【横浜市立大学】2次元共役高分子を巻き上げる
横浜市立大学

―世界最高レベルのプロトン伝導性を示すチューブ状 COF の合成に成功―
概要
京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 Li Zhuowei氏(博士課程3年)・Paitandi Rajendra氏(日本学術振興会研究員)・筒井 祐介助教・松田 若菜氏(博士研究員)・信岡 正樹氏(博士課程3年)・Chen Bin氏(博士課程3年)・鈴木 克明助教・梶 弘典教授・Samrat Ghosh氏(日本学術振興会研究員)・田中 隆行准教授・須田 理行准教授・関 修平教授は、同研究科物質エネルギー化学専攻・Zhu Tong准教授・陰山 洋教授、名古屋大学大学院工学研究科有機・高分子化学専攻 三宅 由寛准教授(現兵庫県立大学教授)・忍久保 洋教授、横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 高木 牧人特任助教・島崎 智実准教授・立川 仁典教授、東京科学大学 安藤 康伸准教授、および東京大学 江崎 貴裕講師と共同で、2次元共役高分子である共有結合性有機構造体(COF)注1を巻き上げて、1次元構造を有するナノチューブを創り出すことに成功しました。また、この構造体が世界最高レベルの高いプロトン伝導性を示すことも明らかにしました。
共有結合性有機構造体(COF)は、用いる分子の組み合わせでさまざまなトポロジーを有する周期構造を構築することができます。その多くは平面状のシート構造になり、それが積み重なることで固体物性が発現します。これは炭素のシートであるグラフェン注2が積み重なってグラファイト(黒鉛)が得られることと似ています。一方、シートが巻き上がってチューブのような形状になればカーボンナノチューブ(CNT)に類似した構造が得られ、その1次元性に起因する特徴的な物性の発現が期待されます。しかしながら、COFでこのようなナノチューブ構造を得た例は非常に限られていました。
本研究では、ピレンユニットの2つの炭素原子を窒素原子で置換したジアザピレン注3を構成単位として繰り返したシート状のCOFが液液界面において自発的に巻き上がることで、1次元チューブ状構造が得られることを発見しました。逆に、得られたチューブ状構造の分散液に超音波を照射すると、チューブ構造が巻き戻ってシートに戻ることも確認しました。さらに、電気化学インピーダンススペクトル測定注4によりプロトンの伝導特性を評価したところ、σ = 1.98 Scm-1(単位の読み方はジーメンス毎センチメートル)という世界最高レベルのプロトン伝導性を示しました。
本研究成果は、2025年4月16日(現地時間)に、米国の国際学術誌「Proceedings of National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)」に掲載されました。
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図 チューブ状COFの形成法。シート状のジアザピレンCOFが巻き上がる(Formation)ことでチューブ構造が得られる。逆に、超音波照射(Sonication)によってチューブがシートに巻き戻る。
1.背景
2次元に拡がった電子共役系を持つ物質としてよく知られたグラフェンは、その2次元のシートが巻きあげられてチューブ状になったCNTとよく対比されます。グラフェンに規則的に穴が開いた構造としてCOFを捉えると、その穴の部分には必ず炭素の代わりに水素などの終端化学結合が存在し、それらがぶつかり合うため、どうしても完全な平面構造からはずれが生じてしまいます。本研究グループは、このずれの原因となる炭素-水素結合部位を、炭素の代わりに窒素を用いて水素そのものを無くしてしまうことによって、平面に近いCOF構造の形成に取り組んできました。
COFは高分子材料の一種と捉えることもできますが、高分子がその鎖の形を柔軟に変えることによってその材料としての特性の多くを担っているのに対し、COFは平面構造が規則的に積み上がることで、結晶としての特性を強く有している点で決定的に異なります。COFはこのような規則性をもとに、穴の部分がつながり合い、軽く丈夫で、広大な表面積を持った多孔質材料としてさまざまな利用が考えられてきました。
2.研究手法・成果
グラフェンとCNTの関係から類推されるように、平面に近いCOFを巻いてチューブ状の構造を形成することもできるはずです。本研究では、2次元のシートを規則的に巻き上げることで、COFで形成された壁を持つナノチューブを形成できることを、偶然に実験から発見しました。さらに、そのさまざまな機能について議論しました。鍵となる平面型のCOFは、その網目構造の結び目としてジアザピレンと呼ばれる分子を用いることで得られました。COFを通常の方法で合成すると、平面の分子が規則的に積み上がった高い結晶性を有するCOFが得られます。これらは高い表面積に加えて、結び目がきちんと積み上がることによる電子伝導性も同時に有していました。
