RNAステムループの折りたたみダイナミクスを分子動力学シミュレーションで再現 ~RNAのデザインや創薬分野への応用に期待~
東京理科大学

【研究の要旨とポイント】
分子動力学(MD)シミュレーションは、生体分子の原子レベルの構造およびダイナミクスをコンピュータ上で再現する手法として広く用いられています。しかし、RNAのダイナミクスは極めて複雑であり、予測精度には依然として課題が残されています。
本研究では、MDシミュレーション手法の工夫により、RNA立体構造の基本要素であるステムループの折りたたみ過程を原子レベルで再現することに成功しました。
本成果は、RNA分子のデザインや創薬分野での応用につながることが期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 先端工学部 電子システム工学科の安藤 格士准教授は、RNAの三次元立体構造を構成する基本的な要素であるステムループが、どのように折りたたまれて立体構造を形成するのかを、分子動力学(MD)シミュレーションによって原子レベルで再現することに成功しました。本研究成果は、RNAの構造‧動態‧機能をより信頼性の高い計算モデルに基づいて理解・予測するための重要な前進であり、RNA分子のデザインや創薬分野への応用にもつながることが期待されます。
RNAは、タンパク質合成、遺伝子発現の調節、触媒作用、遺伝情報の保持など、多様な生物学的プロセスに関与する重要な分子です。近年では、RNAを基盤とした治療薬、ワクチン、診断法などの開発が進み、創薬分野における応用が大きく広がっています。RNAの機能は、その構造や動態(ダイナミクス)と密接に関連しているため、機能解析や予測には、高精度な構造予測に加え、動的挙動を正確に捉えることが不可欠です。近年、ディープラーニング、AIを用いた手法により、RNA構造の高精度かつ効率的な予測が可能となってきましたが、RNAのダイナミクスに関しては、基本構造であるステムループでさえも、正確なモデル化は依然として困難です。
そこで本研究では、RNAダイナミクスの中でも最も基本的なステムループの折りたたみ過程全体を、原子レベルのMDシミュレーションによって再現することを目的としました。
MD計算には、米国D. E. Shawらが開発したRNA用分子力場(*1)と、一般化ボルン暗黙的溶媒モデル(*2)を組み合わせることで、10~36残基からなる配列・長さの異なる23種類のRNAステムループの折りたたみ過程をシミュレーションすることに成功しました。従来の研究では、10残基程度の単純なステムループ2~3種類の折りたたみ例に限られていたため、本研究はそれらを大きく上回る規模と複雑性を扱っており、RNAモデリングの精度向上に向けた重要な進展を示しています。
RNAシステムを原子・分子レベルでコンピュータシミュレーションすることは、RNAの構造・ダイナミクス・機能の関係を理解する上で不可欠です。本研究成果は、MDシミュレーションによってRNAの三次元立体構造およびその動的挙動を正確にモデル化するためのマイルストーンであり、RNA分子の設計や創薬分野への応用に向けた基盤となることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月26日に
国際学術誌「ASC Omega」にオンライン掲載されました。
[画像1: 
https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/203/102047-203-27403a3d3f3233bfc6978d0f8b7d31f0-2688x2700.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1今回の研究でシミュレーションを行った26種類のRNAステムループの二次構造
[画像2: 
https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/203/102047-203-488a8cf11e88057d5d8ce2de7adab669-3900x3572.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2シミュレーションで得られたRNAステムループ構造と実験で得られた構造との比較
https://youtube.com/shorts/rdMR_3ORppM
RNAステムループ折り畳みシミュレーションの動画(モデル名:2LDL)
【研究の背景】
RNAは、タンパク質合成、遺伝子発現の調節、触媒作用、遺伝情報の保持など、数多くの生物学的プロセスに関与する分子であり、極めて多様な機能を担っています。RNA分子は、4種類の塩基(アデニン〔A〕、ウラシル〔U〕、グアニン〔G〕、シトシン〔C〕)からなる直鎖状のポリマーであり、その塩基配列は一次構造と呼ばれます。RNAは鎖内の塩基対形成により、ステム、ループ、バルジなどの局所構造(二次構造)を形成し、さらに二次構造間の相互作用によって複雑な三次構造が構築され、生体内で機能を発揮します。したがって、RNAの生物学的機能は、その構造および動的挙動(ダイナミクス)と密接に関連しています。
近年、ディープラーニングをはじめとするAI技術の急速な進展により、RNAの立体構造を高精度かつ効率的に予測する手法が開発されつつあります。一方で、RNAのダイナミクスをモデル化する手法としては、分子動力学(MD)シミュレーションが長年にわたり活用されてきました。MD法は、分子間の相互作用エネルギーに基づいて、原子レベルかつ高時間分解能で構造変化を追跡することが可能な計算手法であり、タンパク質、DNA、RNAなどの生体高分子における構造・ダイナミクス・機能の関係を解析する上で有効です。
