性的マイノリティの患者をケアする際の臨床能力評価尺度「日本語版LGBT-DOCSS」の医学生における信頼性・妥当性を検証
学校法人慈恵大学
〜修正16項目版が医学生の評価ツールとして期待〜
東京慈恵会医科大学 教育センター DE&I推進部門 金久保祐介助教、総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 松島雅人教授らは、新潟大学 医学部医学科医学教育センター 岡崎史子教授、鳥取大学 医学部 社会医学講座 環境予防医学分野 金弘子特命助教と共同で、性的マイノリティの患者をケアする際の臨床能力評価尺度「日本語版LGBT-DOCSS」の医学生における信頼性・妥当性を検証しました。
本研究成果は、BMC Medical Education誌に2026年9月9日付で掲載されました。
【概要】
性的マイノリティ(SGM)の人々が直面する健康格差を解消するためには、医療従事者が適切な態度や知識を身につけることが重要です。このような態度や基礎知識、臨床準備度、臨床トレーニング経験を評価するための尺度として「日本語版LGBT-DOCSS」が開発されています。しかし、医療従事者を対象とした本尺度の信頼性・妥当性の検証は行われているものの、医学生を評価する上でもこの尺度が十分使えるかどうかの検証はまだ行われていませんでした。
2025年12月から2026年2月までの期間に、日本の3つの大学(東京慈恵会医科大学、新潟大学、鳥取大学)の医学生を対象にオンラインでアンケート調査を実施しました。
調査から得られた735件の有効回答を分析した結果、臨床経験の少ない医学生にとって極端な回答の偏りがみられた2項目を削除することで得られた修正16項目版が、医学生の評価尺度として適していることが初めて明らかになりました。
SGM当事者の学生、シスジェンダー女性で異性愛者の学生、身近にSGMの家族・友人がいる学生の3つの集団において、特に態度や基礎知識の得点が高い傾向にあることがわかりました。
今後、本研究成果を医学教育の分野で活用し、医学生の自己評価の実施や、SGM関連のカリキュラム開発へと進める予定です。
【研究の詳細】
1. 背景
SGMの人々は、制度的な障壁や社会の偏見、医療従事者の知識不足などにより、深刻な健康格差に直面しています。この問題を解決するには、医療従事者が適切な知識や態度を身につけることが不可欠であり、医学教育が重要な役割を担います。しかし、多くの医学生はSGMの患者のニーズに対応するための準備が不足していると感じており、包括的な教育カリキュラムが求められています。
教育を改善するためには学生の理解度や能力を客観的に測る指標が必要であり、国際的には「LGBT-DOCSS」という尺度(全18項目)が広く使われています。日本でも日本語版(LGBT-DOCSS-JP)が開発され、態度・基礎知識・臨床準備度・臨床トレーニングといった要素を量的に評価することが可能です(得点は1〜7点の範囲で、高得点ほどより偏見が少なく、知識や臨床経験があると自己評価していることを意味します)。かつ現場の医療従事者に対する本尺度の信頼性・妥当性は先行研究で確認されていました。しかし、まだ臨床経験のない医学生に対して、このツールが正確な「ものさし」として機能するかどうかは十分に検証されていませんでした。
2. 研究方法
日本の3つの大学に在籍する医学生(1年生から6年生)を対象に、2025年12月から2026年2月にかけてオンライン質問紙調査を実施しました。
集まった回答をもとに、確認的因子分析という統計的な手法を用いて、この尺度が医学生にとって適切か(構造的妥当性)を検証しました。また、シスジェンダー異性愛者(SGMでない学生)とSGMの学生との比較、シスジェンダー異性愛者のうち女性と男性との比較、シスジェンダー異性愛者のうち身近にSGMの家族・友人がいると認識しているかどうかの比較によって、点数に想定通りの違いが出るか(既知集団妥当性)を評価しました。さらに、回答の一貫性・安定性(内的整合性)についても検証しました。
3. 結果・成果
合計735名の有効な回答を分析しました。確認的因子分析の結果、従来の18項目・4因子モデルは適合度が不十分でした。要因として、実際のSGMの患者の担当経験を問う2つの項目(項目13と16)に対して、85%以上の学生が「全く(経験が)ない」と回答し、データが極端に偏ったことがあげられました。これらの項目は臨床経験の少ない学生を対象とした項目としては内容的にも不適切であると判断し、除外しました。
残りの16項目で構成される「修正16項目版」として再評価したところ、医学生の能力を測る指標として許容できるレベルの妥当性(構造的妥当性)と信頼性(内的一貫性)を持つことが実証されました。さらに、この新しい指標で各集団を分析した結果、先行研究で示唆されていたような以下のことが明らかになりました(既知集団妥当性)。
