体毛に含まれるホルモンからツキノワグマの繁殖状態を評価できる?〜妊娠維持に関わるプロゲステロンに着目〜
日本獣医生命科学大学
日本獣医生命科学大学(東京都武蔵野市/学長:鈴木浩悦)獣医学部獣医保健看護学科・応用部門・保全生物学研究分野の山本俊昭教授、嶌本樹講師らと、NPO法人ピッキオ(長野県北佐久郡軽井沢町)の玉谷宏夫氏、大嶋元氏、田中純平氏による研究グループは、ツキノワグマにおいて体毛に含まれるプロゲステロン濃度から成獣雌の繁殖評価が可能であることを明らかにした。この研究成果は、2024年8月30日公開の『Journal of Zoology』誌に掲載された。
【ポイント】
●妊娠維持に関わる雌の性ステロイドホルモンのプロゲステロンをツキノワグマの体毛から測定。
●体毛プロゲステロン濃度から成獣雌が妊娠していたかどうかを推定できる可能性を示した。
●ヘアトラップと併用することで、捕獲を必要としない、完全に非侵襲的な手法でツキノワグマ個体群の繁殖状態を評価できることが期待される。
【概要】
長野県北佐久郡軽井沢町を中心にツキノワグマの保護管理に携わるNPO法人ピッキオの玉谷宏夫氏、大嶋元氏、田中純平氏と、日本獣医生命科学大学の山本俊昭教授らの研究グループは、嶌本樹講師を中心として、ツキノワグマにおいて体毛に含まれるプロゲステロン濃度から成獣雌の繁殖評価が可能であることを明らかにした。
ツキノワグマは、繁殖評価が困難な動物の一種である。一般的に雌の繁殖評価には性ステロイドホルモンであるプロゲステロンを血液や糞から測定されるが、プロゲステロン濃度が大きく変動する妊娠期間中にサンプルを得ることが望まれる。しかし、この期間のツキノワグマは冬眠をしているため、ホルモン測定に必要なサンプルを採取することは困難であった。
それに対して、本研究では体毛にホルモンが長期的に蓄積することに着目し、ツキノワグマにおいて冬眠明けしてから換毛するまでの体毛を用いてプロゲステロン解析を行った。その結果、体毛プロゲステロン濃度により成獣雌の繁殖評価が可能であることを明らかにした。
本研究成果は、ツキノワグマの繁殖情報を得る上で体毛プロゲステロン解析の有用性を示し、生態学的研究や保護管理の一助となることが期待される。
なお、本研究成果は、2024年8月30日公開の『Journal of Zoology』誌に掲載された。
【研究背景】
近年、体毛からのホルモン解析手法を野生動物の健康評価へと応用する取り組みが増えている。野生動物では、これまで血液や糞からホルモン測定することが一般的であったが、従来の方法と比較すると長期的なホルモン情報を体毛から得ることができるためである。また、体毛はサンプルとして非常に安定的で、血液や糞とは異なりすぐに冷凍保存する必要がないため、野外調査においても取り扱いが容易である。しかし、体毛のホルモン解析はストレスの指標となるホルモンが測定されることが多く、繁殖状態の評価に用いられる性ステロイドホルモンに着目した研究は多くはなかった。
そこで本研究では、ツキノワグマを対象に、性ステロイドホルモンの一種で妊娠維持に関係するプロゲステロンを体毛から測定し、性別や年齢クラスによってプロゲステロン濃度が異なるのかを調べた。さらに、成獣雌の繁殖状態や年齢、栄養状態が体毛プロゲステロン濃度に与える影響についても調査した。
【研究手法】
2008年から2019年の間に長野県東部で捕獲された175頭のツキノワグマから得られた210サンプルの体毛を用いた。特に、4月から9月の間に採取された体毛のみを研究に使用。体毛からホルモン抽出を行い、酵素免疫測定法により体毛1gあたりのプロゲステロン濃度を算出した。
【研究成果】
体毛からプロゲステロンを測定した結果、成獣または幼獣雄や幼獣雌よりも、成獣雌の体毛プロゲステロン濃度は高いことがわかった(図1)。また、年齢や栄養状態は成獣雌の体毛プロゲステロン濃度に関係していなかったが、繁殖していた雌の体毛プロゲステロン濃度は繁殖していなかった雌よりも高いことが明らかになった(図2)。
以上の結果から、体毛プロゲステロン濃度を測定することでツキノワグマ個体群の繁殖状態を評価できることが明らかになった。
本研究により、野生動物保全や管理における体毛プロゲステロン解析手法の新たなる可能性を提示することができた。
【今後への期待】
本研究成果は、単に体毛に含まれるプロゲステロンから繁殖を評価できることを示しただけではない。ツキノワグマではこれまで、ヘアトラップを用いて捕獲することなく体毛が採取されてきた。これらの体毛は遺伝解析に使用され、個体識別や個体数推定、集団遺伝学の調査に応用されている。このようなヘアトラップで採取された体毛を用いることで、非侵襲的にツキノワグマの繁殖状態をモニタリングすることも可能である。また、遺伝情報に加えて繁殖状況も明らかにすることで、個体群の増減傾向をより正確に評価できる可能性もある。
この成果は、ツキノワグマの保護管理だけではなく、他の希少種や保全が求められる野生動物にも応用できる可能性があり、種を超えた広範な保護管理の基盤を築く一歩になることが期待される。
【論文情報】
・論文名: Reproductive health from hair: Validation and utility of hair progesterone analysis in the Asian black bear, Ursus thibetanus
(和訳)体毛で繁殖を診る:ツキノワグマにおける体毛プロゲステロン解析の有効性・有用性評価
・掲載雑誌名: Journal of Zoology(30 August 2024)
・著者: 嶌本樹¹、滝透維¹、熊木彩乃¹、本橋篤¹、玉谷宏夫²、大嶋元²、田中純平²、山本俊昭¹
1 日本獣医生命科学大学獣医学部獣医保健看護学科・応用部門・保全生物学研究分野
2 NPO法人ピッキオ
・DOI:
https://doi.org/10.1111/jzo.13213
▼本件に関する問い合わせ先
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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