RNAは非常に柔軟性の高い高分子であり、機能に関わる複雑なダイナミクスは、配列や環境条件に応じてミリ秒~秒単位の時間スケールで生じます。しかしながら、従来のMDシミュレーションでは、計算負荷の制約により、マイクロ秒程度の運動しか追跡できず、RNAの多様な構造における長時間ダイナミクスを精度高くモデル化することは依然として困難でした。
そこで本研究では、RNA分子を原子レベルで扱いつつ、溶媒である水分子を明示的にモデル化せず、一般化ボルン非明示的溶媒モデルを用いて連続体として近似することで、高速かつ効率的なMD計算を実現しました。具体的には、10~36ヌクレオチドからなる26種類のRNAステムループを対象とし、それらが広がった状態からステムループ構造を形成するまでの折りたたみダイナミクスを解析しました。
【研究結果の詳細】
本研究では、18種類の単純なステムループ(クラスI)および8種類の内部ループやバルジを含むステムループ(クラスII)、計26種類のRNAステムループを対象に、折りたたみ過程のMDシミュレーション解析を行いました(図1)。これらのモデルの一部には、標準的なWatson-Crick塩基対に加え、Wobble塩基対やミスマッチ塩基対といった非標準的な塩基対も含まれています。
すべてのモデルに対して、伸張状態から開始し、独立した3回の4 μsまたは8 μsのMDシミュレーションを実施しました。その結果、クラスIの全モデルにおいて、実験で観測された塩基対の再現率を示すQ値(*3)が1.0、かつ、実験構造とのずれを示すRMSD値(*4)が分子全体で5.0 Å未満の構造がシミュレーション中に出現することが確認されました。
さらに、MDで得られた構造をk-means法(*5)により20のクラスターに分類したところ、クラスIの18種類中15種類において、最大密度のクラスターの代表構造が実験構造と良好に一致し、Q値は1.0、RMSD値は4.4 Å未満でした。これは、実験構造に近い折りたたみ状態がMD計算内でも安定に存在することを示しています。残る3モデルのうち、1R4Hおよび1IDVでは、Q値1.0かつ低RMSDの構造が大きなクラスターを形成しており、2EVYではQ値1.0の構造は得られたものの、大きなクラスターは形成されませんでした。
一方、クラスIIのモデルでは、5種類(17RA、2KF0、1ANR、1R2P、1N8X)においてQ値1.0の折りたたみ構造が得られました。17RAおよび2KF0では、最大密度のクラスターの代表構造が実験構造に近く(RMSD < 3 Å)、1ANRおよび1N8XではRMSDはやや高いものの(5.9 Å、4.8 Å)、それぞれQ値1.0および0.7を示しました。1R2Pでは、第16クラスターの代表構造が最小RMSD値8.3 Åを示し、Q値は1.0でした。
これらの結果は、RNAの力場パラメータと一般化ボルン非明示的溶媒モデルを組み合わせたMDシミュレーションにより、多様なRNAステムループの折りたたみダイナミクスを高精度にモデル化できることを示しています。
加えて、本研究では折りたたみメカニズムの解析に加え、計算モデルの限界とその改善法についても検討しました。RNAの二重鎖領域(ステム)ではRMSDが2 Å未満と高精度なモデリングが可能でしたが、一本鎖のループ領域ではRMSDが約5 Åと精度が低く、柔軟性が実験よりも過剰に抑制されていることが明らかとなりました。
そこで、RNAの力場パラメータは変更せず、溶媒モデルを水分子として明示的に扱うMD計算を実施したところ、ループ構造の再現性が向上することが確認されました。これらの結果から、RNAのシミュレーション精度、特にループ領域のモデリング精度を向上させるためには、RNAの力場パラメータよりも、一般化ボルンモデルの精度向上が重要であるとの結論が得られました。 
本研究は、東京理科大学の資金的支援を受けて実施されました。
【用語】
*1  RNA用分子力場
分子内および分子間の原子同士がどのように相互作用するかを数式で表現したモデルのこと。MDシミュレーションにおいて、原子の運動や分子の構造を予測するための基盤とる。本研究では、米国のD. E. Shawグループが開発したRNA専用力場を用いた。
*2  一般化ボルン暗黙的溶媒モデル
分子シミュレーションにおいて溶媒(主に水)の影響を効率的に近似するための手法の一つ。水分子を個別に扱わずに連続体として近似する「非明示的溶媒モデル」の一種。本研究ではGB-neck2モデルを採用した。
*3 Q値
シミュレーションなどで得られた構造が、実験で得られた構造とどれだけ一致しているかを評価する指標のひとつ。特にRNAやタンパク質の折りたたみ構造解析において、塩基対やアミノ酸残基間の接触(コンタクト)がどれだけ再現されているかを定量的に示す。
*4 RMSD(Root Mean Square Deviation、二乗平均平方根偏差)
分子構造の類似性を定量的に評価する指標のひとつ。シミュレーション構造と参照構造(実験構造など)との間で、原子の位置が平均してどれだけの距離ずれているかを表す。
*5 k-means法
教師なし学習の代表的なクラスタリングアルゴリズムであり、データを指定した数(k個)のグループ(クラスタ)に分割する手法。
【論文情報】
雑誌名:ASC Omega
論文タイトル:Molecular Dynamics Simulations of RNA Stem-Loop Folding Using an  Atomistic Force Field and a Generalized Born Implicit Solvent
著者:Tadashi Ando
DOI:
10.1021/acsomega.5c05377
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https://www.tus.ac.jp/today/archive/20251030_3376.html)をご参照ください。
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