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【東京医科大学】SMARCA4欠損肺腺がんに対する個別化医療の可能性~ATR阻害剤の応用でDNA複製ストレス増幅を利用したがん治療戦略に期待~

東京医科大学

【東京医科大学】SMARCA4欠損肺腺がんに対する個utf-8



 東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)医学総合研究所 未来医療研究センター ゲノムストレス応答学部門 塩谷文章 教授(特任)、広島大学大学院医系科学研究科 細胞分子生物学研究室 矢野公義 助教らの研究グループは、Merck KGaA社と共同で、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用が、SMARCA4(スマークエーフォー)欠損肺腺がん細胞の増殖を効果的に抑制することを明らかにしました。
 本研究成果は2025年1月28日に国際学術誌Cell Death Discoveryに掲載されました。




【概要】 
 東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)医学総合研究所 未来医療研究センター ゲノムストレス応答学部門 塩谷文章 教授(特任)、広島大学大学院医系科学研究科 細胞分子生物学研究室 矢野公義 助教らの研究グループは、Merck KGaA社と共同で、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用が、SMARCA4欠損肺腺がん細胞の増殖を効果的に抑制することを明らかにしました。
 がん細胞はDNA複製ストレス(注1)を受けやすくATRへの依存度が増すことで、ATR阻害剤に対する感受性が高いことが知られています。研究グループは、SWI/SNF複合体(注2)が機能しない複数のがん細胞を解析し、特にSMARCA4欠損肺腺がん細胞がATR阻害剤に高い感受性を示すことを明らかにしました。さらに、SMARCA4欠損によりDNAの折りたたみ方が変化し、ヘテロクロマチン(固く凝集したDNA)領域の増加がDNA複製ストレスを悪化させること、加えてDNA修復酵素であるPARPの阻害によりDNA複製ストレスがさらに増幅し、ATR阻害剤の効果が向上することを発見しました(図1)。
 本研究は、ATR/PARP阻害剤併用療法がSMARCA4欠損肺腺がんに対する有望な個別化治療戦略となる可能性を示しており、ATR阻害剤を応用した新たながん治療法の開発が期待されます。

 本研究成果は2025年1月28日に国際学術誌Cell Death Discoveryに掲載されました。

【本研究のポイント】
● 肺腺がん患者の一部では、がん抑制遺伝子の機能喪失型変異が認められますが、有効な治療法が見つかっていません。
●クロマチン構造を制御するSWI/SNF複合体欠損細胞を用いたスクリーニングにより、特にSMARCA4欠損肺腺がん細胞でATR阻害剤とPARP阻害剤の併用が強い細胞傷害効果を示すことを明らかにしました。
●PARPタンパク質の酵素活性を阻害すると、ヘテロクロマチンが増加し、複製フォーク進行と細胞生存におけるATR依存性を増強することを発見しました。
●SMARCA4欠損肺腺がん細胞はもともと複製ストレスが高いことに加え、PARP阻害剤により複製ストレスが増幅すると、DNA分解酵素によって致死的なDNA損傷が生じることを明らかにしました。
●SMARCA4欠損肺腺がんの異種移植モデルにおいて、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用が、ATR阻害剤単独よりも腫瘍増殖を強く抑制することを実証しました。

【研究の背景】
 近年、ゲノムDNA配列解析技術の飛躍的な進歩により、がん患者の腫瘍の遺伝子変異を検査し、検出された変異に応じた分子標的薬による治療が可能になりました。肺がんの分子標的治療薬(注3)として、EGFR変異、ALK変異、KRAS変異に対する阻害剤などが承認されていますが、これらの変異をもたない肺がんには有効な分子標的薬治療法が限られています(図1)。SWI/SNFクロマチン再構成複合体(SWI/SNF複合体)は、クロマチン構造を適切に制御し、遺伝子転写やDNA修復に関わるがん抑制因子です。肺腺がんでは、SMARCA4, ARID1A, PBRM1などのSWI/SNF複合体の構成因子に変異が見られますが、多くはタンパク質が産生されない欠損型変異であり、直接標的とすることが困難です。そのため、これらの欠損型がん細胞が依存する弱点を標的とした新たな治療法の開発が求められています。
 ATRタンパク質は、DNA複製ストレスに対応する役割を担っており、DNA複製ストレスが高まっているがん細胞ではATRががんの弱点になると考えられています。このことから、ATR阻害剤が開発され、がん治療への有効性を検証する臨床試験が進められています。私たちは以前、SMARCA4欠損肺腺がん細胞ではDNA複製ストレスが高まり、ATR阻害剤に対して高い感受性を示すことを報告しました(Kurashima et al., NAR Cancer, 2020)。
 本研究はMerck KGaA社との共同で、経口投与可能な新規ATR阻害剤を用いて、SWI/SNF複合体に欠損型変異をもつ肺腺がん細胞への有効性を評価しました。また、ATR阻害剤の治療効果を向上させる薬剤を探索し、最適な併用療法を検討しました。さらに、クロマチン構造の変化が引き起こすDNA複製ストレスに着目し、ATR阻害剤の作用機序の解明にも取り組みました。

