自閉スペクトラム症の薬物治療へ新たな光! ~鎮痛作用を示さない低用量オピオイドが社会性に関わる機能を改善~
大阪大学
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広島大学大学院医系科学研究科(歯)細胞分子薬理学の吾郷由希夫教授、大阪大学大学院薬学研究科神経薬理学分野の橋本均教授、同大学院歯学研究科薬理学講座の田熊一敞教授、京都大学大学院医学研究科と塩野義製薬株式会社の共同プロジェクト「SKプロジェクト」の大波壮一郎研究員、山川英訓研究員らのグループは、鎮痛作用を示さない低用量のオピオイド(*1)が、ASDの中核症状の一つである社会性やコミュニケーションの障害を回復させる新しい薬物療法につながる可能性を発見しました(図1)。
【本研究成果のポイント】
●自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:以下、ASD)でみられる社会的なコミュニケーションの困難さ等の中核症状に対して、承認された治療薬は現在存在していません。
●本研究では、鎮痛作用や依存リスクが極めて小さい低用量のオピオイドが、ASDの動物モデルにおいて社会性向上作用を示すことを発見しました。
●本研究成果は、社会性行動に関わる脳内メカニズムのさらなる解明やその障害に対する治療法の開発につながると期待されます。
【概要】
ASDは、社会的コミュニケーションの障害や、興味や行動への強いこだわり、それらに基づく行動の障害を主な特徴とする神経発達症で、あらゆる人種、民族、社会的集団で確認されています。
2021年の日本国内における調査報告から、2009-2014年度に出生した子どもの5歳時におけるASDの累積発生率が2.75%であることが明らかになりました。また、2023年に米国疾病予防管理センターが発表した2020年の統計によると、米国の8歳児では2.76%の割合であることが報告されています。
しかしながら、現在、ASDの中核症状に対する有効な治療薬は存在しません。ASDに対する治療としては、応用行動分析法(行動のきっかけと内容、結果に注目し、日常の行動改善に役立てる方法)等の行動療法が中心となっていますが、年齢が進むとともに効果が低下することが知られており、ASDの中核症状に有効な治療薬の開発が望まれています。
本研究では、鎮痛作用を示さない低用量オピオイド(モルヒネ・ブプレノルフィン)が、特定の脳部位の活性化を介して、社会性向上作用を発揮する可能性を明らかにしました。特にブプレノルフィンは、身体依存性が極めて低く非麻薬であり、海外では鎮痛目的のほか、オピオイド依存症における内服治療薬としても用いられています。
本研究の成果は、オピオイド鎮痛薬がASDに対する新たな治療選択肢となり得るドラッグ・リポジショニング(既存の薬を当初想定していた疾患ではない新たな疾患の治療薬として活用する方法)の可能性を示すもので、社会性行動に関わる脳内メカニズムのさらなる解明やその障害に対する治療法開発につながると期待されます。
本研究成果は、2024年12月6日(金)に米科学雑誌「JCI Insight」に掲載されました。
<発表論文>
・論文タイトル
Brain region-specific neural activation by low-dose opioid promotes social behavior
・著者
Soichiro Ohnami, Megumi Naito, Haruki Kawase, Momoko Higuchi, Shigeru Hasebe, Keiko Takasu, Ryo Kanemaru, Yuki Azuma, Rei Yokoyama, Takahiro Kochi, Eiji Imado, Takeru Tahara, Yaichiro Kotake, Satoshi Asano, Naoya Oishi, Kazuhiro Takuma, Hitoshi Hashimoto, Koichi Ogawa, Atsushi Nakamura, Hidekuni Yamakawa*, Yukio Ago*
*責任著者
・掲載雑誌
JCI Insight(Q1)
・DOI番号:10.1172/jci.insight.182060
【背景】
