【日本大学】歯周病関連細菌がインフルエンザウイルス感染を促進させることが明らかに〜良好な口腔環境がインフルエンザ予防につながる可能性〜
日本大学
【研究成果のポイント】
◆ 歯周病関連細菌Porphyromonas gingivalisが産生するタンパク質分解酵素「ジンジパイン」がインフルエンザウイルスのヘマグルチニンを開裂させ、ウイルスの感染を成立させることを発見しました。
◆ 歯周病を予防し良好な口腔環境を保つことが、インフルエンザ予防につながる可能性があります。
【概 要】
現在猛威を振るっているインフルエンザは、主に高齢者においてはしばしば重症化し死に至ります。そのため、特に高齢者に対するインフルエンザ予防対策は重要です。
インフルエンザウイルスが宿主細胞へ侵入するには、ウイルス表面にあるヘマグルチニン(HA)が宿主細胞にある受容体(シアル酸)と結合し、ウイルスが宿主細胞内に取り込まれる必要があります。その後、ウイルスと宿主細胞は膜融合しますが、この融合にはHAが前もってタンパク質分解酵素によって切断(開裂)されていることが必須です。HAが開裂することで、インフルエンザウイルスが宿主細胞に初めて感染できるようになるため、HAの開裂は感染の成立において最重要です。この開裂においてインフルエンザウイルスは、主に宿主細胞由来のタンパク質分解酵素を利用しますが、黄色ブドウ球菌が分泌するタンパク質分解酵素も同じ働きをすることが知られており、細菌由来のタンパク質分解酵素もインフルエンザの感染に関与している可能性があります。
日本大学歯学部 感染症免疫学講座 神尾宜昌 准教授、今井健一 教授らの研究チームは、歯周病など口腔環境が不良な方に多く認められる細菌Porphyromonas gingivalis(歯周病関連細菌)が産生するタンパク質分解酵素「ジンジパイン」がHAを開裂させ、インフルエンザウイルスの感染を促進させることを世界で初めて明らかにしました(図1)。この研究成果は、良好な口腔環境を保つことが、インフルエンザの予防につながる可能性を示唆しています。
本研究成果は、2025年1月8日に米国生化学・分子生物学会が発行するJournal of Biological Chemistry誌(電子版)に掲載されました。
【研究の背景】
現在、過去最多の患者数となるなど猛威を振るっているインフルエンザは、主に高齢者において重症化しやすく、毎年数千人、大流行時には数万人が亡くなります。このため、特に高齢者のインフルエンザ予防は極めて重要で、高齢者療養施設などでは徹底的な感染予防対策が必要です。
A型、B型インフルエンザウイルスの表面にはヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)がスパイク状に並んでいますが、これらのスパイクタンパク質がインフルエンザウイルスの感染・増殖機構に重要な役割を果たしています。インフルエンザウイルスの感染・増殖過程は、インフルエンザウイルスのHAが、宿主(注1)細胞のシアル酸を受容体として認識し結合、エンドサイトーシスによりエンドソームに取り込まれることで宿主細胞内へ侵入します。その後、エンドソーム膜とウイルス膜が融合することで感染が成立します。しかしながら、膜融合するにはHAの前駆体であるHA0が、前もってHA1とHA2に切断(開裂)されている必要があります。そのため、HAが開裂しているかどうかが、インフルエンザウイルスの感染成立において非常に重要になります。その後、宿主細胞内でウイルスゲノムの複製とウイルスタンパク質が合成され、子孫ウイルスが宿主細胞膜から出芽し遊離します。このとき、ウイルスNAが宿主細胞膜上のシアル酸を分解し、子孫ウイルスのHAがシアル酸に結合するのを防ぎます。
上気道に近い口腔は、さまざまな呼吸器疾患の発症や重症化に深く関与しています。インフルエンザとの関連についても報告がなされており、口腔衛生状態が悪い者では良好な者に比べインフルエンザの発症リスクが高いことが明らかとなっています(Kawamoto et al. PLoS One. 2021)。さらに、歯科衛生士による口腔衛生管理を行うことによりインフルエンザの発症リスクが低下することが明らかにされています(Abe et al. Arch Gerontol Geriatr. 2006)。しかしながら、その分子メカニズムは未解明のままでした。
このような背景から、日本大学歯学部 感染症免疫学講座の神尾宜昌 准教授と今井健一 教授らの研究チームは、インフルエンザウイルス感染における口腔細菌の役割について着目した研究を推進しており、2015年に口腔細菌が産生するNAがインフルエンザウイルスの放出を促進させることを明らかにしています(Kamio et al. Cell Mol Life Sci. 72:357-366. 2015)。
【研究の成果】