一方で、COFを合成する際の反応条件、特に使用する溶媒の比率と温度を変更すると、上記の結晶性COFとは決定的に異なる構造が形成されたことを示すX線回折構造が得られました。物質全体としての結晶の比率は決して高くなく、そのままでは“COF合成の失敗作”として見逃してしまうところでしたが、特異なX線の回折ピークをもとに、合成された物質の超微細構造を原子間力顕微鏡・電子顕微鏡で詳細に追跡しました。その結果、図1に示すような1次元のひも状の構造が観測され、これが中空構造を有していること、また壁の部分から強い回折ピークが見られることを発見しました。
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図1.1次元COFナノチューブの微細構造。
このチューブ状の構造は、まさにグラフェンに対してのCNTのような関係にありますが、CNTのように壁が1枚のシートの接合で形成されているわけではなく、ロール紙のように2次元のシートが単純に巻き上がった構造を有しています。また、このチューブが分散した溶媒に超音波を照射すると、図2に示すようにこのロール構造が開き、まさに“ロールの途中の状態”が出現します。
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図2.巻き上がったナノチューブの“巻き戻し”。クライオ透過型電子顕微鏡(Cryo-TEM)により観察。
巻き上がった構造は、壁を形成している1枚のCOFの相互作用、つまりシートが重なりあうと安定化する相互作用によって支配されていると考えられます。その結果、壁においても結晶性のCOFのように分子が規則的に積み上がっています。2次元に拡がった電子共役系が連続しているため、壁の部分は電子伝導性を十分に発揮して通常の電線とは全く逆に、壁の部分が電子伝導性の担い手となることが、時間分解マイクロ波伝導度測定法注5・電子伝導計測法注6によって確認されました。
平面構造を形成するために導入した窒素原子ですが、この窒素原子が有する非共有電子対は、周囲にあるプロトン(水素イオン)を捕まえるユニットとしての機能も有します。そのままであれば、プロトンはCOFの結び目のところに強く捕まり、あまり動くことは想定されません。しかし、周囲に水分子がたくさん存在し、水のネットワーク(水素結合ネットワーク)が形成されていると、窒素とプロトンの相互作用を綱引きのように制御することができます。この“綱引き”の強さは、得られた構造をもとにした理論計算結果から推定され、弱められた相互作用をもとにプロトンの伝導特性を電気化学インピーダンススペクトル測定により評価しました。その結果、σ = 1.98 Scm-1という世界最高レベルの高いプロトン伝導性を示すことが分かったのです。
高いプロトン伝導性の鍵となるのは、壁を形成しているCOFの穴の連続構造に加え、従来の多孔性材料に比べかなり多くの水分子(穴一つ当たり13分子程度)を内部にため込むことができる点です。これらの値は固体NMR測定により実験的に定量され、壁を伝わり出入りするプロトンの移動と、チューブの中の輸送を遮る構造がほとんどないことをもとに、理論的なモデリングによっても確かめられました。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、高い平面性を有するCOFの合成に関する研究の中で、偶然に2次元の平面構造から1次元のチューブ構造へ相互変換できる新しい物質群を発見しました。予測された高い電子伝導性はもとより、世界最高レベルのプロトン伝導性を示す物質であり、共有結合で構成された高い安定性を持つ材料であることを考え合わせると、さまざまな場面で、電子輸送・プロトン輸送材料・膜として利用することができるでしょう。
今後は、この“巻き上がり”構造の制御について追及していきたいと考えています。壁の重なり方の制御から、右巻き・左巻きなどの反転対称性の破れたナノチューブ構造を自在に形成し、その特異な物質や電子の輸送現象を見極めていきたいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は以下の支援を受けて行われました。
・日本学術振興会 科学研究費補助金(22H00314, 20H05867, 20H05862, 18J23477, 20H05840, 20H05837)
・日本学術振興会 海外特別研究員奨励費(P22045・22F32045)
・科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「Giant CISS物質:界面陽電子・電子の全運動量制御」(JPMJCR23O3)
・文部科学省 学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(21H05480)
・文部科学省 学術変革領域研究(A)「動的エキシトン」「超セラミックス」「イオン渋滞学」
・“Program for Promoting Researches on the Supercomputer Fugaku”(JPMXP1020230318)
・Research Center for Computational Science, Okazaki, Japan.