ASDは社会性やコミュニケーションの障害等を中核症状とする神経発達症の一つですが、感覚刺激に対して過剰に反応したり、逆に反応が鈍くなるといった症状から、痛覚感受性の変化もみられます。
脳内のオピオイドシステムは疼痛制御に重要な役割を担っていますが、遺伝学的研究からμオピオイド受容体(*2)と ASDとの関連が示唆されています。健常人や健常動物における薬理学的研究において、μ受容体アゴニスト(*3)が社会性に関わる機能を促進することが報告されており、一方、μ受容体欠損マウスでは社会性行動の低下や常同行動が認められます。
本研究では、ASDモデルマウスの社会性行動障害に対するμ受容体アゴニストの作用を明らかにする目的で検討を行いました。
【研究成果の内容】
μ受容体の完全アゴニスト(*3)であるモルヒネならびに部分アゴニスト(*3)であるブプレノルフィンは、鎮痛作用を示さない低用量域において、ASDモデル動物の社会性行動の低下を改善しました(図2)。
また、低用量のモルヒネやブプレノルフィンにより、社会性行動や意欲に関わる脳領域である側坐核や内側前頭前皮質において神経活動マーカーとして知られるc-Fosの陽性細胞数の増加がみられ、高用量域ではさらに、鎮痛作用に関わる中脳水道周囲灰白質や依存の形成に関与する腹側被蓋野での増加が認められました(図3)。
【今後の展開】
モルヒネやブプレノルフィンは臨床で用いられている鎮痛薬ですが、本研究から、鎮痛作用を発揮しない低用量においては、社会性障害の改善作用といった異なる効果が認められました。今後、動物モデルを用いた更なる検討、そしてヒトでの検証によって、ASDの新たな治療戦略の構築を目指します。
<用語説明>
(※1)オピオイド
オピオイドとは、中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称で、植物由来の天然のオピオイド、化学的に合成・半合成されたオピオイド、体内で産生される内因性オピオイドがあります。
(※2)μオピオイド受容体
オピオイドが結合する特異的受容体には薬理学的にμ、κ、δの3種類の古典的なオピオイド受容体があることが知られています。これらの中で鎮痛作用に関して最も重要な役割を果たすのがμ受容体です。臨床で頻繁に使われるオピオイドには、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、レミフェンタニル、トラマドール、ブプレノルフィン、ペンタゾシン等があります。
(※3)完全アゴニスト、部分アゴニスト
アゴニストとは、細胞の表面にある受容体に結合することで、自身の情報を細胞の内部に伝達する物質のことをいいます。アゴニストは、薬では「作動薬」ともいいます。アゴニストには完全アゴニストと部分アゴニストがあり、完全アゴニストは、細胞表面の受容体を100%占有すると 100%の反応を示す薬物のことをさします。部分アゴニストは、受容体を100%占有しても100%の反応を示さない薬物です。
・図2.ASDモデルマウスの社会性行動の低下と痛覚過敏に対するモルヒネとブプレノルフィンの作用。ASDモデルマウスでは、コントロールマウスと比べて、試験ケージ内の他個体に対する社会性行動の低下がみられる。モルヒネ(A)やブプレノルフィン(C)により、低用量域でその改善がみられたが、高用量になるにしたがって改善効果は消失した。モルヒネ(B)とブプレノルフィン(D)はともに、痛覚感受性試験でみられるASDモデルマウスの疼痛行動を抑制したが、社会性行動を改善した低用量では、鎮痛効果はみられなかった。
・図3.ブプレノルフィンによる用量依存的な脳部位の活性化作用。ASDモデルマウスにおいて、神経活動マーカーとして知られるc-Fosタンパクの陽性細胞数を指標に、ブプレノルフィンによる各脳部位の活性化度を解析した。社会性行動の改善がみられた低用量から、側坐核や内側前頭前皮質のc-Fos陽性細胞数の増加がみられ、これらの脳部位の活性化が認められた。鎮痛作用を示す高用量ではさらに、腹側被蓋野や中脳水道周囲灰白質の活性化がみられた。
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/
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