どうして眼をこすってはいけないのか? 新たな理由を発見 ~機械的刺激が目の炎症を引き起こす仕組みを解明~
昭和大学
昭和大学(東京都品川区/学長:久光正)の安達直樹准教授(医学部生理学講座生体制御学部門/教授:砂川正隆)と福岡聖也医師(眼科学講座/教授:恩田秀寿)らの研究グループは、眼の結膜上皮細胞が、「Piezo1」というメカノセンサーを通じて機械的刺激を感知し、炎症性物質を生成する仕組みを世界で初めて明らかにしました。この発見は、目をこする行為が単なる物理的刺激ではなく、急性炎症を引き起こすリスクがあることを科学的に示したものです。また、この研究成果は、角膜疾患やドライアイなどの炎症性疾患に対する新たな治療法の開発にもつながる可能性を秘めています。
【研究の背景・目的】
目がかゆいときや疲れたときに目をこする行為は、日常的な動作ですが、私たちは子どもの頃から「目をこすってはいけない」と言われてきました。その理由としては、指からの細菌やウイルスによる感染リスクや、角膜に物理的な損傷を与える可能性がよく知られています。
一方で、過度に目をこすることは、角膜の薄化や円錐角膜などの疾患と関連するほか、目の炎症を引き起こすリスクがあることが報告されています。
しかし、機械的な刺激そのものが目の炎症を直接引き起こす可能性や、その具体的な仕組みについては、これまで明らかにされていませんでした。
本研究では、眼の結膜上皮細胞に存在する「Piezo1」という機械感受性イオンチャネルが、機械的刺激を受けて炎症性サイトカインを生成する仕組みを解明することを目指しました。
【研究成果の概要】
研究チームは、ヒトの結膜上皮細胞とラットを用いた実験で、以下の点を明らかにしました。
○Piezo1が炎症の引き金に
Piezo1が機械的刺激を感知すると、細胞内のカルシウム濃度が上昇し、その結果、炎症性サイトカイン「IL-6」や「IL-8」が生成されることを発見しました。
○p38 MAPK-CREB経路の役割
Piezo1が活性化されると、細胞内でp38 MAPK(タンパク質キナーゼ)とCREB(転写因子)が連鎖的に活性化され、IL-6の生成が促進されることが確認されました。
○機械的刺激の模倣実験
結膜上皮細胞を物理的に引き伸ばす実験を行ったところ、Piezo1による炎症性反応が誘導されることが再現されました。
○ラットの結膜での確認
ラットの眼にPiezo1の活性化剤を投与した結果、炎症性サイトカインの増加と好中球の浸潤が観察されました。
本研究によって、目の結膜上皮細胞に機械刺激を加えることで、Piezo1の活性化を介して炎症性サイトカインIL-6の産生が顕著に増加し、急性炎症の主役である好中球が組織内に浸潤することが明らかになりました。この結果は、目をこする行為が単なる物理的刺激ではなく、急性炎症反応を引き起こす可能性を科学的に裏付けるものです。
【研究成果の意義】
本研究によって、目をこする行為やコンタクトレンズの装着といった機械的刺激が、結膜上皮細胞を通じて急性の炎症を引き起こしうることと、その仕組みが科学的に明らかになりました。この発見は、以下のような幅広い意義を持っています。
○眼の炎症性疾患の予防と治療
角膜疾患やドライアイなどの治療法開発につながる可能性があります。
○目の健康を守る啓発活動の強化
「目をこすらないように」といったアドバイスが、単なる衛生的な観点だけでなく、科学的根拠に基づいて重要であることを示しています。
○新たな創薬のターゲットとしてのPiezo1
Piezo1を標的とした治療薬の開発が進むことで、眼炎症の進行を抑える新しい治療法が期待されます。
【用語解説】
・結膜上皮
目の表面(白目とまぶたの内側)を覆い、異物や病原体から目を守る重要なバリアです。また、涙液中の成分を分泌する細胞もあり、眼の表面の乾燥を防ぐ役割も果たしています。本研究では、この結膜上皮が機械刺激に応答して炎症を引き起こす新たな役割を持つことが明らかになりました。
・Piezo1(ピエゾ1)
Piezo1は、細胞が圧力や引っ張りといった「機械的な刺激」を感知するためのメカノセンサー(機械感受性イオンチャネル)です。2010年に発見され、2021年にはこの研究に貢献したアーデム・パタプティアン博士がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。Piezo1はカルシウムイオンを細胞内に流入させ、さまざまな細胞応答を引き起こす役割を持っています。本研究では、結膜上皮細胞がPiezo1を介して炎症反応を引き起こす仕組みが解明されました。
*「Piezo」という名は、ギリシャ語の「圧力を加える」という意味の言葉に由来します。
・IL-6(インターロイキン6)
IL-6は、炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質の一種で、体内で炎症が起きたときに免疫細胞や組織から放出されます。免疫システムの調整や炎症の制御に重要な役割を果たしますが、過剰なIL-6の生成は慢性的な炎症や自己免疫疾患の原因となることがあります。本研究では、Piezo1活性化がIL-6の産生を誘導することが示されました。
・p38 MAPK(p38マップキナーゼ)
p38 MAPKは、細胞がストレスや炎症刺激に応答する際に活性化される重要なシグナル伝達分子です。炎症性サイトカインの生成や免疫細胞の活性化を促進する役割があり、「炎症の引き金」として注目されています。本研究では、Piezo1の活性化がp38 MAPKを介してIL-6の生成を促進することが示されました。
・CREB(クレブ:cAMP応答エレメント結合タンパク質)
CREBは、細胞の核内で働く転写因子で、遺伝子の発現を調節する役割を持っています。CREBが活性化されると、炎症性サイトカインやその他の重要なタンパク質の生成が促進されます。本研究では、p38 MAPKがCREBを活性化し、それがIL-6の生成につながることが確認されました。
【論文情報】
・雑誌名: The Ocular Surface(impact factor 2024: 6.0)
・論文名: Mechanoreceptor Piezo1 channel-mediated interleukin expression in conjunctival epithelial cells: Linking mechanical stress to ocular inflammation
・著者名: Seiya Fukuoka, Naoki Adachi, Erika Ouchi, Hideshi Ikemoto, Takayuki Okumo, Fumihiro Ishikawa, Hidetoshi Onda, Masataka Sunagawa
・掲載日: 2025年1月9日(オンライン掲載日、2025年4月号掲載)
・DOI: 10.1016/j.jtos.2025.01.001
▼研究内容に関する問い合わせ先
昭和大学 医学部 生理学講座生体制御学部門 准教授
安達 直樹
TEL: 03-3784-8110
E-mail: nadachi@med.showa-u.ac.jp
▼本件リリース元
学校法人 昭和大学 総務部 総務課 大学広報係
TEL: 03-3784-8059
E-mail: press@ofc.showa-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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