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計算科学で高純度L-メントールを生産する酵素の開発に世界で初めて成功

NEDO

計算科学で高純度L-メントールを生産する酵素の開発に

環境負荷が少なく経済的にも優れたプロセスでの高純度L-メントール製造が可能に


 NEDOの「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」(以下、本事業)において、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)および天野エンザイム株式会社は、分子動力学(MD)シミュレーションをはじめとする機械学習手法を用いて酵素の機能向上、改変に関する研究を行ってきました。今般その成果として、既存のL-メントール合成酵素を計算科学で改変することで、香料としてそのまま利用できる、高純度のL-メントールを合成できる世界初の改良型酵素を開発しました。
 これにより、温和な条件下で特異的に目的反応を行える酵素の特徴を生かして、環境負荷が少なく、経済的にも優れたプロセスでの高純度L-メントール製造につながることが期待されます。本研究で開発された改良型酵素を含む酵素製剤は、天野エンザイムで製品化を進めています。また、この技術の詳細は、2025年2月26日に「Journal of Agricultural and Food Chemistry」に掲載されました。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/135644/152/135644-152-90741cb46403d53cc71dd7b1d69de0d6-960x720.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1 酵素Burkholderia cepacia lipase(BCL)によるL-メントールの生産(提供 産総研)

1.背景
 メントールは特有のミント香、清涼感による冷却効果、鎮痛効果から、食品の添加物、化粧品の香料、医薬品の原料などの幅広い用途に使用される、経済波及効果の大きい製品素材です。その市場規模は2025年末予想で11億5900万ドルに達すると予想されています。元来メントールはハッカ、ミントからの抽出で生産されてきましたが、これらの栽培による増産では供給を賄えないため、近年では工業的な生産が必須となっています。メントールは工業的価値のあるL-メントールと、味や匂いが著しく劣る副産物であるD-メントールの混合物として製造されます(図1)。L-メントールの純度を向上させるためには高度な化学合成プロセスが必要です。このため、化学合成と比べて温和な条件下で反応が可能であり、環境負荷が少ない酵素を利用したバイオテクノロジーによる工業的合成が注目されています。本研究の対象であるBurkholderia cepacia lipase(BCL)はL-メントールの純度向上に有力であると注目される候補の一つでした。
 本事業※1は、遺伝子設計に必要となる精緻で大規模な生物情報を高速に取得するシステム、細胞内プロセスの設計、ゲノム編集などを産業化するための技術開発を行い、これらを利用して植物などによる物質生産機能を制御・改変することで、省エネルギー・低コストな高機能品生産技術の確立を目指して実施しました。その一環として、産総研は分子動力学(MD)シミュレーション※2や機械学習をはじめとする計算手法を用いて、酵素の機能向上や改変に関する研究を行ってきました。今回は、この計算科学の技術を天野エンザイムが有する酵素BCLへ適用し、高純度L-メントールを生産できる改良型BCLを開発しました。
2.今回の成果
(1)MDシミュレーション・変異設計
 酵素改良の研究では、酵素を構成するアミノ酸を別のアミノ酸に置き換えた改変型酵素(変異体)を作成することで酵素機能の向上を狙いますが、変異体のパターンは無数に存在します。本研究では、産総研がL-メントールの純度向上に寄与する可能性が高いアミノ酸改変部位を絞り込み、天野エンザイムが行う検証実験の数を大幅に削減することで、開発期間の短縮と省力化、コスト低減を図りました。
 BCLはメントールの原料であるL-メンチル酢酸(L体)とD-メンチル酢酸(D体)の混合物から、L体と特異的に結合し、L-メントールを生産します。しかしL体とD体は構造が非常に似ているため、D体とも結合してD-メントールを生産してしまうことがあります(図1)。酵素の基質特異性を向上させるには、基質の微細な構造の違いに対応する改変部位を特定する必要があります。そのためMDシミュレーションを用いて、BCLとL体およびD体の多様な複合体構造を生成しました。また、それらの酵素と基質の複合体情報をもとに、産総研が開発した計算科学による酵素改変技術MSPER※3により、L体との結合にはほとんど影響を与えず、D体との結合を不安定化させる酵素のアミノ酸改変部位の予測を行いました。

(2)変異酵素のラボ評価
 MSPERによる予測をもとに計19種の変異体を作成し、検証実験を行いました。その結果、L-メントールの純度が向上(最大99.4%ee)するだけでなく、その変換率も大幅に向上した(最大約3.7倍)五つの変異体を見いだしました(図2)。光学異性体であるL-メントールとD-メントールを工業スケールで分離し、純度を上げることは困難です。そのため、香料としてそのまま利用できる99%ee以上の純度を達成するBCLが望まれていましたが、今回の変異体はこの基準を超えています。本酵素の開発は、温和な条件下で特異的に目的反応を行える酵素の特徴を生かして、環境負荷が少なく、経済的にも優れたプロセスでの高純度L-メントール製造につながると期待されます。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/135644/152/135644-152-a1897004f7209ad1c2f11c4c36399c12-1280x720.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2 オリジナルBCL(●)と五つの改良型BCL(○)の純度と変換率 ※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


3.今後の予定
 本研究で開発された改良型酵素を含む酵素製剤は、天野エンザイムで製品化を進めています。また、この技術の詳細は、2025年2月26日に「Journal of Agricultural and Food Chemistry」※4に掲載されました。高機能酵素製剤の供給は、環境負荷が少なく、経済的にも優れた工業化プロセスの開発につながります。計算科学による酵素設計技術を活用して、省エネルギー・低コストに高機能品生産をする「スマートセルインダストリー」の実現に貢献します。

【注釈】
※1 本事業
事業名:「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」プロジェクト
事業期間:2016年度~2021年度
事業概要:植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発  https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100118.html
※2 分子動力学(Molecular Dynamics, MD)シミュレーション
酵素や基質などの分子をコンピューター上に再現し、構成する原子間に働く力を計算することで、時間経過による分子の構造変化を追跡できる計算手法です。
※3 MSPER(Mutation Site Prediction method for Enhancing the Regioselectivity of substrate reaction sites)
酵素と基質の複合体の構造情報をもとに、目的生成物の生成をできるだけ維持しながら、副産物の生成を阻害するための置換候補となるアミノ酸部位を提案する解析法です。(引用文献:J. Ikebe et al. Sci. Rep. (2021) 11, 19004)
※4 「Journal of Agricultural and Food Chemistry」
掲載誌:Journal of Agricultural and Food Chemistry
論文タイトル:Computational design of Burkholderia cepacia lipase mutants that show enhanced stereoselectivity in the
production of L-menthol
著者:Jinzen Ikebe, Kazunori Yoshida, Satoru Ishihara, Yoichi Kurumida, Tomoshi Kameda
DOI:10.1021/acs.jafc.4c09949

プレスリリース提供:PR TIMES

計算科学で高純度L-メントールを生産する酵素の開発に

記事提供:PRTimes

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