サルはなぜB型肝炎ウイルスに感染しないのか
横浜市立大学
~ウイルス感染の「種間の壁」が生じる要因を解明~
研究の要旨とポイント
B型肝炎ウイルスは胆汁酸輸送体(NTCP)を介してヒトやチンパンジーに感染しますが、遺伝系統的に近いアカゲザルやカニクイザルには感染しません。
カニクイザルとヒトのNTCPの立体構造を調べた結果、サルNTCP内の二か所で、ウイルスの結合を回避する構造を形成していることがわかりました。一方で、ヒトNTCPの相同な部位はウイルスに結合しやすい構造を形成していました。
本研究成果をさらに発展させることにより、B型肝炎ウイルスの感染メカニズムの全容解明や、ウイルスの動物間伝播のリスク評価法につながると期待されます。
研究の概要
東京理科大学大学院 創域理工学研究科の塩野谷 果歩大学院生(2024年度 博士課程3年)、東京理科大学大学院 理工学研究科の渡士 幸一客員教授(国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター 治療薬開発総括研究官)、横浜市立大学大学院 生命医科学研究科の朴 在鉉(パク ジェヒョン)研究員(研究当時)、浴本 亨助教、池口 満徳教授、朴 三用(パク サンヨン)教授、京都大学大学院 医学研究科の野村 紀通准教授らの共同研究チームは、クライオ電子顕微鏡(*1)および分子動力学シミュレーションを用いてサルとヒトの胆汁酸輸送体(NTCP, *2)の立体構造およびダイナミクスを比較し、遺伝子改変と感染実験によりB型肝炎ウイルス(HBV, *3)受容体としての機能性を決定するメカニズムを明らかにしました。これにより、ウイルスが感染するかどうかを左右するNTCPの構造的特徴を明らかにしました。
本研究成果は、2024年10月25日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
研究の背景
B型肝炎は、B型肝炎ウイルス(HBV)に感染することによって発症する肝臓の疾患です。世界で2億5千万人以上が罹患しており、肝硬変や肝臓がんにより毎年百万人以上が死亡すると推計されています。しかしながら、慢性B型肝炎を完治する効果的な治療法は、依然として確立されていません。
肝細胞の表面には、ナトリウム濃度勾配を利用して血中の胆汁酸を肝細胞に取り込む胆汁酸輸送体(NTCP)が存在し、脊椎動物全般がこれを持っています。HBVが宿主動物の肝細胞に接触すると、HBVの表面タンパク質内のpreS1と呼ばれる領域(*4)がこのNTCPと特異的に結合することで細胞内に取り込まれ、感染を引き起こします。このような、ウイルスが感染の足場として利用する細胞側分子を受容体と言います。
HBVは、ヒトやチンパンジーには感染しますが、遺伝系統的に近いアカゲザルやカニクイザルなどの旧世界ザルには全く感染しないことが知られています。カニクイザルNTCP(mNTCP)は、ヒトNTCP(hNTCP)と96.0%の高いアミノ酸相同性を示すにも関わらず、受容体として働きません。しかし、このわずかなアミノ酸配列の違いによって、mNTCPがなぜHBVの受容体とならず、これらのサルに感染しないかは、わかっていませんでした。
今回、胆汁酸と結合したmNTCPのクライオ電子顕微鏡構造を解明しました。最近、本研究チームが明らかにしたhNTCP-preS1複合体の構造 (※1)と比較することにより、mNTCPがHBV受容体として機能しない理由を明らかにしました。
※1: 東京理科大学プレスリリース(2024年1月18日付)
「B型肝炎ウイルスが感染受容体に結合するしくみを解明」
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20240118_2358.html
研究結果の詳細
クライオ電子顕微鏡構造、遺伝子変異導入、ウイルス感染、胆汁酸輸送、分子動力学(MD)シミュレーションなどを用いた各種解析を行い、mNTCPとhNTCPの構造を比較した結果、preS1との結合において、NTCP分子内の主に2つの部位がHBV受容体として機能するかどうかを決定していることがわかりました(図)。
1つ目は、NTCPの胆汁酸トンネル入口に位置する158番目のアミノ酸が、hNTCPではグリシン(G158)、mNTCPではアルギニン(R158)である点です。側鎖がないグリシンによって胆汁酸トンネル入口が広いhNTCPにはpreS1がぴったりはまり込むのに対し、アルギニンの大きな側鎖によって胆汁酸トンネル入口が狭いmNTCPには、アルギニン側鎖との衝突でpreS1がはまり込めないことが明らかになりました。また、グリシン以外のすべてのアミノ酸ではアルギニンと同様、preS1との結合を形成できないことも示されました。158番目のアミノ酸の位置は胆汁酸結合部位からは遠く、胆汁酸取り込み機能には関係しないこともわかり、この部位のアミノ酸変異は胆汁酸取り込み機能に変化なく、HBV受容体機能を特異的に変換させることが示唆されました。
2つ目は、NTCPの細胞外表面に位置する86番目のアミノ酸が、hNTCPではリシン(K86)、mNTCPではアスパラギン(N86)である点です。hNTCPのリシンの長い側鎖はpreS1をNTCP細胞外表面に強固につなぎ止め、安定な結合を形成しますが、側鎖が比較的短いアスパラギンでは、preS1の動的な揺らぎを抑える力が低く、preS1結合が不安定になると考えられます。
またさらに、hNTCPへのpreS1結合も胆汁酸存在下では阻害されますが、これはhNTCPの胆汁酸トンネル内に長鎖胆汁酸が存在すると、その尾部の長鎖が引き起こす立体障害によって、preS1がhNTCPにはまり込めないためであることがわかりました。
