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EVだけじゃない 日本企業が進める“見えない脱炭素競争”

2026年05月27日

包装フィルム製造ラインの工程改革が、脱炭素の新...

今回のニュースのポイント

NEDOのプロジェクトにおいて三井化学と東レなどは、包装フィルムの製造プロセスを刷新し、CO2排出量を従来比で最大61%削減する新技術を公表しました。シャンプー等の「詰め替えパウチ」に不可欠な多層フィルムの製造において、熱を大量に消費する溶剤乾燥や加熱養生工程を大幅に削減。EVのような目立つ製品ではなく、工場内の「熱管理・包装プロセス」という見えない領域こそが脱炭素の新たな主戦場である現実を示しています。

本文
 脱炭素社会への移行を巡る議論において、メディアや株式市場の関心はEVの普及や巨大な太陽光発電所の建設、あるいは次世代の水素エネルギーといった、目に見えやすい象徴的なクリーンテクノロジーに集中しがちです。しかし現在、日本の製造業の現場では、そうした派手な主役交代の影で、より堅実で、しかし産業全体のエネルギー構造を根底から揺るがす重大な技術革新が静かに進行しています。

 その最前線を示したのが、NEDOのプロジェクトにおいて三井化学や東レなどが結実させた包装フィルムの製造プロセス改革です。日々の生活で広く使われている日用品や食品の「詰め替えパウチ」の製造現場という、消費者の目には直接触れないミクロな領域こそが、実質的なCO2削減を決定づける最重要領域となりつつあります。

 一般には意識されにくいことですが、現代の製造業において脱炭素の本丸は「工場の中の熱・乾燥工程」にあります。食品や医薬品の安全性を担保する多層フィルムの製造では、従来「フィルム成形、印刷、接着剤塗工、乾燥炉での熱乾燥、加熱養生」という、熱と電力を大量に消費する多階層のプロセスが不可欠でした。インキや接着剤に石油系溶剤を用いるため、それを揮発させるための巨大な乾燥炉を回し続け、さらに長時間の高温養生を要することが、製造工程におけるCO2排出の大きな要因となっていた形です。

 これに対し、今回公表された新技術は、溶剤を用いない接着技術やEB硬化型印刷技術、および素材を単一化するモノマテリアル化や共押出技術を精緻に組み合わせることで、これまで必須とされていた乾燥炉の稼働や長時間の加熱養生工程を大幅に省略・短縮することに成功しました。従来比で最大61%ものCO2排出量低減を達成したという事実は、エネルギーを消費して「後から削減する」のではなく、製造プロセスそのものを引き算の発想で再構築した成果です。

 この技術革新が持つ真の価値は、理念先行の環境対応にとどまらず、企業経営における「徹底的な生産効率の追求」と完全に一体化している点にあります。現在の日本の製造業は、世界的なエネルギー価格の高騰、深刻な人手不足、そして円安に伴う原材料コストの増大という三重苦に直面しており、単なる理念のための環境投資コストを捻出する余裕はありません。

 新技術による製造工程の簡素化は、乾燥炉の電力や燃料使用量を劇的に引き下げるため、CO2削減がそのまま「工場直結のランニングコスト削減」と「リードタイムの短縮」という圧倒的な競争力へと直結します。加えて、揮発性有機化合物(VOC)の排出量を実質的にゼロ化(VOCフリー)できるため、現場の作業環境改善や国内外の厳しい環境規制への適合が追加コストなしで完了するという実務的な果実ももたらします。「利益と環境対応の両立」を実務的に満たすプロセス技術だけが、今後の市場で生き残る条件です。

 さらに、この一見地味な「包装」という領域は、現代のサプライチェーンにおいて企業の命運を握る巨大なビジネスインフラへと変貌を遂げています。日本の包装用プラスチックフィルムは食品や日用品、急成長を続けるEC物流などを支え、年間100万トンを超える巨大な市場規模を誇ります。昨今のグローバル市場においては、大手小売チェーンや消費財ブランドが、自社の製品を納入するサプライヤーに対して、使用するパッケージのリサイクル性や製造時の炭素排出量を厳格に審査する動きを強めています。

 つまり、包装材の環境性能やプロセスデータが優れているか否かが、そのまま大手企業からの受注を獲得できるか、あるいはサプライチェーンから排除されるかという、調達基準の生死を分ける分岐点となっています。

 この背景にあるのが、現在の企業経営において急速に開示義務化が進む「Scope3(スコープ3)」と呼ばれる国際基準の存在です。自社工場での直接排出(Scope1・2)だけでなく、原材料の調達から輸送、顧客による使用、および最終的な廃棄・リサイクルにいたるまでの「事業活動に関わるすべての間接的なCO2排出量」の可視化と削減が、今やグローバル市場で戦う企業には必須の要件となりつつあります。

 サステナビリティ基準委員会(SSBJ)による日本版基準の策定が進む中、国内のプライム上場企業等に対しても2027年3月期から順次、Scope3を含む非財務情報の開示が義務化される見通しです。製品のパッケージをラミネートフィルムから、製造時のエネルギーを40%以上削減した共押出多層フィルムやモノマテリアル素材へと切り替えるアプローチは、その包装材を採用するすべてのユーザー企業側にとって「購入した物品に随伴するScope3排出量を自動的に引き下げる」ための、極めて確実で実効性の高い手段となります。素材メーカーやパッケージベンダーによる「見えない製造工程のクリーン化」は、顧客企業の炭素コストや開示リスクの低減に貢献する、極めて現代的な付加価値ビジネスです。

 EVのプラットフォーム競争や巨大なITサービス、あるいは生成AIのモデル開発といった「目立つ最終製品・サービス」の領域において、日本企業は欧米や中国の巨大資本を前に苦戦を強いられるケースが目立っていることは否定できません。しかし、その競争のグラウンドを一歩掘り下げた場所にある「素材のナノテクノロジー」「超精密加工」「工場の熱管理」「複雑な省エネプロセスの制御」といった、地味ながらも極めて職人技的なすり合わせを要する領域において、東レや三井化学をはじめとする日本の化学・素材メーカーは依然として世界トップクラスの技術的優位性を維持しています。

 政府がグリーンイノベーション基金等を通じて、ナフサ分解炉の高度化や廃プラからの化学品製造といった「工場内のプロセス変革」へ1,500億円超規模の巨額投資を傾斜させている事実も、日本の国家的なサバイバル戦略の本質がどこにあるのかを雄弁に物語っています。勝機は、派手な最終商品ではなく、世界中の産業を裏側から決定づける「見えないブラックボックスの技術」の中にあります。

 今後の脱炭素社会の実現に向けた変化は、街を行き交う自動車がEVに変わるような劇的な風景の変化以上に、私たちが毎日気に留めずに手に取っているシャンプーの詰め替えパウチや、食品のパッケージの裏側で、驚くほどの密度で進行していく可能性が高いと言えます。

 各社の研究試算等に見られるように、社会全体の包装資材の構造や製造プロセスを最適化していくだけで、年間で数百万トン規模のCO2削減ポテンシャルが眠っています。日本企業は今、自らが最も得意とする「目立たない場所でのプロセス革新」を通じて、世界のサプライチェーンにおける存在感を高めるための、極めて現実的で合理的な新時代の競争へ足を踏み入れています。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)

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記事提供:EconomicNews

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