・小笠原科学技術振興財団
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<用語解説>
注1. 共有結合性有機構造体(COF):Covalent Organic Framework。多くの場合、有機分子が共有結合で連結されることで形成される2次元または3次元の結晶性材料。炭素–窒素やホウ素–酸素などの可逆的結合形成反応を数箇所並行して行うことで、構造欠陥を修復しながら周期的細孔構造を得る合成法が用いられる。
注2. グラフェン:炭素の同素体の一つであり、炭素原子が平面かつ正六角形に並ぶことによって環状に結合した六角形が2次元平面に無限拡張された蜂の巣のような構造を有する。グラフェンが積み重なったものがグラファイト(黒鉛)である。一方、グラフェンが巻き上がった形で筒状に伸びた1次元構造の炭素同素体がカーボンナノチューブ(CNT)である。
注3. ジアザピレン:ピレン(化学式はC16H10)の炭素原子のうち2箇所が窒素原子によって置換されたもの。本研究で用いたジアザピレンは2位と7位の炭素が窒素に置換され、炭素上にあった水素原子(C-H)がなくなっているために隣のフェニル基との二面角が小さくなり、COFにしたときの平面性が向上することが分かっている。
注4. 電気化学インピーダンススペクトル測定:サンプルに交流信号(電圧もしくは電流)を印加し、電圧と電流を同時に測定することによって得られた信号の比(電流/電圧)から、インピーダンス(交流回路における電流の流れにくさを示す値)を求める測定法。
注5. 時間分解マイクロ波伝導度測定:サンプルを設置した共振器へのマイクロ波の照射により非破壊・非接触で速やかに材料の電気伝導度を評価する測定手法。
注6. 電子伝導計測法:COFの薄膜(厚さ約0.1μm)に対して金電極を0.5mm間隔で接触させて電流−電圧特性を調べることで材料の電気伝導度を評価する測定手法。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Rolling Two-Dimensional Covalent Organic Framework (COF) Sheets into One-Dimensional Electronic and Proton Conductive Nanotubes(2次元COFシートを巻き上げて1次元電子伝導性・プロトン伝導性ナノチューブ構造へ)
著 者:Zhuowei Li, Rajendra Prasad Paitandi, Yusuke Tsutsui, Wakana Matsuda, Masaki Nobuoka, Bin Chen, Samrat Ghosh, Takayuki Tanaka, Masayuki Suda, Tong Zhu, Hiroshi Kageyama, Yoshihiro Miyake, Hiroshi Shinokubo, Makito Takagi, Tomomi Shimasaki, Masanori Tachikawa, Katsuaki Suzuki, Hironori Kaji, Yasunobu Ando, Takahiro Ezaki, and Shu Seki
掲 載 誌:Proceedings of National Academy of Science DOI:
http://doi.org/10.1073/pnas.2424314122



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