以上の結果から、mNTCPではR158が引き起こす立体障害とN86での結合不安定性の二か所によって、preS1結合によるHBV受容体機能を失っていることが明らかとなりました。また、hNTCPでも内因性基質である長鎖胆汁酸によりpreS1結合が妨げられることも判明しました。
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/100224/500_241_20241202125602674d2fd29b73e.jpg
図. HBV preS1結合はmNTCPタンパク質の2つの領域によって妨害される。
(a) mNTCP(シアン)-胆汁酸(オレンジ)複合体のクライオ電子顕微鏡構造。
(b) mNTCP (シアン)とHBV preS1(赤) (PDB: 8HRX) の仮想的重ね合わせ。
(c) mNTCPの86番目アスパラギン(青)によってHBV preS1結合は不安定となる。
(d) mNTCPの158番目アルギニン(青)によってHBV preS1の結合は妨害される。
本研究は、hNTCPと96.0%ものアミノ酸が相同なmNTCPがHBV受容体となり得ない理由を、タンパク質構造の特徴の違いから明らかにしたものです。これによって、なぜサルがHBVに感染しないかの本質が理解できました。サルは、胆汁酸輸送能力を損なうことなくHBV感染を回避する機構を、進化の過程で獲得してきたと考えられます。
本研究を主導した東京理科大学大学院の渡士幸一客員教授は、「ヒトとサルは進化的近縁種で、ゲノム配列が似ているにもかかわらず、サルはHBVに感染しません。このような『種間の壁』は、異なる動物からさまざまなウイルスの流入を守る役割を果たしています。一方、ウイルスの方もこの壁を何らかの方法で越える機会をうかがっていて、そこにウイルスと宿主の攻防があります。新型コロナウイルスのパンデミックも他の動物から種間の壁を越えてヒトに感染することで発生したと考えられており、種間の壁の実態を明らかにすることは大変重要です。私たちは『サルに学ぶ』という観点で研究を進めてきました。今回の研究成果は、ウイルスが動物種を越えて流入・伝播するリスクを考察する上で有用な情報です」と、コメントしています。
研究助成
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)、日本学術振興会科研費等の支援を受けて行われたものです。
用語
*1 クライオ電子顕微鏡
試料を急速に凍結して、電子顕微鏡で観察する手法。タンパク質などの生体分子の構造解析を行うことができる。2017年、この技術を開発した科学者にノーベル化学賞が授与されている。
*2 胆汁酸輸送体(NTCP)
肝細胞の基底膜表面に存在し、血中の胆汁酸を肝細胞内に取り込む膜タンパク質。また、B型およびD型肝炎ウイルスの受容体として働くことが知られている。
*3 B型肝炎ウイルス(HBV)
B型肝炎の原因となるウイルスであり、肝臓の炎症(肝炎)を引き起こす。長期にわたって感染すると、肝硬変、肝臓がんの発症につながる。
*4 preS1領域
B型肝炎ウイルス粒子に存在する表面タンパク質のN末端領域であり、受容体との結合を担う。preS1がNTCPに結合することで、ウイルス粒子を宿主細胞膜に吸着させ、細胞内に感染する。
論文情報
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Structural basis for hepatitis B virus restriction by a viral receptor homologue
著者:Kaho Shionoya, Jae-Hyun Park, Toru Ekimoto, Junko S. Takeuchi, Junki Mifune, Takeshi Morita, Naito Ishimoto, Haruka Umezawa, Kenichiro Yamamoto, Chisa Kobayashi, Atsuto Kusunoki, Norimichi Nomura, So Iwata, Masamichi Muramatsu, Jeremy R. H. Tame, Mitsunori Ikeguchi, Sam-Yong Park and Koichi Watashi
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41467-024-53533-6
発表者・研究者等情報
塩野谷 果歩 東京理科大学大学院 創域理工学研究科 大学院生
渡士 幸一 東京理科大学大学院 創域理工学研究科 客員教授(国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター 治療薬開発総括研究官)
朴 三用(パク サンヨン) 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 教授
池口 満徳 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 教授
浴本 亨 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 助教
朴 在鉉(パク ジェヒョン) 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 研究員(研究当時)
野村 紀通 京都大学大学院 医学研究科 准教授
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記事提供:Digital PR Platform