脊髄小脳失調症の新しい治療薬候補を発見 ~L-アルギニンの脊髄小脳失調症6型に対する治験結果~
近畿大学
新潟大学脳神経疾患先端治療研究部門の石原智彦特任准教授、脳神経内科学分野の小野寺理教授、近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)の永井義隆主任教授らの研究グループは、神経難病の一つである脊髄小脳失調症6型(SCA6)(注1)に対する新たな治療薬候補の治験を行いました。治験薬の候補として、L-アルギニン(注2)の有効性と安全性を調べるために、日本国内の5施設で二重盲検無作為化試験を実施しました。40人の患者さんが参加し、48週間の治療後、症状評価スケールSARA(注3)スコアはプラセボ(注4)群で0.56点悪化したのに対し、L-アルギニン群では0.96点改善しました。一定の効果が得られましたが、残念ながら統計的な有意差は確認できませんでした(p=0.0582)。今後はより大規模な第3相試験(注5)が行われることが期待されます。
【本研究成果のポイント】
●脊髄小脳失調症の新規治療薬の第2相試験(注6)を行いました。
●脊髄小脳失調症6型患者さんで有効な可能性が示されました。
●より大規模な第3相試験の実施が望まれます。
【研究の背景】
脊髄小脳失調症は小脳という脳の一部が病気になり、うまく歩けない、呂律が回らないなどの症状(失調症状)をおこす神経の病気です。日本ではおよそ3万人の患者さんがおられ、遺伝性のものが1/3を占めます。遺伝性の脊髄小脳失調症のうちの多くは同じ仕組みで発症し、ポリグルタミン病(注7)と呼ばれます。これは、グルタミンというアミノ酸が繰り返される配列が異常に長くなったポリグルタミン蛋白質によりおきる病気です。ポリグルタミン蛋白質が神経細胞の中で集まり、固まっていくことが病気の原因と考えられています。新潟大学の小野寺理教授や近畿大学の永井義隆教授らの研究グループは、L-アルギニンという物質がポリグルタミン蛋白質の固まりを作らないようにすることを見い出し、ポリグルタミン病の動物モデルで治療効果があることを報告しました(Minakawa EN et al. Brain 2020)。L-アルギニンはアミノ酸の一種で既に医薬品として使用されている物質です。本研究グループは、ヒトにおけるL-アルギニンの安全性とポリグルタミン病に対する治療効果を確かめるための治験を行いました。
【研究の概要】
この治験(AJA030-002、jRCT2031200135)は日本国内の5施設(新潟大学、国立精神・神経医療研究センター、東京医科歯科大学(当時)、大阪大学、近畿大学)が参加して、多施設共同プラセボ対照二重盲検無作為化群間比較試験として2020年9月から2022年9月まで行われました。40人の患者さんが参加し、20人はL-アルギニンを、20人はプラセボを48週間内服しました。比較的少数の患者さんについて、有効性と安全性などを調べる探索的試験、第2相試験の位置づけです。薬剤の効果をしっかりと検証するために、試験対象は脊髄小脳失調症6型(SCA6)の患者さんに統一しました。SCA6は日本に患者さんが比較的多く、患者さん毎の症状の差が少ないからです。治療効果は小脳の病気の評価に使われるSARAという方法で評価し、治験開始時と48週間後での変化を調査しました。
【研究の成果】
48週間後の治療効果判定では、L-アルギニンを内服した患者さん群では、SARAが0.96±0.55点改善していました。一方でプラセボを内服した患者さん群ではSARAは0.56±0.55点悪化していました。2つの群の差からは、1年間でおよそSARA 1.5点分の治療効果が見られたと言えます。残念ながらこの効果は統計学的には有意ではありませんでした(p=0.0582)。
安全性では治験薬の影響が否定できない重篤な有害事象が2例で見られました(肺炎1例(死亡)、肝障害1例(改善))。
【今後の展開】
L-アルギニンがSCA6に対して一定の効果があることがわかりました。統計学的な違いをはっきりさせ、脊髄小脳失調症の治療薬として安全に使用できるようになるために、今後はより大人数での第3相試験が行われることが期待されます。
【研究成果の公表】
本研究成果は、2024年11月25日23時30分(英国時間)、科学誌「eClinicalMedicine」に掲載されました。
<論文タイトル>L-arginine in patients with spinocerebellar ataxia type 6: a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial
<著者>Tomohiko Ishihara, Masayoshi Tada, Yoshitomi Kanemitsu, Yuji Takahashi, Kinya Ishikawa, Kensuke Ikenaka, Makito Hirano, Takanori Yokota, Eiko N. Minakawa, Katsuhisa Saito, Yoshitaka Nagai and Osamu Onodera
<doi>10.1016/j.eclinm.2024.102952
【謝辞】
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(22ek0109459h0003)、厚生労働科学研究費(JPMH23FC1010)などの支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)脊髄小脳失調症6型(SCA6):遺伝性脊髄小脳失調症のひとつ。主に中年以降に発症し、比較的ゆっくりと進行します。
(注2)L-アルギニン:食品にも含まれるアミノ酸の1種です。医薬品としても製造、販売されています。
(注3)SARA:scale for the assessment and rating of ataxia の略。運動失調症の評価尺度です。歩行や手の動きなどの8つの項目で、0点(失調なし)から最重度の40点まで評価されます。
(注4)プラセボ:治験の際に、目的とする薬との比較に用いる、治療効果のない薬のことです。偽薬ともいいます。
(注5)第3相試験:別名を検証的試験ともいいます。多数の患者さんについて、有効性と安全性を確認する試験です。
(注6)第2相試験:別名を探索的試験ともいいます。比較的少数の患者さんについて、有効性と安全性などを調べる試験です。
(注7)ポリグルタミン病:原因となる遺伝子の中で、「CAG」というグルタミンを作らせるDNA配列の繰り返しが異常に長くなって発症します。9種類の病気が知られており、そのうちの7種類が小脳の病気です。
【関連リンク】
医学部 医学科 教授 永井義隆(ナガイヨシタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2687-nagai-yoshitaka.html
医学部
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