プラスチック製ボトルキャップに乗ったゴカイ達の航海記録 ~付着生物相・同位体分析・海流モデルから海洋ごみ生態系の漂流の道のりを推定~
名古屋大学

【本研究のポイント】
・海洋ごみとして浮いていたプラスチック製ボトルキャップ内に小さな海洋生態系が作られていることを発見。
・キャップ内部では大型のゴカイが城のような三次元構造を形成。この構造が多様な生物のすみかとなっていたと考えられる。
・解析の結果、キャップがフィリピン周辺で捨てられ、少なくとも約70日漂流し、日本の海域にたどり着いた可能性を示した。
・漂流の履歴をさまざまな手法を組み合わせて推定することで、海洋ごみ由来の外来種侵入の経路推定や防除につながる。
【研究概要】
名古屋大学大学院理学研究科附属臨海実験所の自見 直人 講師、産業技術総合研究所、国立科学博物館、海洋研究開発機構、京都大学、福井県立大学の共同研究グループは、高知県南東方の沖合海域で回収した直径約3.5cmのプラスチック製ボトルキャップに、ゴカイ類、有孔虫注1)、コケムシ、フジツボ、扁形動物などが共存する小さな生態系が形成されていることを明らかにしました。
キャップの内部には、体長約9 cmのゴカイ Eunice bipapillata が作った巣が広がり、本来は平滑なプラスチック表面を、隙間と足場に富む三次元の生息空間へと変えていることが確認されました。またその内部や表面からは、沿岸の海底や岩礁に暮らす生物を含む9分類群・307個体が確認されました。キャップの外側にはラベルがあり、フィリピン周辺で捨てられたと考えられました。
さらに本研究では、生息していた底生有孔虫の殻の酸素同位体比分析から経験してきた水温を推定し、海流に基づく漂流シミュレーションと照合しました。その結果、このキャップはフィリピン周辺から黒潮系の流れに乗って約70日間北上した可能性が高く、小さなプラスチック片でも、数カ月規模で生物群集を維持しながら移動し得ることが示されました。
ボトルキャップのような「小さな海洋ごみ」がどのように海洋生態系に影響を及ぼすかはよく分かっていなかったのですが、本研究により、ゴカイなどの「生態系エンジニア」注2)が内部に入ることで、生態系ごと長距離・長期間輸送できることを明らかにしました。生活の中で気軽に捨てられてしまいやすい小さな海洋ごみは、海洋生態系の保全を考えるうえで無視できない存在であることを示しています。
本研究成果は、2026年7月7日にエルゼビアが発行する国際査読付き雑誌「Marine Pollution Bulletin」に掲載されました。
【研究背景と内容】
海に流出したプラスチックごみは、誤食や絡まりといった直接的な影響だけでなく、生物が付着し、遠くへ移動するための“いかだ”になることがあります。とりわけプラスチックは、木片や海藻などの天然の漂流物よりも長く海面に残る場合があるため、海洋生物の分布を変える新たな経路として注目されています。
これまで、海面を漂うプラスチックからフジツボやコケムシなどの付着生物が見つかることは知られていました。一方で、日常的な小型プラスチック一個について、そこに暮らす生物群集、成長中に経験した環境、そして漂流経路を一体として読み解いた例は多くありませんでした。
研究グループは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海底広域研究船「かいめい」による調査航海で、高知沖の海面を曳航(えいこう)したネットから、直径約3.5 cmのプラスチックボトルキャップを回収しました。フィリピンの飲料会社のラベルが残るこのキャップの中にはゴカイの仲間が巣を作り、小さな生態系ができていました。そのため、この海洋ごみ生態系注3)がどのように成立し、漂流して、日本の沖まで来たのかの研究を進めました。
図1. 漂流していたプラスチック製ボトルキャップ。
内部にゴカイの一種 (E, F)が粘液と小石を組み合わせて巣を作っている (B, C, E)。
1. ボトルキャップは、9分類群・307個体が暮らす小さな生態系だった
キャップから確認されたのは、コイル状の石灰質の管を作る小型のゴカイ類、コケムシ、エボシガイ、有孔虫、扁形動物、複数のゴカイ類など、合計9分類群・307個体でした。個体数の約4分の3は小型の管棲(かんせい)ゴカイ類が占めていましたが、海底や岩礁に生息する底生生物も含まれていました。
2. ゴカイの巣が、プラスチックの内側に“城”のような立体空間を作った
最も目立ったのは、ゴカイであるイソメ科の一種Eunice bipapillata がキャップ内に築いた巣です。巣は内部の多くを覆い、平面的なキャップを、隙間、通路、付着面を持つ複雑な三次元空間へと変えていました。研究グループは、この構造が小型の生物に隠れ場所や足場を与え、さまざまな生物が同居できる環境を生み出したと考えています。つまりゴカイが生態系エンジニアとしてプラスチックごみ中に生態系を創出していたのです。
3. 漂流の道のりを、三つの手がかりから復元した
本研究では、単に生物が付いていたことを記録するだけでなく、キャップがどこから、どのような環境を経てきたか、次の三つの独立した手がかりから検討しました。
① 生物相: 沿岸の海底・岩礁に暮らす生物と、外洋で付着しやすい生物が同居していたことから、キャップが沿岸環境と外洋の双方を経たことが示唆されました。
② 有孔虫の安定同位体: 有孔虫は殻を成長させる際の水温を記録します。殻の各部の安定同位体を分析注4)したところ、より暖かい海域を経た後、回収地点に近い約22℃の海域に至ったとみられる変化が得られました。
