3時)にScience Immunology誌に掲載されました。
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【図の説明】
① Pyrin活性化はCDC42により制御される
自然免疫のセンサーであるPyrinは、病原体の侵入を感知するとCDC42と相互作用し、炎症反応を引き起こす。これにより、生体は病原体に対する防御機構を働かせる。安静時にはPyrinとCDC42の相互作用は弱いが、病原体の侵入時には両者の相互作用が強まり、Pyrinが活性化される。
② 正常状態と疾患の比較
(上段)通常、PyrinとCDC42の相互作用は弱い。病原体の侵入に反応してPyrinとCDC42が集合体(クラスター)を形成し、活性化する。
(中段)炎症関連CDC42変異体では、Pyrin-CDC42相互作用が強まりクラスター形成が促進される。
(下段)家族性地中海熱(FMF)関連Pyrin変異体では、PyrinとCDC42との相互作用が強まり、クラスター形成が促進される。
その結果、これらの疾患ではわずかな刺激でも過剰な炎症が引き起こされる。
③ Pyrin活性化メカニズム
(左)通常、病原体の侵入を感知したPyrinはCDC42と相互作用し、両者が集合体(クラスター)を形成する。さらに、そのクラスターがインフラマソームと呼ばれるタンパク質複合体の形成を促し、炎症反応を引き起こす。
(右)FMFや一部のCDC42変異では、PyrinとCDC42の相互作用が病的に強くなる。その結果、病原体の侵入がなくてもPyrin-CDC42クラスターが形成されやすくなり、わずかな刺激でも活性化が起こる状態となる。これにより、過剰な炎症が引き起こされる。
<研究の背景>
私たちの細胞は、病原体などの外敵を察知すると、インフラマソーム<4>と呼ばれるタンパク質複合体(炎症を起こすための基盤となる装置)を作り、炎症反応を起こして体を守ります。その中で、パイリンと呼ばれるタンパク質は“センサー”として働き、細菌の毒素などの危険を検知すると細胞内で集まり、炎症を誘導します。
通常、パイリンは外敵がいない時には働きません。しかし、家族性地中海熱(FMF)などの自己炎症性疾患では、パイリンをコードするMEFV遺伝子に変異が入り、わずかな刺激でも過剰に炎症のスイッチが入ってしまい、高熱や激しい腹痛を引き起こします。
MEFV遺伝子には約400種類もの変異が報告されています。しかし、患者数が少ないことや、ヒトとモデル生物でパイリンの構造が大きく異なることから、①どの変異が本当に病気の原因となるのか、また②一部の変異がどのようにして炎症を引き起こすのか、という二つの核心的な問題は長年解決されていませんでした。つまり、1997年にMEFV遺伝子が発見されて以来、約30年にわたり未解明の大きな謎として残っていたのです。
<研究手法・成果>
京都大学を中心とする国際共同研究チームは、
原因不明の遺伝性自己炎症性疾患の患者さんの遺伝子解析
世界中から報告されたMEFV遺伝子変異データの網羅的解析
という二つのアプローチを組み合わせ、炎症スイッチの仕組みを解明しました。
患者さんの遺伝子解析から見えた新しい手掛かり
これまで、CDC42がパイリンの働きを調整することは報告されていましたが、その詳しいメカニズムは明らかではありませんでした。今回、原因不明の強い炎症と軽度の発達遅滞などを示す3家系6人の解析から、CDC42遺伝子に新しい変異があることを発見し、さまざまなデータを検討した結果、両者が直接関わり合っている可能性が浮かび上がってきました。そこで研究チームは、AIを用いたタンパク質構造予測(AlphaFold3)によりその位置関係を推定し、さらに免疫染色や共局在解析によって細胞内でも両者が近接して働くことを確かめました。
その結果、CDC42とパイリンのB30.2領域との相互作用が、炎症反応のスイッチとして機能することが示されました。さらに、患者さんで見つかったCDC42変異は、この作用を異常に強め、炎症のスイッチが入りやすい状態をつくっていると考えられました。
加えて、今回の研究により、CDC42がパイリン・インフラマソームの活性化を左右する“新たな制御スイッチ”として働くことが明らかとなりました。これまで細胞骨格や細胞の動きを制御する因子として知られていたCDC42が、パイリンの細胞内での“位置(局在)”を調節しており、変異により細胞内でパイリンが集まりやすくなって、炎症スイッチが入りやすくなるという、まったく新しい制御メカニズムが示されました。
つまり、CDC42の異常がパイリンを“集まりやすい状態”にし、炎症が暴走しやすくなるのです。
MEFV遺伝子265種類を“機能アトラス”として整理
2つ目の研究では、ゲノム情報データベースInfevers(インフィーバーズ)に登録されているMEFV遺伝子のミスセンス変異(タンパク質配列を変える変異)265種類すべてについて、ヒトモデル細胞を用いて炎症誘導能を網羅的かつ定量的に測定し、“機能アトラス”として整理しました。
その結果、強い炎症を起こす変異は、CDC42が作用するポケット周囲に集中していることが分かりました。さらに、CDC42と相互作用したパイリンは細胞内で集まり(凝集体形成)、インフラマソーム形成を促進することも明らかになりました。重症型の変異では、パイリンがCDC42を“引き寄せる力”が過剰になり、炎症が暴走しやすくなっていると考えられました。
二つのアプローチが“同じ答え”に収束
患者さんの症状から出発した研究と、膨大な遺伝子データから出発した研究が、どちらも「パイリンとCDC42の異常な相互作用」という同じ結論に達しました。
異なるアプローチから同じ結論に至ったことで、このパイリンとCDC42を介した炎症メカニズムと、その遺伝性自己炎症性疾患への関与が強く裏付けられました。
<展望>
