【大阪大学】部分的な酸欠状態が、大腸がんを悪性化させる ― 酸素不足はがんにとってむしろ好都合!?
大阪大学

大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)の原田昭和特任助教(常勤)、菊池章特任教授(常勤)らの研究グループは、大腸がんの表面近くの一部の場所で炎症を背景に酸欠状態が起きると、がんの成長を助けることを世界で初めて明らかにしました。これまで、がん細胞も正常の細胞と同じく、血管から酸素を受け取って勢いよく増えていると考えられてきました。つまり酸素が足りないと、がんの成長にブレーキがかかると思われていました。今回、研究グループは、大腸がんの局所的な酸欠状態に注目し、酸素が足りなくなることでがん細胞の周りを取り囲む線維芽細胞(せんいがさいぼう)*¹ が「悪玉」へと変化し、がんの成長にブレーキをかけるのではなく、むしろがんの成長が進むという仕組みを解明しました。大腸がんの治療には、がん細胞を酸欠状態にする薬が治療に使われることがあります。しかし、場合によってはがんを悪化させることがあり、今回の結果はそうした矛盾の理由を説明できることから、新たな治療法の開発につながることが期待されます。本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に2025年4月17日に公開されました。
【研究成果のポイント】
●炎症関連線維芽細胞が酸素不足により「悪玉」となり、大腸がんの成長を助長していることを発見。
●これまで、がんの成長には酸素が必要と考えられ、がん細胞へ酸素を与えないようにする薬が使われてきたが、薬が効くケースは少なく、その理由は不明だった。
●線維芽細胞を標的としたがんや自己免疫疾患などの新たな治療法の開発につながることに期待。
◆研究の背景
これまで、がん細胞も正常の細胞と同じように、細胞が増えるためには、酸素を十分に受け取ることが重要だと考えられてきました。そのため、大腸がんの治療には、がん細胞に酸素を与えないようにする薬が、使われてきました。しかし、この薬がうまく効く場合は少なく、逆にがんを悪化させることもあることがわかり、なぜそうなるのか、その理由を明らかにすることが必要と考えられています。
◆研究の内容
研究グループは、大腸がんの表面近くの一部の場所で、炎症反応が強くみられ酸素が足りない「酸欠(低酸素)」の状態になっていることに注目しました。そうした場所では、本来は大腸の骨組みを支えている線維芽細胞が、酸素が少ないことを感知して「悪玉」へと性質を変え、がん細胞の成長を助けるような物質(エピレグリン)を出していることがわかりました。
さらに、この「悪玉」となった線維芽細胞(炎症関連線維芽細胞)は血管が作られるのをわざと邪魔する物質である Wnt(ウィント)*² も出していて、周りに酸素が届かないようにして、自分のまわりをもっと酸欠にしていることが分かりました。つまり、がん細胞の影にかくれていた線維芽細胞が実は大きな役割を持っており、がんの一部の場所を酸欠に保ちながら、がん細胞をより悪くしていく――そのような新しい仕組みが明らかになりました。
◆本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
がん組織の中にはがん細胞や免疫細胞だけではなく、骨組みを支える線維芽細胞という細胞も含まれます。最近の研究で、この線維芽細胞ががんの進行に関わっていることが少しずつ分かってきましたが、まだこの細胞を狙った治療法はほとんどありません。今回の研究で、線維芽細胞が「悪玉」に変わってがんの成長を助けてしまう仕組みを明らかにしたことで、がん細胞や免疫細胞に加えて、線維芽細胞も「第3の治療ターゲット」になることが期待されています。特に、大腸がんは日本で一番患者数が多いがんなため、今回の研究成果はとても大きな意味を持ちます。また、線維芽細胞の「悪玉化」は、大腸がんだけでなく、大腸の難病として知られる炎症性腸疾患(えんしょうせいちょうしっかん)*³ にも関わっていることが分かり、将来の治療や原因解明にもつながると期待されています。
【原田特任助教(常勤)のコメント】
線維芽細胞には、まわりの環境をコントロールする力があることがわかってきました。がんの中で「悪玉」に変わることが知られていますが、炎症が長く続くような感染症でも同じような変化が見られます。「悪玉」線維芽細胞が出すWntというタンパク質は、がんで酸素の少ない状態を作るだけでなく、結核やエイズのような感染症で免疫の働きを調整する重要な役割をしていると考えられています。実際に私たちはWntが炎症反応を強くすることを見つけてきました。線維芽細胞を調べることで、新しい感染症治療のヒントも見つかる可能性があります。
◆特記事項
本研究成果は、2025年4月17日(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
・タイトル:" Hypoxia-induced Wnt5a-secreting fibroblasts promote colon cancer progression"
・著者名:Akikazu Harada, Yoshiaki Yasumizu, Takeshi Harada, Katsumi Fumoto, Akira Sato, Natsumi Maehara, Ryota Sada, Shinji Matsumoto, Takashi Nishina, Kiyoshi Takeda, Eiichi Morii, Hisako Kayama and Akira Kikuchi
・DOI: 10.1038/s41467-025-58748-9
なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究、挑戦的研究の一環として行われ、大阪対がん協会の支援を受け、大阪大学 大学院医学系研究科 竹田潔教授、森井英一教授等の協力を得て行われました。
◆用語説明
*1 線維芽細胞
皮膚や筋肉などの組織の骨組みを作って支える細胞で、コラーゲンなどの成分を作ります。けがをすると、壊れたところを修復する働きもしてくれる、体の「修理屋」のような存在です。
*2 Wnt
Wntというタンパク質を使った情報伝達の仕組みをWntシグナルといいます。正常の大腸では細胞が増えるタイミングをきちんと制御していますが、大腸がんではWntシグナルが異常をきたしており、細胞が勝手に増えすぎてしまうことが知られています。
*3 炎症性腸疾患
大腸において、自分の体を守るはずの免疫細胞が暴走し、自分自身の細胞を傷つけて炎症が止まらなくなる病気です。腹痛や下痢、血便が続く難病で、潰瘍性大腸炎やクローン病などが含まれます。炎症が続くと、大腸がんの原因になる場合があります。
◆SDGs目標
3.すべての人に健康と福祉を
9.産業と技術革新の基盤を作ろう
◆参考URL
・原田昭和特任助教(常勤)
研究者総覧URL:
http://osku.jp/d0401
・菊池章 特任教授(常勤)
研究者総覧URL:
http://osku.jp/p0928
・大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
https://www2.cider.osaka-u.ac.jp/bioreg
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/

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