血液からがんの兆候を高精度に見つける新技術を開発 「ナノワイヤ」で細胞外小胞を捕捉、卵巣がん血清で検出成功
名古屋大学
【本研究のポイント】
・鎖長を精密に制御したポリケトン分子を用いて、酸化亜鉛ナノワイヤ(ZnOナノワイヤ)表面に抗体を1段階で修飾できる技術を開発。
・ポリケトン修飾ZnOナノワイヤは、非特異的なタンパク質の吸着を抑制しつつ、がん関連細胞外小胞注1)を効率的に捕捉できることを確認。
・卵巣がん患者血清から表面マーカーの異なるEV亜集団を選択的に回収し、それぞれで異なるマイクロRNA注2)発現プロファイルを見出した。
【研究概要】
名古屋大学大学院工学研究科の安井 隆雄 教授、Kunanon Chattrairat(チャットライラット クナノン)特任助教、北海道大学大学院工学研究院の猪熊 泰英 教授らは、東京科学大学、京都大学、量子科学技術研究開発機構などの研究グループと共同で、鎖長を精密に制御したポリケトン分子を利用してZnOナノワイヤ表面を機能化し、血清中にごく少量しか存在しない疾患関連細胞外小胞を選択的に回収・解析できる新しいマイクロ流体プラットフォームを開発しました(図1)。さらに本技術を卵巣がん患者血清に適用し、細胞外小胞表面マーカーごとに異なるマイクロRNA分布を検出することに成功しました。
本研究により、リキッドバイオプシー注3)は「血液中の細胞外小胞全体を広く調べる方法」から、「疾患に関係する細胞外小胞亜集団を狙って解析する方法」へ進展することが期待されます。将来的には、がんの早期発見や非侵襲診断の高精度化につながる可能性があります。
本研究成果は、2026年5月20日午前0時(日本時間)付Cell Pressの学術誌『Device』オンライン版に掲載されます。
図1 本研究のコンセプト概略図。
ナノワイヤ構造にポリケトンを介して抗体を修飾することで、
疾患に関連する希少な細胞外小胞の亜集団を解析する。
【研究背景と内容】
細胞外小胞は細胞間情報伝達を担う重要な粒子であり、メッセンジャーRNA、マイクロRNA、膜タンパク質など多様な分子を内包・提示することから、がん診断への応用が期待されています。しかし、従来の超遠心分離法やサイズ排除クロマトグラフィーなどの細胞外小胞の前処理技術は、処理に時間がかかり、比較的大量の試料を必要とします。また、これらの方法で回収した細胞外小胞は、正常な組織に由来するものと疾患組織に由来するものが混在しており、これらを見分けることが難しいという課題がありました。研究グループは、これまでにZnOナノワイヤによる高効率な細胞外小胞捕捉を実現してきました。本研究ではZnOナノワイヤ上へ抗体を修飾することで、がん組織由来細胞外小胞を特異的に捕捉・解析することを目指しました。
研究グループは、抗体固定化用の足場分子としてポリケトン、抗体修飾用の官能基として活性エステルであるNHS基に着目し、鎖長や末端官能基数の異なるNHS修飾ポリケトン(pKNHS)を比較しました。その結果、4個のポリケトン、2個のNHS基を持つpKNHS 4.2が、ZnOナノワイヤ表面への安定な吸着と抗体固定化の両立に最も適した分子であることを見出しました。pKNHS 4.2を用いた表面では、抗体とアミド結合を形成しつつ、もう一方の末端が加水分解後にZnO表面へ配位することで、安定な固定化が実現されたと考えられます。さらに、非特異的なタンパク質吸着は未修飾のZnOナノワイヤに比べて約50%まで抑制され、一般的な表面修飾剤(PEG-NHSやGPTMS)よりも優れた性能を示しました(図2)。
図2 各種抗体修飾ナノワイヤによるタンパク質の非特異吸着量の比較。
pKNHSを用いた本手法が最も非特異的吸着を抑制できている。
この表面修飾ナノワイヤを用いて細胞株より単離した細胞外小胞を評価したところ、抗CD9抗体修飾ナノワイヤでは、未修飾のナノワイヤで約65%だった捕捉効率が85%以上に向上し、CD9陽性細胞外小胞に対しては90%の捕捉効率を示しました(図3)。CD9特異的な捕捉効率は約25%改善しており、本技術が単なる非特異吸着ではなく、標的分子に基づいた選択的回収に有効であることが示されました。さらに、卵巣がん関連マーカーであるCLDN3、FOLR1、TROP2に対する抗体を導入したナノワイヤを用いることで、卵巣がん細胞由来細胞外小胞や患者血清中の細胞外小胞を選択的に回収できることを確認しました。