今回の研究により、これまで「病気の原因かどうか分からない」とされていた多くのMEFV遺伝子の変異が、機能アトラスとして整理されました。これにより、
迅速で正確な診断
患者さんごとに適切な治療を選ぶ“精密医療(プレシジョン・メディシン)”
が可能になると期待されます。
また、これまでの遺伝性疾患研究は、患者さんの症状から原因遺伝子を探すという流れが主でしたが、本研究はその流れを逆転させ、膨大な遺伝子配列データから病気の仕組みを読み解く“ジェノタイプ・ファースト”アプローチの有効性を示しました。この手法は、患者数が少なく診断が難しい希少疾患を含む、幅広い遺伝性疾患の解析にも応用できる可能性があります。
さらに、CDC42がパイリンの働きを調整する新たな制御スイッチであることが示されたことで、CDC42を標的とした新たな炎症制御アプローチの可能性も開かれました。
<研究プロジェクトについて>
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム創薬基盤推進研究事業 MEFV遺伝子の網羅的なVUS機能的アノテーションと新規Ex vivo assayを用いた患者細胞機能評価・詳細な遺伝子型解析の統合による家族性地中海熱の病態及びパイリン・インフラマソーム活性化機構解明(研究開発代表者:本田吉孝)(24kk0305021)
日本医療研究開発機構(AMED)再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 自然免疫異常症に対する包括的iPS細胞バンクの構築(研究開発代表者:八角高裕)(24bm0804036)
日本学術振興会 科学研究費助成事業・若手研究(25K19226)・基盤研究B(24K02420)
<研究者のコメント>
小児科医として診療にあたる中で、現在の医学知識では説明できない問題に出会うことが少なくありませんでした。たとえば、遺伝子変異が見つかっても、それがどのように病気の発症につながるのか分からない場合や、そもそもその変異が病気と関連しているのか判断できない場合などです。こうした状況に直面し、不安や戸惑いを抱える患者さんやご家族と向き合う中で、「その疑問に少しでも答えを示したい」という思いが次第に強くなり、研究を続ける原動力となってきました。今回得られた知見を臨床に還元することで、患者さんのお役に立てるのであれば、研究者としてこれほど嬉しいことはありません(本田)。
家族性地中海熱は最も頻度の高い遺伝性自己炎症性疾患であり、国内に数千人の患者さんがおられるとされています。遺伝子解析の普及により正確で適切な診療が行われる事が期待されていましたが、遺伝子変異が検出されてもその意味づけが不明であるものが多く、むしろ混乱の原因となる事さえありました。今回の研究を通じて原因となる遺伝子により引き起こされる炎症メカニズムの一部が解明され、各遺伝子変異の意味づけが進んだことにより、問題の解決に一歩近づけたのではないかと感じています(八角)。
<用語解説>
家族性地中海熱(FMF): パイリンをつくるMEFV遺伝子変異により、周期的に発熱や腹膜炎(お腹の内側を覆う膜の炎症)、胸膜炎(肺の表面を覆う膜の炎症)などを繰り返す自己炎症性疾患。日本でも500人程度の患者さんが報告(2009年全国調査)されており、指定難病(266)に分類されている。
パイリン(Pyrin): インフラマソームの核となる“センサー”として働くタンパク質。異常を検知すると自らが集まり(=凝集し)、炎症を誘導する司令塔として機能する。
CDC42: 細胞の形や動きを制御する因子として知られていたタンパク質。今回の研究で、パイリンと相互作用することで炎症のスイッチを入れる“新たな制御スイッチ”として働くことが明らかになった。
インフラマソーム: 細胞内で炎症を引き起こすための“基盤”となるタンパク質の複合体。病原体を検知すると組み立てられ、炎症反応を一気に活性化する役割を果たす。
<論文書誌情報>
Aoki, M., Iannuzzo, A., Mertz, P., Feng, S., Iwata, N., Perugini, C., Tsuchida, N., El Masri, R., Kuchitsu, Y., Tacine, B., Coppola, S., Shibata, H., Cescato, M., Nishitani-Isa, M., Terré, A., Kawasaki, Y., Dalmon, S., Nishimura, K., Magnotti, F., ... Delon, J. (2026). An N-terminal CDC42 T43Ivariant reveals the mechanism of pyrin inflammasome activation. Science Immunology.DOI: :
https://doi.org/10.1126/sciimmunol.aea0515
Iwata, N., Kuchitsu, Y., Hijikata, A., Shibata, H., Nishitani-Isa, M., Aoki, M., Izawa, K., Yoshitomi, H., Takita, J., Ueno, H., Taguchi, T., Yasumi, T., & Honda, Y. (2026). A genotype-first approach reveals the molecular basis of pyrin inflammasome activation. Science Immunology. DOI:
https://doi.org/10.1126/sciimmunol.aea0705
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