【本研究で得られた結果・知見】
 DNA複製ストレスは、さまざまな悪性腫瘍に共通する特徴であり、がんに関連する遺伝子変異や薬剤への曝露の両方から生じます。本研究では、SWI/SNF複合体の構成因子であるSMARCA4, ARID1A, PBRM1に欠損型変異をもつ肺腺がん細胞を用いて、ATR阻害剤とDNA損傷応答に関係するタンパク質に対する阻害剤(ATM阻害剤、DNA-PK阻害剤、PARP阻害剤)の併用治療の有効性を評価しました。その結果、SMARCA4欠損肺腺がん細胞では、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用によってがん増殖が強く抑制されることを見出しました。また、DNA損傷レベルを調べた結果、DNA複製期に重度のDNA損傷を伴い、DNA複製崩壊(注4)による細胞死が引き起こされることがわかりました(図2A)。
 さらに、SMARCA4欠損肺腺がん細胞を移植したマウスモデルでも、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用(間欠的ATR阻害剤+持続的PARP阻害剤の投与)が、ATR阻害剤単独よりも腫瘍増殖を強く抑制することを実証しました(図2B)。
 次に私たちは、ATR阻害剤とPARP阻害剤によるがん抑制の作用機序を解析しました。DNA複製ストレスが高い細胞では、ATRの働きを阻害すると、DNA複製の進行を妨げ、複製装置が不安定となり、細胞死を引き起こすことが知られています。そこで、PARP阻害剤がDNA複製ストレスをさらに高める役割をもつのではないかと考えました。その結果、PAPR酵素活性を阻害するとクロマチンが凝集(ヘテロクロマチン化)し、DNA複製が妨げられることを見出しました。さらに、ヘテロクロマチンを解消する化合物を加えると、DNA複製停滞が回復し、DNA損傷レベルも減少しました。これによりPARP阻害剤によって形成されるヘテロクロマチン構造が、ATR阻害剤の殺細胞効果を高める要因となることを明らかにしました。このことは、PARP阻害剤の効果として注目されている、PARPタンパク質のトラッピング(注5)に加えて、主に酵素活性阻害がDNA複製ストレスの増幅に関与するという、これまで未解明であったメカニズムを明らかにしました。さらに、SMARCA4はDNA複製装置を保護する役割を持っています。そのため、SMARCA4が欠損している細胞では、DNA分解酵素(Mre11やMus81)による攻撃を受けやすくなります。その結果、ATR阻害剤とPARP阻害剤を併用すると、深刻なDNA損傷が引き起こされ、複製崩壊が発生し、がん細胞が死滅することが明らかとなりました(図3)。

【今後の研究展開および波及効果】
 これまでの前臨床・臨床研究から、DNA複製ストレスが高いがん細胞ではATR阻害剤が有効であることが示唆されています。本研究では、SMARCA4欠損とPARP阻害剤の二つの要因によってDNA複製ストレスが増幅し、ATR阻害剤の効果が高まることを明らかにしました。SMARCA4変異は肺腺がん以外にも、胃がん、大腸がん、卵巣小細胞がん、ラブドイド腫瘍などに確認されており、これらのがんに対してもATR/PARP阻害剤併用療法が有効な可能性があります。また、腫瘍におけるヘテロクロマチンレベルを解析することや、PARP阻害剤によってヘテロクロマチンを増幅させることで、ATR阻害剤との相乗効果を得る治療戦略が考えられます。
 今後の研究展開として、患者腫瘍の遺伝子変異や治療歴などを基に、DNA複製ストレスレベルを簡便かつ高精度に評価できるバイオマーカー開発を進め、ATR阻害剤の適応拡大と個別化医療の実現を目指します。これにより多くのがん患者に対する治療法の確立が期待されます。


【論文情報】
タイトル:PARP inhibition-associated heterochromatin confers increased DNA replication stress and vulnerability to ATR inhibition in SMARCA4-deficient cells
著  者:Kimiyoshi Yano, Megumi Kato, Syoju Endo, Taichi Igarashi, Ryoga Wada, Takashi Kohno, Astrid Zimmermann, Heike Dahmen, Frank T. Zenke, Bunsyo Shiotani*(*:責任著者)
掲載誌名:Cell Death Discovery
DОI : https://doi.org/10.1038/s41420-025-02306-1



【主な競争的研究資金】
 本研究は、文部科学省科研費 基盤研究B(課題番号:23K24999)、若手研究 (課題番号:22K18033)、内閣府BRIDGE事業(研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム)の支援を受け、Merck KGaA社との共同研究として実施されました。



【用語の解説】
(注1)DNA複製ストレス:細胞がDNA複製を正常に進行させることが困難になる状態。
(注2)SWI/SNF複合体:約10種類以上の異なるタンパク質で構成されており、そのうちSMARCA4はATPアーゼ活性を持つ主要な構成要素である。この複合体は、DNAを解きほぐす役割を果たす。SWI/SNF複合体の機能障害は、遺伝子発現の異常や染色体の不安定性を引き起こし、がんなどの疾患の原因となることがある。
(注3)分子標的治療薬:がんの原因となる活性化したがん遺伝子産物(タンパク質)を特異的に阻害する薬。
(注4)DNA複製崩壊(replication catastrophe):ゲノム複製の秩序が乱れ、複製フォークの失速と崩壊、大規模なDNAの破損、そして最終的には細胞死を含む壊滅的なゲノムの崩壊が生ずること。
(注5)PARPタンパク質のトラッピング:PARP酵素が、DNA鎖に結合し過剰に補足される現象。PARP阻害剤は、それ自身がPARPと結合することでトラッピング現象を引き起こし、DNA損傷修復の機能の阻害や、複製ストレス原因となると考えられている。

▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141(代)
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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