卒業生の記憶からよみがえる、かつての学び舎 旧・野々市尋常高等小学校を学生が精巧に復元 [建築模型作品の贈呈式]-金沢工業大学-
金沢工業大学
金沢工業大学 建築学部 勝原基貴研究室(専門:近代建築史)は、かつて野々市市本町にあった旧・野々市尋常高等小学校の大正期に建てられた木造校舎を、精巧に復元した建築模型を制作しました。
本模型は石川県野々市市に寄贈され、にぎわいの里ののいち カミーノにて公開されます。
建築模型の贈呈式
• 日時: 2026年2月16日(月) 13時15分〜
• 会場: にぎわいの里ののいち カミーノ正面玄関 (石川県野々市市本町2丁目1-20)
• 内容: 制作学生による発表、模型贈呈 など
本プロジェクトは、同校で学んだ最後の卒業生の方々からの要望を受けて始動しました。
学生たちは、制作に先立って実施した調査により新たに発見された講堂の図面資料や、地元住民から提供された写真資料、当時の卒業生への聞き取りなど、限られた資料をもとに、歴史的考証に基づいた精度の高い復元模型の制作に取り組みました。
◆地域の学びと暮らしを支えた野々市尋常高等小学校
石川県野々市町(現・本町二丁目)に所在していた野々市尋常高等小学校は、明治期から昭和期にかけて、地域の教育と生活の中心的な役割を担ってきました。
学び舎として多くの児童を送り出すとともに、地域住民の交流や行事の拠点ともなり、長い年月の中で数多くの記憶や体験が蓄積された建築です。しかし、児童数の急増に対応するために進められた小学校の統廃合に伴い、1970年頃に木造校舎は取り壊されました。
図版1 野々市尋常高等小学校
◆野々市尋常高等小学校に関する新たな資料
~調査によって見つかった講堂図面~
同校の講堂は、大工棟梁・山岸甚吉(山岸建築設計事務所・山岸敬広の曾祖父)により建設されました。解体時に金沢工業大学キャンパス内へ移築され、柔道場(湊谷道場)として利用された経緯があり、本学施設部において調査を行った結果、当時の図面資料(図版2)が発見されました。本資料は、屋根勾配や寸法体系などを把握する上で、校舎復元における重要な手掛かりとなりました。
図版2 発見された講堂の図面
また、新聞・ラジオによる資料提供の呼びかけにより、地元住民より当時の貴重な古写真(図版3)が、数多く寄せられました。
図版3 市民提供の古写真(一例)
◆調査・証言・最新デジタルファブリケーション技術を融合した復元模型
制作にあたっては、レーザーカッターや3Dプリンターといった最新のデジタルファブリケーション技術を積極的に活用しました。「この場所ではこんな事をした」といった卒業生の語りをもとに、当時の活動に即した人物モデルを生成AIによって具現化し、3Dプリンターで出力することで、オリジナルの点景を作成しました。
また、敷地土台はすべて3Dプリンターにより造形しました。
◆地域住民と学生が協働して歴史を掘り起こし・共有する実践の場
模型の制作過程では、卒業生(15名)による語りの場が設けられました。
これらの語りにより、資料のみでは把握しきれない学校建築の細部や敷地周辺の状況、学校空間の具体的な利用実態や、学校が地域社会において果たしていた役割が浮かび上がりました。
こうして聞き取った口伝情報をもとに、当時の様子を模型に落とし込んでいきました。
語りの場
◆市民と共有する、懐かしの学び舎の姿
本模型の制作を通じて、模型を媒体とした地域の歴史的記憶の再生と継承を目指しました。この度の公民館への贈呈を契機として、次世代へ地域の歴史を伝える新たな取り組みとして発信していきます。
■制作を担当した勝原研究室の学生
本模型の制作は学部4年生のプロジェクトデザインⅢ (卒業研究「野々市尋常高等小学校の復元模型制作を通じた地元住民の記憶の再生と継承」)として行われました。
• 沖田 帆海 さん 建築学部建築学科4年(建築デザインコース)
• 久田 晴輝 さん 建築学部建築学科4年(建築デザインコース)
写真左から沖田 帆海さん、久田 晴輝さん
■建築模型作品の名称
模型 野々市尋常高等小学校 縮尺1:100
■完成した模型について
模型のサイズ 縦 180cm × 横 90cm(1/100スケール)
■再現した範囲
模型は、旧校舎だけでなく周辺環境も含む広範囲を再現しました。
同校を中心とした当時の地域空間は、校舎だけでなく、公民館や町役場、校庭、周囲の田園を含む一帯によって構成されていました。そのため、復元対象を校舎単体に限定せず、校舎・校庭・旧公民館・旧町役場を含めた空間全体を復元対象としました。
• H字型の木造校舎
• 講堂
• 校庭・運動場
• 隣接した旧野々市町役場、公民館など
講堂は、当時の地域において最大の建築物で、様々な行事の場にもなりました。特に、県内四地区の中でも特に広い校庭を活かして、毎年10月に連合運動会が行われるなど、学校は地域住民の交流と活動の拠点でもありました。そのため、校庭は、運動会の際の資料写真と証言をもとに象徴的な点景として再現しました。
■制作に使用した資料
学生たちは、下記の資料を精査しながら制作を進めました。
• 卒業生より提供された校舎の略平面図
• 中村写真館撮影の大正・昭和期の古写真(外観細部意匠の基礎資料)
• 校舎に関する卒業生の証言(口述記録)
• 金沢工業大学に移築された旧講堂の図面(屋根勾配・寸法体系の把握)
• 同校に関する歴史資料(『布水学園の経営』(1952)ほか)
• 国土地理院空中写真
■卒業研究指導教員コメント 勝原基貴 講師
「多くの卒業生の方々が資料提供や聞き取りに協力してくださったおかげで、詳細な手掛かりが殆どなかった木造校舎建築の全体像を忠実に復元することができました。
地域住民と学生が協働して歴史を掘り起こす貴重な機会となり、学生にとっても大変意義のある研究テーマになりました。本模型がきっかけとなり、世代を超えた歴史継承が今後も続くことを願っています。」
■小学校の沿革
野々市町域における学校教育の起源は、1873(明治6)年に開設された野々市村落小学校に遡る。同校は、瀬尾庄平宅を借り上げて男子部学校とし、水毛生伊余門宅を女子部学校として開設された。翌年には住吉小学校と改称され、布市神社境内に初代校舎が建てられた。その後、児童数の増加と校舎の老朽化により、1897(明治30)年には現在の市中央公民館付近に2代目校舎が新築され、1923(大正12)年には野々市尋常高等小学校として3代目校舎が完成した。しかし、1961年に町立富奥小学校との統廃合が行われ、野々市尋常高等小学校は閉校した。閉校後の校舎は、1962年に開学した金沢工業高等専門学校(本学の前身)の校舎として利用され、1970年頃に解体された。
野々市尋常高等小学校 略年譜
参考文献:
『野々市町二十年のあゆみ』(野々市町中央公民館、1976)
『野々市町史 集落編』(野々市町、2004)
▼本件に関する問い合わせ先
金沢工業大学 広報課
住所:石川県野々市市扇が丘7-1
TEL:076-246-4784
FAX:076-248-7318
メール:koho@kanazawa-it.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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