ジメチルスルホキシドと2-メルカプトエタノールによって定量解析に影響するシステイン残基の酸化を制御--北里大学
北里大学
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北里大学大学院 理学研究科 生命物理学講座の松井崇 准教授、須藤愛莉咲 大学院生 (博士課程1年)、小寺義男 教授の研究チームは、一般的にジスルフィド結合の切断に利用される2-メルカプトエタノール (2-ME) がシステイン (Cys) 残基のチオール基を酸化から特異的に保護する機能をジメチルスルホキシド (DMSO) によって促進できることを発見しました。この機構を活用し、質量分析 (MS) におけるペプチド配列の同定解析やペプチド強度の定量解析の妨げとなるCysの酸化や再ジスルフィド化の抑制だけでなく、既存の保護化試薬が引き起こすCys残基以外への非特異的な修飾によるMS信号の複雑化を抑制する手法を開発しました。さらに、本研究は、MSの定量解析精度の向上だけでなく、任意のチオール基含有化合物のタンパク質中のCys残基への導入を促進でき、様々な生化学実験での検出効率の向上につながることも期待されます。本研究成果は、2025年2月12日付 で、「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載されました。
■本件のポイント
・一般的にはジスルフィド結合の切断に用いる2-MEをCys残基のチオール基への保護基として利用できることを示した。
・DMSOによって2-MEのCys残基への修飾が促進され、Cys含有ペプチドの同定数および定量性が向上した。
・一般的なハロゲン化合物はCys残基への修飾だけでなく、アミノ基 (N末端やアルギニン (Arg) 残基など) への修飾も知られており、Cys残基以外の様々なペプチドに対する定量性を減少させる要因となっていた。Cys残基にのみ特異的に修飾できる2-MEを用いる本手法によって、その他のアミノ酸残基への非特異的な修飾を抑制でき、Cys残基含有ペプチド以外のさまざまなペプチドの同定数およびペプチド強度の定量性も向上した。
■背景
生物の恒常性は、タンパク質の発現、分解や翻訳後修飾によって維持されています。そのため、タンパク質の量や質の変化を定量解析することは、生体機能や病気のメカニズムを理解する上で重要です。タンパク質を質量分析 (MS) で定量解析する場合、一般的にはタンパク質の立体構造を壊したのち、消化酵素で10アミノ酸前後からなるペプチド断片へと分解し、分解されたペプチド断片の配列の同定とその強度を定量します。この際、タンパク質の立体構造の安定化に寄与するCys残基のジスルフィド結合は2-MEなどの還元試薬によって切断します。その後、実験工程での非生理的な修飾の導入を避けるため、2-ヨードアセトアミド (IAA) などのハロゲン化合物からなるアルキル化試薬によってチオール基を保護します。しかし、これらのアルキル化試薬は、その高い反応性からチオール基以外のアミノ基などにも反応性を示し、アミノ基を持つN末端やArgなどのCys残基以外のアミノ酸にも結合して副反応を引き起こします。このような乱雑で非特異的なアルキル化修飾は修飾ペプチド配列の多様性を生み、その結果、MSスペクトルが複雑になることですべてのペプチドの同定数と定量性を低下させる問題点がありました。したがって、タンパク質科学における定量解析の精度向上には、Cys残基のみを特異的に修飾する方法が必要とされてきました。
■研究内容と成果
2-MEを含む溶液でタンパク質の分子量を分析するSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分析したタンパク質には、タンパク質中のCys残基の遊離チオール基に2-MEが付加し、これにより、+76 Daの分子量増加を与えることが知られていました。また、有機化学分野において、DMSOが化合物中のチオール基同士のジスルフィド結合を促進させることも知られていました。そこで、本研究では、モデルタンパク質として1分子あたり16個の遊離チオール基を持つ大腸菌由来のβ-ガラクトシダーゼを用い、タンパク質中のCys残基の遊離チオール基と2-MEとのジスルフィド結合をDMSOによって促進することで、MSによるペプチド同定数とペプチド強度の定量性が向上することを確認しました。
はじめに、2-MEとDMSOが存在する状態でβ-ガラクトシダーゼ中のCys残基に2-MEが修飾されたことを確かめました。すると、Cys残基の質量が76 Da増加し、2-MEがCys残基に修飾したことを確認できました 【図1】。また、2-MEが付加したCys残基数や、ペプチド同定数およびペプチド強度の定量性の向上には、適切なDMSO濃度と2-ME濃度が存在することもわかりました。
