【名古屋大学】ジュラ紀・白亜紀の海棲爬虫類の体温を正確に推定 進化に伴う生息域の変遷を探る手がかりになる可能性
名古屋大学

【本研究のポイント】
・歯や骨に含まれるリン酸注1)の三種類の酸素同位体(三酸素同位体組成)注2)の精密定量に成功した。
・リン酸の三酸素同位体組成を指標として活用することで、体液に対する代謝水注3)の寄与の有無を判定できることが明らかになった。
・ジュラ紀〜白亜紀に生息していたプレシオサウルスとモササウルスの歯化石に含まれるリン酸と海水の酸素同位体比の差から体温を推定した結果、体温は23℃〜25℃であった。これは、従来の推定体温(35℃〜39℃)よりも低く、これらの海棲爬虫類の生理・生態を推定する上で新たな知見をもたらすものである。
・体液への代謝水の寄与の程度から、乾燥環境への耐性の有無を推定可能であることが示唆された。つまり、進化の過程における生息域の変遷を追跡できる可能性がある。
【研究概要】
名古屋大学大学院環境学研究科の三歩一 孝 特任助教、角皆 潤 教授、中川 書子 准教授は、歯や骨に含まれるリン酸の三酸素同位体組成の相対比を指標として活用することによって、海棲生物の体温を高確度で推定できることを示しました。この手法を用いてジュラ紀〜白亜紀に生息していた海棲爬虫類(プレシオサウルス、モササウルス)の歯化石を分析した結果、両種の体温は23℃〜25℃と見積もられました。これらの海棲爬虫類の体温は、クジラなどの海棲哺乳類と同程度な約37℃と考えられていましたが、本研究により内温性の魚類(一部のサメやマグロなど)と同程度であることが明らかになりました。これは、海棲爬虫類の生理・生態を推定する上で新たな知見をもたらすものです。
また、体液への代謝水の寄与の程度から、乾燥環境への耐性の有無を推定可能であることが示唆されました。これは進化の過程における生息域の変遷を追跡できる可能性を示すものです。
本研究成果は、2025年9月29日付けで日本地球惑星科学連合(Japan Geoscience Union)の科学雑誌「Progress in Earth and Planetary Science」誌の特集「Earth, Isotopes and Organics」に掲載されました。
【研究背景と内容】
脊椎動物の歯や骨は、体液に含まれるリン酸がカルシウムと結合したリン酸カルシウムが主成分です。その生成過程において、酵素の触媒作用によってリン酸(PO₄)と体液(H₂O)の間で酸素原子を交換し、その結果リン酸に含まれる酸素原子は全て体液の酸素原子に置き換わります。この時のリン酸と体液の間の酸素同位体比(17O/16O比、18O/16O比)の差は、この反応が起きた時の温度によって一意に決まります。つまり、歯や骨に含まれるリン酸と体液の酸素同位体比からその生物の体温を推定可能です。
ジュラ紀から白亜紀にかけて生息していたプレシオサウルスやモササウルスのような大型の海棲爬虫類の体液は、食べ物などを介して摂取された海水と代謝過程において生成する代謝水の混合物であった可能性が高いです。しかし、古生物の体液を直接測定することはできないため、従来の研究では信頼性の高い体温推定は困難でした。
そこで本研究では、プレシオサウルスやモササウルスの歯化石と現生の魚類の骨に含まれるリン酸の三酸素同位体組成を精密に測定し両者を比較しました。その結果、これらの海棲爬虫類の歯化石のリン酸には、代謝水に特徴的な大きな負の三酸素同位体異常は見られませんでした。これは、体液に対する代謝水の寄与がとても小さいことを意味しています。つまり、魚類と同様に、これらの海棲爬虫類の体温は、海水の酸素同位体比を体液の値として代用することで正確に推定できることが明らかになりました。
【成果の意義】
歯化石に含まれるリン酸の三酸素同位体組成を精密測定しそれを指標として活用することで、過去の脊椎動物の体液の情報を復元できることが分かりました。その結果、ジュラ紀〜白亜紀の海洋における頂点捕食者であるプレシオサウルスとモササウルスの体温は、23℃〜25℃であったと正確に推定できました。これは、従来の推定(35℃〜39℃)を更新するものであり、古生物学において新たな知見をもたらしました。
また、生物種間における体液に対する代謝水の寄与率の違いは、進化の過程における生息域の移り変わりを反映している可能性があることが示唆されました。陸棲生物は、水辺から離れた環境で生息しているため、海棲生物と比較して水へのアクセスは制限されています。そのため、体外へ排出される水分量を減らし体内の水を保持する生理機能を獲得することで乾燥環境へ適応してきたと考えられます。つまり、代謝水の寄与が有意であるクジラの場合、その祖先は完全な陸棲生物であったことが推測され、一方モササウルスなどの海棲爬虫類の祖先は、乾燥への耐性は弱く、水にアクセスしやすい環境に生息していたことが示唆されます。
本研究の手法が今後さまざまな古脊椎動物に応用されることによって、生理・生態に温度的な制約を与えるだけではなく、その生物が生息していたローカルな環境や地球規模のグローバルな環境を復元する上で重要な知見をもたらすことが期待できます。
【用語説明】
注1)リン酸:
リン原子(P)に酸素原子(O)が4個結合した化合物であり、PO4と表記する。正確な名称は、「オルトリン酸」だが簡略化して「リン酸」と呼ばれることが多い。地球表層環境下におけるリンの主要な存在形態である。生体内では、歯や骨を構成するリン酸カルシウム(バイオアパタイト)だけではなく、デオキシリボ核酸(DNA)やアデノシン三リン酸(ATP)などの生体分子を構成するため、生命活動において重要な化合物である。
注2)三種類の酸素同位体(三酸素同位体組成):
リン酸(PO4)を構成する酸素原子は、大部分が質量数16の酸素原子(16Oと表記)であるが、中性子が1個多い質量数17の酸素原子(17Oと表記)が約0.04%、中性子が2個多い質量数18の酸素原子(18Oと表記)が約0.2%混在する。これらはいずれも原子核としては安定であるが、17Oや18Oが占める割合(それぞれ17O/16O比、18O/16O比)は自然界における諸化学反応において微小に変化する。その際、17O/16O比の変化と18O/16O比の変化の相対比率は変化するプロセスが限られるため、酸素原子の由来を追跡する指標として有用とされている。
注3)代謝水:
生物の代謝過程で生成する水のこと。例えば、炭水化物の分解反応(C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O)では、呼吸によって取り込んだ大気O2によって炭水化物が酸化され、6分子の二酸化炭素(CO2)と6分子の水(H2O)に分解される。この水を代謝水と呼び、その酸素原子の一部は大気O2に由来する。一般的に空気呼吸生物は、体液に占める代謝水の割合が高いと考えられている。
【論文情報】
雑誌名:Progress in Earth and Planetary Science (SPRINGER NATURE社)
論文タイトル:Reconstructing the body temperature of extinct marine reptiles
著者:Takashi Sambuichi1, Urumu Tsunogai1, and Fumiko Nakagawa1(三歩一 孝1, 角皆 潤1, 中川 書子1)(1. 名古屋大学)
DOI: 10.1186/s40645-025-00757-9
URL:
https://progearthplanetsci.springeropen.com/articles/10.1186/s40645-025-00757-9
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【リリース発信元】 大学プレスセンター
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