図3 未修飾ナノワイヤと抗体修飾ナノワイヤによる細胞外小胞捕捉率の比較。
抗CD9抗体を修飾することで細胞外小胞の捕捉率が向上していることが確認された。
患者血清を用いた解析では、抗CLDN3、抗FOLR1、抗TROP2抗体修飾ナノワイヤで回収した細胞外小胞について、それぞれ異なるマイクロRNA発現プロファイルが得られました。統計解析の結果、高悪性度漿液性卵巣がん(HGSOC)注4)患者群と非がん群との間で差のあるマイクロRNA群が抽出されました。これは、細胞外小胞表面の膜タンパク質と、その内部のマイクロRNAを組み合わせて解析する有用性を示しており、従来見えにくかった希少な細胞外小胞の亜集団を解析できることを意味しています。
【成果の意義】
本研究成果は、液体生検技術を「血液中に含まれる細胞外小胞全体を一括で調べる方法」から、「疾患に関係する細胞外小胞亜集団を狙って高解像度に解析する方法」へと進めるものです。特定の膜タンパク質を持つ細胞外小胞を選択的に回収し、その中のマイクロRNA情報まで読み分けられるようになれば、がんの早期発見や病態把握、さらには将来的な治療モニタリングにもつながる可能性があります。
また、本技術は、複雑な表面処理や長時間の反応工程を必要とせず、1段階で抗体修飾が可能であるため、今後の診断デバイス開発においても有用な技術であると考えられます。低侵襲な採血試料から、希少な疾患関連細胞外小胞を高感度に捉えることで、患者負担の少ない次世代診断法への発展が期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR2576)およびFORESTプログラム(JPMJFR211H、JPMJFR204J)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(JPNP20004)、ならびに日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)(JP24H00792)、基盤研究(B)(JP24K02586)、AMEDムーンショット研究開発事業(22zf0127004s0902、JP22zf0127009)、旭硝子財団助成、野口遵研究助成金(NJ202308)、「物質・デバイス領域共同研究拠点」による共同研究プログラム、文部科学省(MEXT) 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI) 北海道大学化学反応創成研究拠点(ICReDD)の支援を受けました。
【用語説明】
注1)細胞外小胞:
細胞が体外に放出する微小な粒子。タンパク質や核酸などを運び、細胞間の情報伝達に関わる。
注2)マイクロRNA:
遺伝子発現の調節に関与する短いRNA分子。がんなどの病態と関係することが知られ、診断マーカーとして注目されている。
注3)リキッドバイオプシー:
血液や尿などの体液中に含まれる分子や粒子を調べることで、病気の診断や経過観察を行う方法。身体への負担が小さいことが特徴。
注4)高悪性度漿液性卵巣がん(HGSOC):
卵巣がんの代表的な組織型の一つで、進行が速く、早期診断の重要性が高い。
【論文情報】
雑誌名:Device
論文タイトル:Discrete polyketones enable antibody click conjugation for selective exosome profiling
著者:Kunanon Chattrairat*, Akira Yokoi, Yumehiro Manabe, Yuki Ide, Jiahui Shen, Takeshi Hasegawa, Mikiko Iida, Taiga Ajiri, Zetao Zhu, Ryosuke Uekusa, Masami Kitagawa, Yoshinobu Baba, Hiroaki Kajiyama, Yasuhide Inokuma*, and Takao Yasui*
DOI:
https://doi.org/10.1016/j.device.2026.101153
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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