③ 海流モデル: 海面の流れを用いたラグランジュ漂流シミュレーション注5)では、 フィリピン北部周辺から黒潮系の流れに乗り、少なくとも約70日、最大で数カ月程度かけて回収海域へ至ることが推定されました。
研究結果から推定されたプラスチックボトルキャップの航海記録をまとめると、
1. ボトルキャップはフィリピン近海で捨てられた後に、2. 沿岸のゴカイが巣を作ることでキャップ内に3次元的な隠れ家ができ、3. 周辺のさまざまな生物が住み、4. 小さな生態系は維持されたまま、沿岸を離れ外洋へ出て黒潮に乗って北上し、5. 少なくとも70日以上漂流した後、研究者らによって高知沖で生きたまま採集された
ということになります。
図2. 同位体分析を行った有孔虫。殻に経験した水温が記録されている。
大小さまざまな個体が確認され、異なる生活史段階または複数世代が含まれる可能性が示された。
013、023、024のみ浮遊性有孔虫(遺骸)。その他はすべて同種の底生有孔虫(生体)。
図3. ラグランジュ漂流シミュレーションの結果。フィリピン沖からは70日以上かけて回収海域にたどり着くことが分かる。(A) 海水面の1月から2月における平均水温。(B–D) 漂流シミュレーションの結果。
B, 40日, C, 70日, D, 100日, 逆算的に漂流させた場合を示している。このことから、
フィリピン沖から漂流してくるには、少なくとも70日以上かかることが分かる。
【成果の意義】
本研究は、ボトルキャップのようなごく小さなプラスチック片でも、単なる“ごみ”ではなく、ゴカイのように巣などの構造物を作る生物が生態系エンジニアとして入り込むことで、複数の生物が生き延びる足場、隠れ家、そして移動手段となり得ることを示しました。
今回のキャップには、これまで日本から記録のなかったゴカイ Eunice bipapillata が含まれていました。小型プラスチックに乗って生物が移動することは、個体の偶発的な移送にとどまらず、生物群集ごと新しい地域に到達する可能性を意味します。海洋プラスチック問題は、景観や誤食・絡まりだけでなく、生物地理や外来生物リスクの観点からも考える必要があります。
海洋ごみの漂流履歴を多分野的なさまざまな観点から推測することで、今後の海洋ごみ由来の外来種侵入の経路推定・防除等に役立つと考えられます。
本研究は単一のボトルキャップを対象とした詳細な事例研究であり、こうした事象がどの程度の頻度で起きるかは今後の調査が必要です。しかし、いままで見過ごされがちであった、海洋環境には大量にある小型の漂流プラスチックが、海の生物多様性に影響を与える小さな船になりうることを具体的に示した点に意義があります。
研究者のコメント(自見直人)
海を漂っていたわずか数センチのキャップの中に、ゴカイがつくった立体的な“城”があり、そこには本来南国の海底で暮らす生物達の小さな生態系がありました。ペットボトルはフタも適切にごみ箱へ捨てることで、不幸な漂流者を減らすことができると思います。
本研究は、成茂動物科学振興財団、科研費JP22K15165の支援のもとで行われたものです。
【用語説明】
注1)有孔虫:
海に多く生息する単細胞生物の一群。石灰質の殻を作る種では、その成長に伴い水温などの環境情報が殻に記録される。
注2)生態系エンジニア:
生息地を改変または創造する生物のこと。生態系エンジニアがいることによって、他種の生息地が生まれたりすることから、生物多様性の創出・維持において重要な役割を果たす。例:サンゴ礁のサンゴは多くの生物が住む構造物となることから、生態系エンジニアである。
注3)海洋ごみ生態系:
海面を漂うごみの表面や内部に形成される生物群集。本来の自然現象の枠から外れた生物分散の要因となりうる。
注4)安定同位体を分析:
元素のわずかな質量差をもつ同位体の比を測定し、生物が経験した環境や物質循環の手がかりを得る方法。本研究では有孔虫の殻の酸素・炭素同位体を用いた。
注5)ラグランジュ漂流シミュレーション:
海流データに仮想的な粒子を流し、漂流物がどのような経路をたどりうるかを再現する解析。
【論文情報】
雑誌名:Marine Pollution Bulletin
論文タイトル:Multi-proxy reconstruction of bottle-cap rafting using biofouling communities, stable isotopes and drift modeling
著者:Naoto Jimi(名古屋大学), Naoki Saito(産業技術総合研究所), Akito Ogawa(国立科学博物館), Hiroki Kise(産業技術総合研究所), Natsumi Hookabe(国立研究開発法人海洋研究開発機構), Toyoho Ishimura (京都大学), Masashi Tsuchiya (福井県立大学)
DOI: 10.1016/j.marpolbul.2026.120051
URL:
https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2026.120051
▼本件に関する問い合わせ先
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735
FAX:052-788-6272
メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/



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