【大阪工業大学】世界で最も孤立した雪氷圏・ハワイ島マウナケア山で雪氷藻類による「赤い雪」を発見
学校法人常翔学園

微生物の地球規模の分散と気候変動との関わりを示す
山梨大学総合分析実験センターの瀬川高弘講師、千葉大学大学院理学研究院の竹内望教授、大阪工業大学工学部の松崎令講師、広島大学大学院統合生命科学研究科の米澤隆弘教授らの国際研究チームは、世界で最も孤立した雪氷圏の一つであるハワイ島マウナケア山の山頂部の残雪に、北極や南極などの積雪上に繁殖する微生物である雪氷藻類注1)を確認しました。この藻類の大繁殖は雪を赤く染め、赤雪と呼ばれる現象を引き起こすことで知られています。遺伝子解析の結果、今回発見された雪氷藻類には、約25万年前に他地域の集団から分かれて独自に進化してきたハワイ島固有の系統群と、世界各地に分布する広域分布系統の二つのグループが含まれることが判明しました。本成果は、雪氷環境に適応した微生物が長期的な気候変動を通じて世界規模で分散し、各地域で固有種へ進化することを明らかにしました。温暖化が進む現在において、雪氷上の希少な生態系とその遺伝的多様性を保全することの重要性を示しています。
▪️研究の背景
雪氷藻類は、北極や南極、世界各地の高山の雪の上で融雪期に繁殖する単細胞性の光合成微生物で、一部の種は大繁殖して雪を赤く染め、「赤雪」と呼ばれる現象を引き起こすことが知られています。
赤雪は古代ギリシャのアリストテレスの時代から知られ、ダーウィンもアンデス山脈で遭遇したことを記録に残しているなど、古くから世界各地で見られる現象です。赤い色は、雪氷藻類が雪の上の強い紫外線から身を守るために細胞内に蓄積した赤い色素(アスタキサンチン)に由来します。雪氷藻類は、雪氷生態系の重要な一次生産者として機能するとともに、雪面のアルベド(反射率)を低下させることで融雪を促進し、地球の気候システムにも影響を与えています。しかし、世界各地に分布する雪氷藻類が、いつ、どのように地球上の雪氷圏に広がったのかは、謎のままでした。
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ハワイ島のマウナケア山(標高4,207メートル)は、熱帯に位置しながらも、冬季に降雪があることが知られています。太平洋中央部に位置し、最も近い大陸から約3,900キロメートル離れたハワイ島の雪に、雪氷藻類が繁殖して赤雪現象が起こるかどうかについては、今まで科学的確認例はありませんでした。
マウナケア山の積雪は、通常は早春までに雪が消失してしまい、赤雪の発生は期待できません。しかしながら、エルニーニョ・南方振動(ENSO)注2)がラニーニャ注2)となる年には、低温と多雪により、雪が長期間残存することがあります。2023年はラニーニャの影響が残り、2月の大雪に続いて3~4月にも降雪があり、平年より低い気温が続いた結果、7月末まで雪が残る異例の年となりました。過去33年間で最も長期間残った積雪が、ハワイ島での赤雪現象を初めて発見することにつながりました。また、この地理的孤立と稀な気象条件の組み合わせから、雪氷藻類の世界的な分散過程について重要な事実が明らかになりました。
▪️研究の成果
本研究では、ハワイ島マウナケア山で発見された赤雪中の主要な雪氷藻類の系統と、その到来・定着の歴史を明らかにするため、2021年と2023年に採取した雪試料に対して細胞形態の観察、色素分析、ITS2領域注3)を用いたDNA解析を行いました。顕微鏡観察の結果、マウナケア山の赤雪中の雪氷藻類の形態は、世界各地の赤雪にみられる雪氷藻類と類似していました。また、細胞中の主要色素は、一般の雪氷藻類と同様にアスタキサンチンであることがわかりました。
一方、遺伝子解析の結果、マウナケア山の赤雪から検出された雪氷藻類の遺伝子型の約95%(313/328)がハワイ島固有の系統という、群集の際立った固有性が示されました。また、その遺伝子型は、主として二つのグループに分類されました。一つは「クロロモナディニア(Chloromonadinia)」と呼ばれるグループで、群集の主要な構成群であり、複数のハワイ島固有の系統を含んでいました。もう一つは世界各地に広く分布する「サングイナ属(Sanguina)」の広域分布型で、ハワイ島では季節の後半、雪が長く残る局面で顕著に増加する傾向が見られました。季節の進行に伴い両者の相対的な割合が変わり、6月にはクロロモナディニアのハワイ島固有系統が優勢だった地点でも、7月には世界に普遍的に分布するサングイナ属の比率が上昇するなどの変化が確認されました。
さらに、各遺伝子型の系統関係を詳しく調べたところ、クロロモナディニア内のハワイ島固有系統は、ハワイ島内で長期にわたって進化したことが示唆されました。分子進化解析の結果、最大のハワイ島固有系統 (ハワイ島クレード1) は、約25万~13万年前にハワイ島に到来し、その後、島内で独自に進化してきたと推定されました。この時期は、かつてマウナケア山が氷河で覆われていたという寒冷期、ポハクロア氷期注4)(MIS6)注5)と重なっています。つまり、クロロモナディニアのハワイ島固有系統は寒冷期にハワイ島へと飛来し、一部が長期的に定着・多様化したものと解釈できます。対照的に、マウナケア山の赤雪中のサングイナ属の一部は、現在世界各地で報告されている本属の種とITS2配列が完全に一致していました。このことは、雪氷藻類でも種によっては現代の大気循環を介した長距離分散により不定期にハワイ島へ到来し、2023年のような雪が長く残る年は赤雪を引き起こすほど繁殖することが可能となると考えられます。