さらに、Cys残基に対する2-MEの重要な特徴は、各アミノ酸に対する非特異的な修飾がほぼ起きないことです。MSによる定量解析において一般的なCys修飾法であるIAAによるアルキル化では、Cys残基だけでなく、N末端やArg残基、ヒスチジン (His) 残基、さらに、アスパラギン酸 (Asp) 残基やメチオニン (Met) 残基に対する非特異的な修飾が見られます。通常、これらの非特異的な修飾反応を抑制するために、IAAと一定時間反応させたのち、遊離チオール基を有する別の化合物の添加により過剰な反応を停止させる必要があります。しかし、DMSOを用いた遊離チオール基への2-MEの付加では、反応を停止させる必要はなく、Cys残基のみを特異的に修飾できることを明らかにしました 【図2】。
■今後への期待
近年、MSの機器の高精度化により、生体中でより微量な存在量を示すタンパク質も定量解析が可能となってきました。一方で、微量なタンパク質の定量性が悪化すれば、本来であれば測定誤差によって生じた差を病気によって生じた存在量の違いと誤認することにもなりかねません。本研究では、Cys残基の特異的な修飾法を開発して定量性を改善することで、微量なタンパク質の定量比較解析の精度向上が見込め、新たなバイオマーカーなどの探索にも利用されることが期待できます。さらに、このDMSOによるチオール基への反応の促進機構は、MS定量解析以外の様々な生化学実験にも適用できます。例えば、チオール基を有する蛍光試薬をDMSOによって効率的、かつ、タンパク質の構造に影響を与えずにタンパク質中のCys残基へ導入することも可能です 【図3】。本研究成果によって、これまで分析が困難であった様々な生化学実験の検出感度と検出精度の向上も期待されます。
■論文情報
掲載雑誌名:Biochemical and Biophysical Research Communications
論文名:Reducing Offsite Modifications using 2-Mercaptoethanol for LC-MS Analyses.
著者名:須藤愛莉咲(博士課程1年)、松井崇(責任著者)、小寺義男
DOI:10.1016/j.bbrc.2025.151485
URL:
https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2025.151485
なお、本研究は日本学術振興会学術研究助成基金助成金、NEDO、AMED、北里大学AKPS共同研究の支援を受けて遂行されました。
■用語解説
・ ジスルフィド結合
2組のチオール基 (R1-SH基とR2-SH基、R1およびR2は任意の化学式をとる) が縮合してR1-S-S-R2となる結合。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の1つであるCys残基が有するチオール基は、タンパク質分子内、または、タンパク質分子間のCys残基のチオール基とジスルフィド結合を形成することで、タンパク質を正しい構造に折り畳む。
・ 2-メルカプトエタノール (2-ME)
SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動など、生化学実験の様々な実験でタンパク質のチオール基を実験中の酸化から保護するために用いられる。また、タンパク質と混合して加熱することでジスルフィド結合を切断する還元試薬としても使用される。化学式はHS-CH2-CH2-OH。
・ ジメチルスルホキシド (DMSO)
DMSOは有機分子を良く溶かし、細胞毒性が低く、かつ、水と良く混和する溶媒であるため、生化学実験において、水に不溶な有機分子の溶解に用いられる。
・ 質量分析
物質の質量を測定して、その組成や量を分析する技術。本研究では、タンパク質を消化酵素で切断して得たペプチドを測定し、そのペプチドを形成するアミノ酸組成とそのペプチド量を分析する。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学 理学部 物理学科 生命物理学講座
准教授 松井 崇(まつい たかし)
e-mail:matsui@kitasato-u.ac.jp
URL:
https://www.kitasato-u.ac.jp/sci/resea/buturi/seitai/matsui/
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 広報室
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/
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記事提供:Digital PR Platform