今回、研究チームは、歯周病関連細菌Porphyromonas gingivalis(注2)がA型インフルエンザウイルス感染に及ぼす影響を調べました。P. gingivalisはトリプシン様タンパク質分解酵素であるジンジパイン(注3)を産生します。このジンジパインはペプチド切断部位の特性から、アルギニン残基を切断するアルギニン-ジンジパイン(Rgp)とリジン残基を切断するリジン-ジンジパイン(Kgp)に分類されます。インフルエンザウイルスのHAの開裂部位がアルギニンであるため、研究チームはP. gingivalisがHAを開裂させることでウイルスの感染能獲得に関与すると推察し、細胞株(注4)を用いて検証しました。その結果、P. ginigivalisの培養上清(注5)によりHAが開裂すること、及びインフルエンザウイルスが感染能を獲得することを見出しました(図2)。つぎにジンジパイン阻害薬を用いて検討した結果、Rgp阻害薬により開裂および感染が抑制された一方、Kgp阻害薬では抑制を認めませんでした。さらに、ジンジパイン欠損株を用いて検討を行った結果、Kgp欠損株の培養上清では野生株同様、HAが開裂し感染が成立しましたが、Rgp欠損株の培養上清では開裂と感染が認められませんでした。つまりP. ginigivalisが産生するRgpがインフルエンザウイルスのHAを開裂させることで、ウイルス感染を成立させることが明らかになりました。
以上の結果から、口腔健康管理(歯科医師や歯科衛生士が行う歯科医療行為や、本人自身や看護・介護者等による口腔ケア)により歯周病原関連細菌P. gingivalisが少ない良好な口腔環境を維持することは、ジンジパイン活性を低下させるため、インフルエンザの発症や重症化の予防につながる可能性があります。
【考 察】
本研究チームによる今回と2015年の研究成果により、口腔細菌がインフルエンザウイルスの感染過程における「侵入」と「放出」という2つの重要なステップにおいて、以下の作用によりインフルエンザウイルス感染を促進している可能性があります(図3)。
Ⅰ.歯周病関連細菌P. gingivalisのジンジパインがインフルエンザウイルスのHAを開裂させることでウイルス感染を成立させる
Ⅱ.口腔細菌(Streptococcus oralis)由来のNAがウイルスNAと共に働くことでウイルスの放出を促進する
これらの研究成果は、不良な口腔環境がインフルエンザの発症や重症化に関わっていることを示唆しています。また、不良な口腔環境は誤嚥性肺炎の原因となり、インフルエンザ罹患後の二次性細菌性肺炎を引き起こす結果、インフルエンザが重症化しやすくなります。
したがって、健康な口腔環境を維持することは、歯周病のみならずインフルエンザや誤嚥性肺炎予防のためにも重要です。
【今後の展望】
今後は、動物モデルを用いた実験により生体内でも同様の現象が認められるのかを検討するとともに、実際にインフルエンザに罹患しやすい方の口腔内環境と口腔細菌との関連を調べることで、口腔とインフルエンザとの関連性がより明らかとなる可能性があります。将来、口腔健康管理がインフルエンザに対して有効な予防法のひとつとして確立されることが期待されます。
【用語説明】
注1.宿主:ウイルスや細菌などが感染する生物体のこと。
注2.Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス):歯周炎患者の歯周ポケットから高頻度で検出されるため、重要な歯周病関連細菌のひとつと考えられている。
注3.ジンジパイン:P. gingivalisが産生するタンパク質分解酵素。歯周組織のタンパク質などを分解することで、歯周病の病態形成に関わっている。ジンジパインはペプチド切断部位により、アルギニン残基を切断するRgpとリジン残基を切断するKgpに分類される。
注4.細胞株:動物などから単離した細胞を、一定の性質を保ったまま人工的に継代培養できる細胞。
注5.培養上清:細菌を液体培養した後に細菌を取り除いた上澄みの液。細菌から分泌されたタンパク質分解酵素などが含まれている。
【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (15K11430, 18K09920, 21K10265, 22K09932, 23H03120)、日本大学学術研究助成金などの助成を受けたものです。
【論文情報】
掲載誌:Journal of Biological Chemistry
タイトル:Porphyromonas gingivalis gingipain potentially activates influenza A virus infectivity through proteolytic cleavage of viral hemagglutinin
著 者:Noriaki Kamio, Marni E. Cueno, Asako Takagi, Kenichi Imai
DOI: 10.1016/j.jbc.2025.108166
URL:
https://www.jbc.org/article/S0021-9258(25)00013-4/fulltext
▼本件に関する問い合わせ先
日本大学歯学部感染症免疫学講座
准教授 神尾宜昌(カミオ ノリアキ) 教授 今井健一(イマイ ケンイチ)
メール:kamio.noriaki@nihon-u.ac.jp imai.kenichi@nihon-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/
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