以上のように、マウナケア山で発見された赤雪は、長い時間をかけて島で根づいた固有系統の藻類と、遠方から時折飛来して短期間で増える広域分布型の藻類の繁殖で引き起こされることがわかりました。これは、それぞれの藻類の異なる分散・定着プロセスが同所的に交錯して成立する現象です。熱帯でありながら高標高に雪が長期的に残るという地理・気候の稀少性が、この複合的な仕組みを支えていることがわかりました。
▪️今後の展望
この研究は、地球上で最も孤立した雪氷圏で赤雪を発見したことにより、寒冷環境に特化した微生物が、地球上でどのように分散、進化するのかを解明した、生物地理学上の重要な成果です。約25万~13万年前の氷河期にハワイ島に到来した雪氷藻類が、その後独自の進化を遂げていたという事実は、超長距離分散と島嶼(とうしょ)における適応進化のメカニズムを具体的に示す貴重な証拠となります。また、同一の山域において長期スケールで進化した固有系統と、現在も継続的に飛来する広域分布系統が共存するという現象は、微生物生態学における新たな知見として注目されます。
同時に、この発見は気候変動への警鐘でもあります。気候モデル研究では、今世紀末にかけてマウナケア山の降雪頻度や残雪期間のさらなる減少を示唆する報告があり、長期にわたり形成されてきたハワイ島固有の遺伝的多様性が将来的に失われるリスクが高まる可能性があります。
今後は、地球温暖化によって消滅が危惧されている熱帯から温帯の高山域を含む雪氷圏で、同様の調査を拡大していく予定です。寒冷環境でのみ繁殖できる特殊な微生物の分布と進化史の研究は、地球環境変動に対する生命進化の過程や地球外生命探査への応用も期待される研究分野です。本研究は、気候変動時代における希少生態系の把握と保全に向けた科学的手法を提供するものとして、国際的な研究協力の基盤となることが期待されます。
▪️用語説明
注1)雪氷藻類:雪や氷の上で繁殖する藻類の仲間で、寒冷環境に適応した特殊な光合成微生物。細胞内にアスタキサンチンなどの赤い色素を蓄積し、強い紫外線から身を守る。高密度で繁殖すると雪が赤く見える「赤雪」現象を引き起こす。残雪の消失といった生息環境の悪化に対応して厚膜胞子を形成し、環境が改善するまで休眠する。
注2)エルニーニョ・南方振動(ENSO)、ラニーニャ:太平洋赤道域の海洋と大気の相互作用による気候変動現象。エルニーニョ現象では東太平洋の海面水温が上昇し、干ばつや豪雨など世界各地で異常気象が発生。ラニーニャ現象では逆に海面水温が低下する。これらと連動する大気圧変動(南方振動)と合わせてENSOと呼ぶ。
注3)ITS2領域:真核生物のリボソームRNA遺伝子の内部転写スペーサー(Internal Transcribed Spacer 2)領域。塩基配列の変化が比較的速く、近縁種の識別や系統内の多様性解析に広く用いられる。
注4)ポハクロア氷河期:約19万~13万年前にマウナケア山を覆った氷期。当時、山頂域は厚い氷帽に覆われ、現在より低温の環境が続いていた(約7℃低い気温)。
注5)MIS(海洋酸素同位体ステージ):地質年代の気候区分。MIS6は約19万~13万年前の氷期を指し、最終氷期(MIS2、約2万年前)より古い寒冷期である。
<発表論文>
論 文 名:Colonization history of snow algae on Hawai'i Island
(ハワイ島における雪氷藻類の定着史)
掲 載 誌: The ISME Journal
著者:瀬川高弘(山梨大学総合分析実験センター 講師)
竹内望(千葉大学大学院理学研究院 教授)
松崎令(大阪工業大学工学部 講師)
米澤隆弘(広島大学大学院統合生命科学研究科 教授)
吉川謙二(アラスカ大学フェアバンクス校水環境研究センター 教授)
URL:
https://doi.org/10.1093/ismejo/wraf197
オンライン公開日: 2025年9月5日
<研究サポート>
本研究は、JSPS科研費(課題番号:21H03588、24K23226、24H00260)の支援を受けて実施されました。また、現地調査はマウナケア管理センター(CMS)、ハワイ州土地天然資源局(DLNR)、自然地域システム委員会(NARS)の協力を得て行われました。
<図および説明>
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図1:マウナケア山における積雪の写真 左図:2021年1月21日、右図:2021年3月26日
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図2:マウナケア山頂部でのサンプリングの様子 コンタミネーション防止のため白衣を着用し、無菌的手法で採取
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図3:ITS2配列に基づくマウナケア山の赤雪中のハワイ島固有系統および広域分布系統の割合
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図4:ハワイ島固有系統を含むクロロモナディニア雪氷藻類の進化系統樹 ITS2を用いた解析により、ハワイ島で発見された雪氷藻類(赤点)と世界各地の同グループ藻類がどの時期に共通祖先から分岐したかを推定。数値は分岐年代(年前)を示す。比較対象は南極・北極・中緯度地域の雪氷、中央アジアの氷河コア、および世界の遺伝子データベースから得られた同グループの藻類。
プレスリリース提供:PR TIMES




記事提供:PRTimes