【横浜市立大学】がんのDNA修復異常を1日で検出
横浜市立大学

-分子標的治療薬の効果が迅速かつ高精度で予測可能に-
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 分子生物学研究室の足立典隆教授と斎藤慎太助教、新井宇沙姫さん(博士後期課程1年)らの研究グループは、本学附属病院がんゲノム診断科の加藤真吾准教授、同産婦人科の水島大一准教授、同脳神経外科の立石健祐准教授らと共同で、現行のゲノム診断とは異なる新たながん検査法「HR eye・MMR eye」の開発に成功しました。本研究成果は、全悪性腫瘍の4分の1以上を占めるDNA修復欠損がんの迅速診断技術の確立に向けての第一歩であり、今後の臨床実装を通じて精密医療(プレシジョン・メディシン)*1の高度化に寄与することが期待されます。
本研究成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました(日本時間2025年5月12日18時公開)。
研究成果のポイント
がん組織における相同組換え修復*2異常を1日で検出できる。
がん組織におけるミスマッチ修復*3異常を1日で検出できる。
治療上有効な抗悪性腫瘍薬の効果を高精度で迅速に予測できる。
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図1 新規検査法HR eye・MMR eyeの概略と特長:腫瘍検体を使ってわずか1日でDNA修復の状態を判定できる。また、治療薬の抗がん効果を早く正確に予測することができる。
研究背景
ゲノムを安定に維持するためには相同組換え修復とミスマッチ修復のはたらきが重要です。もしこれらのDNA修復が細胞内でうまく機能しなかった場合にはゲノムに異常が蓄積し、さまざまな臓器でがんが引き起こされます。近年、こうしたDNA修復欠損がんの治療に特定の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬*4が有効であることが明らかにされ、治療の救世主としての期待が高まっています。がんのDNA修復異常を素早く検出することで治療薬の効果を迅速かつ高精度で予測することが可能になりますが、現行のコンパニオン診断(患者への投薬の可否を決定するための検査)はゲノム検査に依存しており、判定に数週間を要するほか、誤判定や見落としを避けられないなどの問題点が指摘されています。そこで、本研究では、がん組織のDNA修復の状態を細胞レベルで迅速かつ高精度に評価できるシステムの開発を目指しました。
研究内容
今回、足立教授らの研究グループは、独自開発したDNAを細胞に一過性に導入すると、相同組換え修復とミスマッチ修復の状態を24時間以内に定量的に評価できることを見出しました。また、25種類を超えるさまざまながん細胞株を使った網羅的な解析により、DNA修復異常の程度とがん治療薬の殺細胞効果との間に高い正の相関があることを突き止めました。さらに、横浜市立大学附属病院の産婦人科、脳神経外科、がんゲノム診断科、次世代臨床研究センター(Y-NEXT)と共同で、この評価手法が卵巣がんや脳腫瘍など実際のがん組織の検査にも適用できることを実証しました(図1)。
相同組換え修復異常の原因としてBRCA1やBRCA2などの遺伝子の変異がよく知られていますが、これまでがん化に直結しないと考えられていたRAD51D遺伝子の変異の一つが実際には卵巣がんを引き起こす原因になっていることも今回の研究から判明しました。この病的変異は現行のコンパニオン診断では見落とされていました。
足立教授は、「BRCA1/BRCA2遺伝子変異やゲノム異常の検査も重要だが、細胞内のDNA修復を直接調べるほうが早くて正確。がん種は限られるが、“効く患者さんに効くくすりを” の実現加速化につながれば」と話しています。
今後の展開
相同組換え修復やミスマッチ修復の機能欠損は悪性腫瘍全体の4分の1以上でみられます。こうしたがんの治療には、PARP阻害薬などの分子標的薬やPD-1阻害薬などの免疫チェックポイント阻害薬が有効であることがわかっていますが、ゲノム検査に依存した現行のコンパニオン診断には判定までに数週間を要する、遺伝子に変異が見つかってもその臨床的な意義を特定できないケースが多い、DNA修復正常/異常の境界が不明瞭で投薬可否の判定基準に疑問があるなど、さまざまな課題が残されています。
今回開発された検査法では、これらの課題がすべて解決されているだけでなく、①正常組織の採取や検査が必要でないこと、②1週間凍結保存した検体でも測定可能であること、③がん治療薬の効きめを従来よりも早く正確に予測できることから、今後の臨床実装に向けて期待が膨らみます(図2)。現在、足立教授が最高技術責任者CTOを務める横浜市立大学発認定ベンチャーである株式会社ドゥナキュアと協働で、この新規手法「HR eye・MMR eye」を幅広いがん種(前立腺がんや乳がん、メラノーマなど)に適用拡大することを目指して研究が進められています。
※卵巣がん、膵臓がん、脳腫瘍について、横浜市立大学附属病院で手術を受けた方は、この研究への参加の対象となります。詳細は担当医にお聞きください。
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図2 現行の検査法(左)と新規検査法(右)の比較
研究費
本研究は、主にJSPS科研費(JP19H01151、JP22K19382、JP24K22025)と横浜市立大学学長裁量事業 第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」、第4期学術的研究推進事業「YCU 未来共創プロジェクト」および、横浜市立大学創立100周年記念事業募金「新たな研究創生プロジェクト」の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:HR eye & MMR eye: one-day assessment of DNA repair-defective tumors eligible for targeted therapy
著者:Shinta Saito, Shingo Kato, Usaki Arai, Atsuki En, Jun Tsunezumi, Taichi Mizushima, Kensuke Tateishi, and Noritaka Adachi
掲載雑誌:Nature Communications
DOI:
http://doi.org/10.1038/s41467-025-59462-2
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用語説明
*1 精密医療(プレシジョン・メディシン): テーラーメード医療や個別化医療の一種。患者ごとに最適な治療方法を選択し、適切な薬を投与して治療を行うこと。2015年のオバマ大統領の一般教書演説において“Precision Medicine Initiative”が発表されて以来、世界的に注目されている。
*2 相同組換え修復:DNA二本鎖切断を修復する仕組みの一つ。他の修復機構と異なり、切断されたDNAを元通りに直すことができる。卵巣がんや前立腺がん、膵臓がん、乳がんで相同組換え修復の異常が多くみられる。「産科と婦人科」第87巻10号p.1138-1144
*3 ミスマッチ修復:DNA中の塩基のミスマッチを修復する仕組み。子宮体がんや胃がん、大腸がんでミスマッチ修復の異常が多くみられる。「産科と婦人科」第87巻10号p.1133-1137
*4 分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬:がん治療薬の一種。従来の抗がん剤と異なり、がん細胞に対して高い選択性をもつ。
https://www.yokohama-cu.ac.jp/fukuhp/section/central_section/chemotherapy/anti-cancer_agent.html
参考文献
[1] Saito S & Adachi N. Characterization and regulation of cell cycle-independent noncanonical gene targeting. Nature Communications. 2024 Jun 18;15(1):5044. doi: 10.1038/s41467-024-49385-9.
[2] Saito S, Maeda R, Adachi N. Dual loss of human POLQ and LIG4 abolishes random integration. Nature Communications. 2017 Jul 11;8:16112. doi: 10.1038/ncomms16112.
[3] Chang HHY, Pannunzio NR, Adachi N, Lieber MR. Non-homologous DNA end joining and alternative pathways to double-strand break repair. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 2017 Aug;18(8):495-506. doi: 10.1038/nrm.2017.48.


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