・SGM当事者の学生は、シスジェンダーで異性愛者の学生よりも、全体的なスコアが有意に高いことがわかりました(4.64 vs. 4.21)。態度(6.22 vs. 5.81)や臨床準備度(3.30 vs. 2.67)といった下位尺度についても同様の傾向がみられました。
・シスジェンダーで異性愛者の学生のうち、女性の方が男性よりも全体的なスコア(4.43 vs. 4.10)や態度(6.21 vs. 5.58)、基礎知識(4.03 vs. 3.63)の得点が高い傾向にあることがわかりました。
・シスジェンダーで異性愛者の学生のうち、親しい友人や家族に同性愛者やトランスジェンダーの人がいる学生ほど、全体的なスコアや態度、基礎知識といった下位尺度の得点がより高い傾向にあることがわかりました。
4. 今後の応用、展開
本研究により、日本語版LGBT-DOCSS修正16項目版という、日本の医学生向けの自己評価尺度が確立されました。この尺度は、特にSGMの患者に対する臨床経験がまだ少ない学生の評価に有用です。今後は、この尺度を医学生の自己評価や振り返りに活用するとともに、効果的なSGM関連の医学教育カリキュラムの開発に繋げることで、SGMの患者が偏見のない適切なケアを受けられるようになることが期待されます。
5. 脚注、用語説明
LGBT:Lesbian, Gay, Bisexual, Transgenderの頭文字を取った語。性的マイノリティの総称として用いられることもある。
LGBT-DOCSS:The Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender Development of Clinical Skills Scale. 米国で開発された、医療従事者がLGBTの患者をケアする際の臨床技能を評価する尺度。(Bidell MP. J Homosex. 2017;64(10):1432-60.)
SGM(Sexual and Gender Minority):性的指向や性自認がマイノリティである人々の総称。日本では性的マイノリティや性的少数者、セクシュアルマイノリティという表記がされることが多い。
性自認:自分自身の性をどのように認識しているかを意味する語。
性的指向:どのような性の人に恋愛的・性愛的に惹かれるかを意味する語。
シスジェンダー:出生時に割り当てられた性別と同じ性自認をもつ人。
トランスジェンダー:出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認をもつ人。
【メンバー】
・東京慈恵会医科大学 教育センター 助教 金久保祐介
・新潟大学 医学部医学科医学教育センター 教授 岡崎史子
・鳥取大学 医学部 社会医学講座 環境予防医学分野 特命助教 金弘子
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 准教授 青木拓也
・東京慈恵会医科大学 教育センター 講師/総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 講師 杉山佳史
・東京慈恵会医科大学 医学部看護学科 准教授 務䑓理惠子
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 訪問研究員 吉田絵理子
・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 教授 松島雅人
【論文情報】
タイトル:Validation of the LGBT-DOCSS-JP among medical students: psychometric properties of a modified 16-item version
著者名:Kanakubo Y, Okazaki F, Kim H, Aoki T, Sugiyama Y, Mutai R, Yoshida E, Matsushima M
掲載誌:BMC Medical Education
DOI:10.1186/s12909-026-10346-z
URL:
https://link.springer.com/article/10.1186/s12909-026-10346-z
【研究支援】
本研究はJSPS科研費 JP25K24198の助成を受けたものです。
本件に関するお問合わせ先
学校法人慈恵大学 広報課
メール:koho@jikei.ac.jp
電話:03-5400-1280
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